アストラルアクション! 2

 滝口近く――。


 河原にライルがいる。ここに来たのは開けていて見通しが利くからだ。ティグラのいる滝の下と違って、足場はごつごつしておらず、丈の短い草が生い茂っている。


 ライルは身を低くして、崖から下を見やっている。崖下からの狙撃を警戒してのことだったが、そこで興味深いものを見つけた。


「あれは、フィズと……ティグラか」


 ふたりが対峙しているのが見下ろせた。


(彼には謝らないといけないな)


 以前ティグラに退学勧告したことである。ついてこられないと思っていたが、今まで彼はよくやっている。それに関してはライルが間違っていた。


 ライルが退学を勧めたあたりから段々良くなったように思う。まるで誰かに教えを受けているみたいに。それともライルの言葉に発奮したからだろうか。


 いずれにせよ、一度謝罪する必要はありそうだ。

 だが、それは今ではない。もちろん。


 眼下に見る二人の戦いは長引きそうだ。


(っていうことはフィズ有利の展開ってことだな)


 向こうはこちらに気づいていないようだ。ライルとしても、観戦に気を取られている場合ではない。


 ライルは崖に背を向け、ゆっくりと振り返った。


 他の参加者が立っている。やや離れたところで、ライルのほうをまっすぐ見やっている。その手には短槍があった。


 ライルは彼の顔を知っている。油断できない相手だ。有力選手の一人である。


"悪巧み"の――

 アンバー・ヴァレーだ。


 さすがに名に違わない頭脳派のようだ。アンバーが立っている地点は、ライルが最近得意としている〈快眠〉のギリギリ範囲外なのだ。


 ライルが他の魔法に切り替える一瞬の隙を突いて魔法で先制攻撃する気か、と警戒したが、アンバーは両手を広げて、滝の音に負けないよう話しかけてきた。


「ライル・ウォーカー! 異世界からの転生者よ!」


 ここで話を聞いてしまうのが、ライルの甘さだと言えるかもしれない。勝利のみを追求するならば問答無用で攻撃魔法を叩き込むべきであった。


「おれは二年生のアンバー・ヴァレー。噂には名高い君の実力を、まだ目の当たりにしたことがない。今回の選抜試験は好機だ。ぜひとも君の力を体験したい」


 短槍をぐるぐる回して、ぴたりと構える。


「受けてもらえるだろうか? 正々堂々と」


 その次の言葉は、アンバーが故意に音量を落としたため、ライルの耳には届かなかった。


「おれなりの正々堂々でな」


 近くの林の中から、新たに一人の男が姿を現した。さっきのアンバーの大声が新顔を呼び寄せたのに違いない。


 ライルは一瞬緊張したが、自分よりもアンバーのほうがその男に近い。戦いが起こるならまずはその二人の間だろう。


 しかし、二人の男は争うどころか、視線を交わして、ライルと正対した。


 さらに林から一人、川の対岸に一人と集まってきた。まるでライルを包囲して崖に追い詰めるかのように。いや、ように、ではない。


(最初からおれ狙いか)


 おそらくは、試験開始前から示し合わせていたに違いない。たしか離れた仲間と会話するグループトーキングみたいな魔法があったはずだが、そういうのを使ってここに集合したのだろう。


 反則ではないにせよ、個人の実力を見る試験としてはあまり褒められるやり方ではない。それでも最大の脅威を取り除く方法に出たのだ。


 もちろん、考えたのはアンバー・ヴァレーであろう。


 ライルは、ぐるりと周囲を見渡した。総勢四名だ。

 背後は崖。


   ◇◇◇


 カノレーが出現したのは洞窟の中だった。前後に光が見えるのでトンネルといったほうがいいかもしれない。人の手で掘られたものではなく自然にできたような形である。くぼみや小さい横穴が多く、隠れられる場所が多そうだ。


