アストラルアクション! 3
ライルが狙撃手も捕捉して、アンバー一味を全員眠らせ、一人ずつとどめを刺していくのを、腕を組んでキオーヌは見ていた。
剣技、魔法の技術、視野の広さ、反応速度、どれを取っても一線級だ。個人戦なら大学院でも十分に通用するレベルである。それははっきりとわかった。
「でも、なんで〈快眠〉ばっかり?」
自分を強化する〈撥条足飛び〉は使ったが、敵を攻撃するためには〈快眠〉だけだ。もっと強力で有効な魔法だっていくらでもありそうだが。キオーヌの眉が不審そうにひそめられた。
「それはあちしも不満に思っとるんよ」
女子生徒がいきなり隣にいたものだから、キオーヌはびっくりした。
「せっかく四属性の魔法全部使えるんだから、普通の人ではできん連携とか開発すべきじゃん」
不満そうに唇を尖らせてから、
「どうも初年生のニャンコです」
急に普通に挨拶してきた。
「それであちし、考えたんよ。アストラルアクションで本気出して魔法使ったらすぐ終わっちゃうから、訓練のためにわざと〈快眠〉だけ使っとるんじゃなかろか」
「ハンデ?」
「たぶん」
「転生者とは仲がいいの?」
「ライルウォーカー君は魔法研究の大鉱脈だから」
「よくわからないけど、詳しいならいいや。隣にすわんなさいよ。解説してもらお」
「ウヒヒ」
◇◇◇
慎重に木々の間を進むカノ。
開始からそれなりの時間が経ち、彼女はフィールドの全体像をなんとか推測できるようになっていた。
全体は森林がちである。川の周囲、河原の部分だけは視界が開けている。
フィールドの中央あたりに滝。下流から見て川の右側は断崖絶壁、左側が坂になっている。滝の上と下を行き来する場合は、この左の坂部分を通ることになるだろう。
カノは地形の把握とティグラの姿を探すことを目的として動いていたので、今のところ誰とも遭遇していない。戦いの音、気配は数度感じたが、そちらへ近づくことはなかった。
あと何人いるのだろう。ライル・ウォーカーがその中に入っていることはまず間違いないだろうが。
そのとき、教官の声がフィールドに響いた。
『残り五人。がんばってね!』
もうそんなに減ったのか。
(ティグラ君はまだ残ってるのかな……)
心配だ。まさかこのまま会えずに終わったりしたら、滑稽としかいいようがない。
カノは焦りのようなものを腹中に感じながら、ゆっくり進んでいく。
◇◇◇
ティグラは森の中で息を潜めている。早く滝の上へ行きたいが、急いだ結果奇襲を食らっては本末転倒だ。安全を確認しながら確実に前進する。
あれからかなり時間が経っている。進もうとした場所で戦いが起こり、終わるのを待っていたからだ。その戦いはかなり長引き、おかげでティグラはかなり足止めを食ってしまった。
ライルがまだ試合開始時に見た場所にいる保証はないが、他に目指す当てもない。
『残り五人。がんばってね!』
のんきなキャニンベル教官の声が聞こえた。
「がんばってますよ」
しばらく様子をうかがってから、木々に隠れるように歩を進める。森は全体に坂になっていて、山の中腹を思わせる。上へと行けばライルの元へ近づけるはずだ。
いきなり、行く手で轟音と閃光が沸き起こった。爆発だ。
(攻撃魔法……!)
それも派手なやつだ。たぶん〈火球〉であろう。
参加者一四名のうち、〈火球〉の魔法を使えるのは誰だ。まずライルだが、アストラルアクションでライルが〈火球〉を使うことはないと、ティグラは確信している。
するとやはり、彼で間違いないだろう。強力な攻撃魔法の使い手、エダム・オットーリ。彼が誰かと戦っているのだ。
そちらから大きな音はもう聞こえてこない。〈火球〉一発で相手を消し炭にしたのだろうか? エダム・オットーリ、出くわしたくない相手だ。しばらく待つべきか。ティグラは藪の裏側に潜んで考えを巡らす。
先ほど〈火球〉の爆発があったほうから、誰かが坂を駆け下りてくるような音が聞こえた。こちらへ近づいてくる。
葉を散らし枝を折る大きな音とともに、藪を突き抜けてティグラの眼前に姿を現したのは、やはりというべきか、大男のエダムであった。
(おれがここにいるのを知って仕留めに来たのか?)
