第3話 捜査開始

 浩太は翌日から「株式会社 総化」の東京本社に出勤した。それから数日は職場の歓迎会や何やかやで、夜遅くに、さくら女子寮に帰ってきて寝るだけという生活が続き、浩太は麻衣や宮井とは一度も顔を合わせることはなかった。


 すると、その週の金曜日になって、研究所の麻衣から社内メールが届いたのである。浩太はドキドキしながらメールを開けた。


 「占部君。新しい職場には慣れましたか? この前はごめんね。不審者と間違えてしまって。それで不審者のことで、占部君にぜひ相談に乗ってもらいたいんだけど。何とか助けてもらえないかな。もしよかったら、明日の土曜日午前10時に管理人さんのお部屋へきていただけませんか?」


 麻衣のメールにOKと返事をして、浩太は翌朝10時までを雲に乗るような気分で過ごしたのだった。


 そして、土曜日の10時にさくら女子寮の共用スペースを3階に上がって、管理人室に向かった。管理人室の前で「すみません。占部ですが。北倉さんに言われて来ました」と言うと、すぐに中から「はあい」と声がして、麻衣がドアを開けてくれた。


 「私もいま来たところ」


 今日の麻衣は、水色のブラウスに白のパンツを合わせている。先日の黒のジャージとは一味違って、健康的な明るさがより引き立つ感じだ。麻衣がまぶしくて、浩太は思わずうつむいてしまった。


 本社で聞いたところでは、管理人の宮井さゆりは今年65才。亭主に先立たれた後、女手一つで三人の男の子を育て上げて、子どもがみんな社会人になって家を離れたのを機会に、4年前から泊まり込みでさくら女子寮の管理人をしているという。


 管理人室は10畳ほどの広さで、奥に事務机、その前に応接セットがあり、入って右手に簡単なキッチンが作られていた。事務机の上には、ノート型のパソコンがちょこんと置いてあって、そのパソコン画面から寮の周りに設置してある防犯カメラの映像をチェックできるようになっている。


 宮井は、管理人室に入った浩太と麻衣に応接セットに座るように勧めて、キッチンで紅茶をつくって出してくれた。そして、浩太たちの前に座ると、自分も紅茶を一口すすって、不思議な方言で話し始めた。


 「占部さん。せっかくの休みの日に申し訳なかとよ。話を聞いてつかあさい。そんでもって、この前はすまんかったねえ。実はね、この前、あんたに話した不審者のことなんじゃが・・・北倉さんにさくら女子寮の寮長をやってもらっとるんでのう、占部さん、あんた、寮長の北倉さんと協力して、何とか犯人を捕まえてもらえんじゃろうかいのう?」


 麻衣と一緒に何かやると聞いて、浩太は天にも昇る思いだった。でも、犯人を捕まえる? 麻衣と一緒に探偵のようなことをするのだろうか?


 「はあ。北倉さんと一緒にですか? 僕は、もちろん構いませんが・・・北倉さんは寮長のほかに探偵のようなこともされているんですか?」


 「探偵というような大層なことではないんじゃ。寮生には人に言えれん、いろんな悩みがあるけえのう。みんな、そんな悩みを管理人の私や寮長の北倉さんに持ち込むんじゃよ。それで、北倉さんにその悩みを解決してもらっているんじゃよ」


 麻衣が明るく笑った。


 「そんな。解決だなんて。私は管理人さんに助けてもらって、何とかやっているだけですよ」


 浩太は驚いた。麻衣はボランティアのような人助けをしているのか? 僕は人助けどころか、自分のことで精一杯だ。そう思った浩太は、急に麻衣が自分とはかけ離れた世界にいってしまったように思われた。


 宮井が麻衣に向かって首を振った。


 「いや、北倉さん、あんたはようやってくれとるわ。お陰で、わしも大助かりなんじゃ」


 ここで、宮井はちょっと難しい顔になった。


 「それで、占部さん・・・問題の不審者の話なんじゃが・・・あれは今年の4月のことじゃった。西棟の307号室にいる花井紗季という寮生から私に相談があったんじゃ。花井さんが会社に行って帰ってくると、どうも部屋の中の様子が違っているんじゃ。それで、あんた、最初は何かおかしい気がするというくらいで、花井さんは自分の勘違いかなと思っていたらしい。しかし、そんなことが、あんた、何日か続いたんじゃよ。花井さんはどうにも気になって仕方がなくなってきたんじゃ。そこで、ある日、会社に行く前に部屋の中をスマホで写真にとっておいたんじゃよ。そして、会社から帰ってきてから、スマホの写真と部屋の中を比べてみたんじゃ。そしたら、あんた、いろんな物の位置が、少しずつ変わっていることに気づいたんじゃ。たとえば、鏡の前においてあった口紅やティッシュの箱の位置が少し変わっている。また、机の上のボールペンの位置も少し違っているという具合なんじゃ。


 泥棒だと驚いた花井さんは、何か取られたものはないかと調べてみたんじゃよ。そしたら、あんた、何も取られていなかったんじゃ。まあ、金目のものといっても、財布は置いてなくて、ドライヤーや小型テレビといった小型家電だけだったがのう。しかし、それらは何も取られていなかったんじゃ。花井さんは間違いなく部屋の鍵を掛けて会社に行って、寮に返ってきたときも部屋の鍵は掛かったままだったと言っとるんじゃ。だから、誰もその間は部屋に入ることはできんかったわけじゃが、どういうわけか、置かれている物が少しずつ動いているんじゃ。花井さんは気味悪く思ったんじゃが、あんた、まだ何も取られてないのに、泥棒が入ったと騒ぎ立てることもできんじゃろう。それで対応に困った花井さんは、私に相談をしたというわけなんじゃよ」


 話の途中に『あんた』という言葉を入れるのが、宮井の口癖のようだった。


 浩太は首をひねった。


 「へえ。不思議な話ですね。それで北倉さんが調べてみたんですか?」


 麻衣が話し出した。


 「ええ。花井さんというのは、私たちの2年先輩にあたる方なの。私が聞いてみたら、入社以来、ずっとさくら女子寮にいるけど、こんなことは初めてだって言うことなのよ。そこで、私も立ち会って、もう一度、出勤前にお部屋の写真をスマホで撮っておいて・・・花井さんが会社から帰ってきてから、私も一緒にお部屋に入って中を調べてみたのよ。すると、しばらくは何ともなかったんだけど、1週間ほどしたときに花井さんの言う通り、いろんなものの位置が少しずつ違っていたのよ。鍵は間違いなく掛かっていたの。私も一緒に確かめたから絶対に間違いないわ」


 浩太は首をひねった。


 「1週間ほどしたときに位置が変わっていた? ということは、毎日、位置が変わるわけではないんですね」


 浩太はいつのまにか、宮井だけではなく麻衣にも敬語を使っていた。先ほど、急に麻衣が自分とはかけ離れた世界にいってしまったように思われたためなのか、無意識に敬語を使っているのだ。


 僕が、この不思議な事件を解決して、なんとか麻衣にいいところを見せたい・・と思うと、浩太の手に汗がにじんできた。


      (つづく)

 

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