〈暗視〉や〈闇渡り〉でも使えるならともかく、自分向きの場所ではない。カノは前後を振り返って、近いほうの出口へ向かった。


 外へ出た直前、こちらへ向かってくる人の姿を発見した。


 こちらの選択肢はみっつだ。

 一、正面から迎えうつ。

 二、洞窟に戻る。

 三、近くの茂みに身を隠す。


 カノはとっさに三を選んだ。

 茂みの奥から相手を確認する。


 その大きな体は間違えようもない。二年生最強の一角、エダム・オットーリだった。


 向こうからはカノは見つかっていないと思うが……。

 息を潜めるカノの耳に、草を踏み分けてこちらへやってくるエダムの足音が聞こえた。


(そういえば、響くような音がずっと続いてるけど、これはなんだろう)


 と、滝のあることを知らないカノは、その音の正体がわからない。


 エダムがトンネルのそばまでやってきた。

 草むらの中にいるカノと至近距離だ。見つかったらやばい。


 しかしエダムは脇の茂みには目をやらず、洞窟の中をうかがう。


「誰かいるかな……?」


 心細そうな声がトンネル内に反響する。


「待ち伏せしてる? してないよね? はじまったばかりだもんね」


 自分に言い聞かせるように呟いているエダム。


「ほんとにいないよね? ……」


 しばらく黙ったエダムの前に、火の玉が浮かんだ。〈上天〉陽系の〈火球〉だ。


 だが、その大きさと言ったら、いつだったかライルが授業中に見せたものと遜色なかった。人間よりも大きい火の玉だ。


 そのまま、洞窟の中に向かって〈火球〉を放つ。


 特大の火の玉がトンネルの中央で爆発した。すさまじい熱と光を伴って、爆風が洞窟の中を舐めつくし、左右の出口から轟音とともに噴出する。


 カノの隠れた茂みが揺れる。空気がビリビリと振動する。彼女は耳を塞いで小さく体を縮こめた。


(すごい火力!)


 もし洞窟の中に隠れていたなら、今ごろ炭の塊になっていたところだ。カノはぶるっと震えた。


 さすがに魔法にかけては二年生でトップと言われるだけはある。開けた場所でこれをぶっ放されたなら、避けようがない。


 エダムはトンネルの中を覗き込んで、中をよく確認している。


 カノに背中をさらすかたちだが、カノは攻撃する意思を失っていた。こんな相手と戦いたくはない。


 やがて、エダムはその場を立ち去った。


 なんとか無事にやり過ごすことができた。

 カノは大きく息を吐き出して、体から力を抜いた。そっと茂みから出た。


 改めて周囲を確認する。林が広がっていて見通しは悪く、フィールド全体の地形がどうなっているのかは把握できない。


(ティグラ君はどこだろう)


 彼を見つけて具体的にどうするのか、まだ彼女の中では固まっていないけれど。


 慎重にカノは林の中へ足を踏み出した。


   ◇◇◇


 ティグラは滝のしぶきが霧となる河原でフィズクールと向かい合っている。

 フィズクールはやや遠い距離からピタリと動かない。間合い管理は完璧だ。何度か牽制で突きを打つティグラだが、簡単に外されてしまう。


(本当にずっと待つ気か? おれが隙を見せるまで)


 あるいは、他の参加者が現れるまで。きっと、技術の低いティグラはそう長くない間にボロを出すと思われているのだ。


(なめるなよ)


 だが、実際にフィズクールに隙はないように見えた。


 と、どこかで爆発音が轟いた。エダムの〈火球〉の音がここまで聞こえてきたのだ。


 わずかにフィズクールの注意が緩んだようだった。それはほんのわずか、気がそれたとも言えないほど一瞬の、わずかなゆらぎであった。


 瞬間、ティグラはついに動いた。爆発音がスタートの号砲であったかのように、静から動へと一気に状況が加速した。


 危険な間合いを踏み越え、鋭く踏み込んで、長柄刀のリーチを生かした斬撃を放つ。


 先ほどまでの牽制とは勢いが違う。刀身が閃き、フィズクールへと向かう。


 しかし、踏み込みを速くしても、突きから斬りへと攻撃を変化させても、フィズクールは乱れなかった。足捌きと体捌きで避けながら、剣を斜めに立ててティグラの攻撃を受け流す。