ティグラは手にした長柄刀を構え直す。先手必勝、魔法を使われる前に攻撃する!
縮めていた体を伸び上がらせて攻撃を仕掛けようとしたティグラは、振りかぶった刃を止めた。
異状に気づいたのだ。
エダムはこちらを見ていない。いや、まるでどこも見ていないようだった。苦悶の表情を浮かべたまま彼は前のめりに倒れた。
赤いエーテルが舞う。エダムの背中には、ざっくりと傷口が開いていた。斜めに大きく刃物で切られたものだ。
それが、平行に二本。
二つの刃で切られたということになる。
エダムの体が消えた。死亡と判定されたのだ。
やったのは誰か? エダムほどの実力者を?
息を呑むティグラの耳に、忍ばせきれない足音が届いた。
やってきたのは、ティグラが予想した通りの人物だ。
「ほう、君か。奇遇だな、少年」
ミリュエール先輩であった。
◇◇◇
「うわっ、マジかよ」
「せっかく終わりのほうまで生き残ったのにね」
ティグラとミリュエール先輩が出くわしたのを見ているルイトンとロブは、ご愁傷さまの雰囲気だ。
さすがにフィズクールを倒したときのような幸運を二度期待するわけにもいかない。ミリュエール先輩には一度完敗しているし、勝つ目はほぼない。
「まあまあ、ここまで残れただけでも上出来っちゃ上出来よ。最初に終わるかと思ったしな」
「ライルと戦わせてあげたかったけどなあ。勝てないにしてもさ」
◇◇◇
ミリュエール先輩は双剣を構えている。
「以前よりどれほど成長したか、見せてみたまえ」
「一人でなんとか頑張りましたよ」
彼女が言っている以前とは、はじめてアストラルアクションを体験したときの戦いだが、ティグラは最後に森で稽古したときの話だと思っている。
だからミリュエール先輩が攻撃を仕掛けようとしてきたのに驚いた。
「待ってください」
先輩は剣を止めた。待ってくれるのだ。
「コーチ……先輩、前にも言いましたけど、先にあいつと戦わせてくれませんか」
ミリュエール先輩はそれを聞いて、「?」という顔をしている。ティグラは違和感にまだ気づかない。
「あいつとはライル君のことだろう。彼に挑みたいという気持ちはわかるが、虫のいい頼みだな」
拒否されるとは思っていなかったので、ティグラはうろたえた。
(なんで急に? ……やっぱり怒ってるのか?)
森にルイトンらを連れてきたという誤解がまだ続いているせいだと、ティグラは考えた。それで怒ってるからあの夜以来姿を見せなかったし、今も立ち塞がっている。
「二人で考えた作戦があいつに通用するか確かめたいんです。先輩もそう思いませんか」
「先ほどから不可解なことを言うな、君は。君が誰とどんな作戦を立てたのかは知らないが、それは私のあずかり知らぬことではないか? そうだろう?」
「――えっ?」
ティグラは、先輩が何を言っているのか、すぐには飲み込めなかった。ただ、何かがおかしいと感じた。言葉が染み入るにつれ、違和感が大きくなっていく。
「さあ武器を構えたまえ。でなければ死ぬぞ!」
もはや問答は無用とばかり、ミリュエール先輩は双剣を閃かせてティグラを襲った。ティグラは長柄刀でなんとかガードしたが、そのまま押し込まれる。それをぐっとこらえて踏みとどまり、より近くにあるミリュエール先輩の目を見た。
「ちょっと待って……コーチでは?」
「戦闘に集中したまえ!」
先輩がティグラの腹を蹴る。ティグラは何歩かよろめき後退した。
「コーチとはなんのことだ」
いよいよティグラは愕然とした。
「先輩じゃなかった……!?」
(じゃあ、誰なんだ?)