 ティグラの体勢が流れた。さらに岩を踏んでバランスを崩す。大きな隙が生まれた。


 フィズクールがその隙を見逃すはずがなかった。がら空きになったティグラの胴を、鋭い剣が襲う。絶対にかわせない攻撃だ。


 この戦いに注目していた誰もが決着を予想したであろう。客席のルイトンやロブはなかば悲鳴のような声をあげ、フィズクール自身も勝利を確信したに違いない。


 耳をつんざく金属音!


 剣を持つフィズクールの手に伝わる感覚は柔らかい肉のものではなかった。硬い物を叩いた感覚に、手がしびれる。フィズクールは予想だにしていなかった事態に混乱する。剣を取り落とさないようにするのが精一杯だった。


 長柄刀を構えるティグラの顔を見て、フィズクールは何が起こったのか理解した。


「〈鋼鉄の男〉……!」


 直後、胸を突く熱い衝撃が、彼の意識を無に帰した。




 フィズクールは目を覚ました。無意識に胸を押さえながら、上半身を起こす。アストラルアクションの装置の部屋だ。


 他の一三名がまだ寝ているのを見て、フィズクールは自分が寝ていた石壇に拳を叩きつけた。


   ◇◇◇


「勝った? 勝った! 勝ったよ!」


 興奮したロブがルイトンの肩をバシバシと叩く。


「まさかフィズクールを倒すとは思わなかった。しかもぼくが教えた、ライルがやってるやつじゃないか。剣技の最中に魔法を使うっていう……ぼくが教えたやつ!」

「最中じゃねえぞ」


 ルイトンも拳を握りしめているが、ロブよりはいくらか声のトーンが低い。


「でもギリギリの間合いの探り合いしてたじゃないか。集中力が要ることには変わりないよ。よく両方に意識を割けたものだと、ぼくは感心するね」

「ティグラがそんな器用なわけないだろ」

「それは確かに」


 ルイトンの指摘で、ロブも多少冷静になった。


「じゃあ、え? もしかして」

「フィズクールがまんまと引っかかりやがったのさ」


「間合い戦のふりをして、意識を完全に魔法のほうに集中させてたってことかい?」

「あの野郎、今ごろ地下で悔しがってるだろうよ」


「だとしたら、もしフィズクールに攻撃されてたらひとたまりもなかったってことじゃないか」

「慎重すぎるんだよあの野郎は。だから攻撃のほうが重要だっていつも言ってやってるのに」


 ルイトンは背もたれに体を預けて、両手を頭の後ろで組む。


「あの状況、おれなら、おれじゃなくてもおまえでも、要するにフィズクールの野郎以外だったらティグラに勝ってたわけだ」


 嫌いな相手が最初に負けたはずのルイトンは、むしろ機嫌が悪いような口調で吐き捨てた。




(たしかに、いつもより慎重になりすぎたかもしれない)


 とフィズクールは歯ぎしりして悔やむ。


 選抜試験に対する気負い。

 痛覚ノーカットに対する警戒。

 見慣れない武器。

 不安定な足場。

 予想外に伸びてきた最初の一撃。

 今までの対戦経験による、ティグラの戦い方に対する予断。


 それらの一つでも違っていれば、牽制の一撃くらいは入れていたはずであり、そうなれば魔法に集中していたティグラに勝利することも問題なくできたのだ。


 負ける戦いではなかった。ティグラに負けたのではない、自分の弱点に負けたのだ。


(次は勝つ。これからは彼には負けない)


 そうすることで、自分のほうが実力が上であることを証明する。今回の失敗を今後に生かさねばならない。


 フィズクールはようやく石壇から降りた。


   ◇◇◇


(勝った……?)