ほとんど放心するほど動揺したティグラは反応が遅れた。正面から先輩の、必殺の刃が迫る!
と、ティグラの目に大きく映る先輩の姿、その背後にもう一人の姿を見た。茂みを突き破って登場したその人物は、先輩に向けて大きく剣を振りかぶっている。
先輩は気配に気づき、ティグラの前で体をひねって振り向いた。背後からの攻撃を両手の剣で受け流す。さらに先輩と乱入者は二度、三度と打ち合った。
二人の位置が入れ替わり、乱入者はティグラに背を向けて先輩と対峙するかたちになる。
ティグラはこの背を知っている。
毎日見ている。
教室で、自分の席でだ。
(カノレー・リヴァーロ?)
そうだ、その肩のラインも、髪のかたちも、彼女に間違いなかった。
カノレーは長剣を持ち、両手に籠手を装着している。構えかたが珍しい。片手で柄を持って、もう片手で刀身の半ばを掴んでいる。手に防具を着ける甲冑剣術だからこその技術、ハーフソードと呼ばれるものだ。
(なんでだ?)
カノレーはミリュエール先輩の攻撃を受けて弾いた。鋭く踏み込んで、逆に先輩を攻め立てる。先輩は的確にそれを捌く。
(なんでこいつはおれをかばう?)
彼女の動きを見ていれば、とても偶然ではない。
ミリュエール先輩の一撃を受け止めたカノレーは、反動でティグラの目の前まで滑ってきた。先輩との距離が開いた。
(それに、この実力……)
先輩と渡り合っているではないか。あまりに地味で目立たなかったが、これほどの実力者だったのか。
「おい……」
何を言っていいのかわからないが、とにかく声をかけると、カノレーは振り返った。前髪の間からちらりと彼女の目が見えた。
カノレーは何かを言おうとしたみたいに口を開いて、ためらった後にやっぱり閉じた。ティグラから視線を切って、先輩に向き直った。
わずかに彼女の肩が震えているのを、ティグラは見た。
カノレーは、呼吸を一つ、大きく吸って、止める。
「――ああああああ!」
それは決して、先輩に対しての気合いの声などではなかった。自分の中にある何かを吹き飛ばすための声、そして、ティグラが始めて聞いた、カノレー・リヴァーロとしての声であった。
「ティグラ君!」
ティグラに後ろ姿を見せたまま、彼女はそう言った。
「ライル君はこの先だ」
ティグラはそれを聞いて目を見張った。
動こうとしないティグラに業を煮やしたように、カノレーはさらに語を継ぐ。
「早く行きたまえ!」
反射的にティグラは走り出しかけた。体がこの声での指示を聞くことに慣れているかのようだ。自らの体の反応に愕然とし、
ティグラは今こそ真実を知った。
「おまえだったのか……!?」
カノレーの肩が小さく反応したようであった。返事はなかった。
彼女に聞きたいことはたくさんある。
だが全ては後だ。
今は、ライル・ウォーカーだ。ティグラは最後に視線をカノレーに一瞬残して、その場から駆け去った。
◇◇◇
ティグラは驚いていたが、怒ったり責めるような様子ではなかったので、カノはちょっとだけほっとした。
ミリュエール先輩は、この場から逃げようとするようなティグラを追いかけようとした。カノはその進路に立ち塞がる。
(すみません、先輩)
カノはぺこりと頭を下げた。
ティグラをライルの元へ送り出す役割はもう終えた。もう残っている参加者は数少ないだろうから、二人は戦うことができるだろう。そのための手助けができて、カノがこの試験に参加した理由は果たされた。
だからここからは、ただの個人的なわがままだ。
(ごめんなさい、貴女に遺恨があるわけでもないし、優勝したいわけでもないわたしが挑むのは、本当は間違っているのかもしれない。でも、ティグラ君のコーチをする資格があったと、ちょっとでも胸を張るために――わたしは先輩に勝ちたい)
カノは唇を引き結び、腰を落として構えた。
ミリュエール先輩はティグラとカノのやりとりを聞いていたわけだが、それをあまり気にすることはなかった。
「事情はよくわからないが、よかろう、私の相手は君ということか」
双剣を払う。
「わたしたちの代はもっとおとなしかったがな。まったく、今年の初年生は」
楽しそうに愚痴って、先輩は地を蹴った。カノへ向けて双剣を閃かせる。
カノは襲い来る双剣の刃の片方を剣で、片方を籠手で弾いた。二つの金属音が一つに重なる。
二人の女の戦いが始まった。
◇◇◇
滝近くの河原、視界が開けたところ……。ライルは、アンバー一味を倒したところからほぼ動かずにいた。ここは奇襲を受けづらいからだ。
どんな達人でも不意を打たれれば負けるし、剣豪も寝込みを襲われれば死ぬ。ライルは、取りこぼしをなくすために、アストラルアクションではいつも待ちの戦法を取っているのだ。
一番の実力を持っているくせに臆病すぎると、その姿勢を批判する者もいないではない。しかしライルは戦い方を変える気はなかった。
次に姿を現すのは誰か。
(ミリュエール先輩か……ひょっとしたらフィズかもしれないな)
いつ森から出てくるか知れない。リラックスしながらも警戒は怠らないライル。断崖を背にして死角を減らしている。
だが、視界が開けているがゆえに、川のこちら側と向こう側を一度に見渡すことはできない。
ライルがちょうど、川の向こう側の森へ視線を移したときである。こちら側の森から、ティグラが姿を現した。全力で駆け寄ってくる。
ライルはすぐに彼に気づいたが、驚きとともに一瞬のタイムラグがあった。
(フィズに勝ったのか?)
それとも、あれから他の参加者が乱入してきたのか……、いずれにせよ今まで生き残っているというのは意外だった。もう人数はかなり減っているはずなのに。
ティグラは猛ダッシュで近づいてくる。
なるほど、とライルは冷静さを取り戻し、内心で頷いた。やはりそっちのパターンか。
今までのアストラルアクションの授業で〈快眠〉を使うライルと戦う場合、みんなは射程外からなんとかするか、魔法が完成するまえに近づくか、どちらかの戦術を選ぶのが定石であった。どちらも功を奏したことはないが。
今までライルはティグラと直接対峙したことはないが、彼の属性系統が〈大地〉純陰ということを考えると、遠距離からの魔法攻撃はまずない。だから近づくほうだろうと思っていたが、やはりその通りの行動を取った。
だが、いくらがんばってもこの距離を詰めることはできまい。
ライルは無慈悲に〈快眠〉を完成させようとした。
そのとき、ティグラが意外な行動に出た。手にした武器を投げつけてきたのだ。
さすがに自分から剣を手放すとは思っていなかったライルは不意を突かれ、なんとか身をひねって避けた。
それによって魔力煉化に必要な集中を途切れさせ、接近戦に持ち込む――というのがティグラの対策だったのだろう。
一生懸命考えた作戦なのはわかる、だが、残念だ。確かにライルは驚きはした。だがそれによって魔力煉化が途絶えるほどではなかった。
〈快眠〉。
ティグラの足取りが重くなり、ライルからあと数メートルというところで、ゆっくりとうつ伏せに倒れていった。
◇◇◇
「ま、考えたのはわかるけど」
キオーヌが腕を組んで、背もたれに身を預けながら言った。
「まだまだ二つ三つ足りなかったな」
少し離れた席では、ルイトンとロブが頭を抱えて騒いでいる。
「対策してねえのかよ」
「〈快眠〉使う予想はできたはずなのに!」
ノンノやライルの友人たちは、ティグラが姿を見せたときには緊張が走ったものの、今は安心して見ているみたいだった。
ライル勝利はもはや約束されたようなものだ。
「……?」
そんな中、ニャンコがしかめっ面をして小首を傾げた。
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