 フィズクールの胸を貫く刃の感触、真っ赤なエーテル、仰向けに倒れ、そのまま消滅したフィズクール。


 ティグラは自分が賭けに勝ったことを理解した。フィズクールに対しての初勝利だ。


 コーチと練習したことが出た。相手に対して長柄刀をなるべくまっすぐ構えることで、どのくらいの長さなのか測りにくくするとか。


 わざとミスして攻撃を誘い、〈鋼鉄の男〉で弾くという作戦もそうだ。


 ただ、事前にコーチと考えたのは、相手と睨み合っている間ではなく、奇襲をかわさせて反撃を弾く、という流れであった。あんな、膠着状態のふりをして魔法を使うという危険な真似は、とっさに思いついたのである。


 うまくいってよかった。ティグラの、刀の柄を握った拳にぐっと力が入る。


(勝ったぞ!)


 ライル相手ではないとはいえ、用意してきたものと瞬間の判断が噛み合った、これは一つの成果である。


 だが、ほっとしている暇はない。経験上、一つの山を越えて気が緩んだところが一番危ないのだ。滝の上から狙われる危険もある。早く林の中に入って身を隠さなければ。


 背後から悲鳴が聞こえた。


 振り返ると滝の上で誰かがバランスを崩している。そのまま落下し、頭から地面に叩きつけられた。真っ赤なエーテルが飛び散り、すぐに消滅する。死んだ。


 上で誰かが戦っているのか、と見やるティグラの目に、ライルの姿が飛び込んできた。


(――上か!)


 ライルの視線はティグラへは向かず、すぐに崖から離れた。ティグラからライルの姿が見えなくなる。


 では、今落ちたのはライルがやったのか? いや、そうではないだろうとティグラは推測した。あいつはそういう戦い方はしないはずだ。他に手を下したやつがいるのかもしれない。


 ともかく、目指す相手の姿を発見したティグラは勇み立った。あそこに行けばライルと戦えるのだ。自分が行くまでにライルが負ける可能性を、ティグラは考えていない。


 崖をそのまま登るわけにもいかない。どこかに回り込んでいける道があるはずだ。


 絶対にたどり着く。


 ティグラは最後にライルの消えた崖の上を一瞥して、林の中に踏み込んでいった。


   ◇◇◇


『ザックはもう少し下がれ。モーブは転生者の視界に入らないように後ろへ回り込め』


 アンバーが味方に指示を出す。


 声を出してはいない。離れた相手の頭の中に言葉を送り込む魔法〈人工の託宣〉を使っているのだ。試合開始からさほど時間をおかずに、アンバーの一味が集まることができたのは、この魔法のおかげである。


(キストは川の向こうだから今のままじゃ役に立たんな。ヤツに、遠距離攻撃できる手段はない。手薄になるがいったん離れた地点から渡河させるべきだろう)


 思案したアンバーは、そのように指示を出した。


 手駒として使うために、あまり優秀でない生徒を味方にしている。下手に優勝に欲を出されて、勝手に動かれても困るからだ。だから逐一アンバーが指示を出す必要がある。


 そういった生徒を集めるのには苦労した。


 同級生の命令を受ける立場として、自分が勝利する可能性のない、痛覚ノーカットのアストラルアクションに出ようという生徒がどれだけいるか、という話だ。


 だからアンバーはそのために、一ヶ月ぶんの宿題を代わったり、食後のデザートをゆずったり、外出時に奢ってやったりと地道な努力を積み重ねて、メンバーをかき集めたのである。


 それもこれも転生者を打倒するためだ……。


(いよいよ考え抜いた転生者包囲網を実行するとき! このおれの作戦が、天才を上回るのだ! いくら天才でも視界の外からの敵には反応できまい)


 と、アンバーが内心でたぎっていると、


「うわあっ」


 回り込もうとしていたモーブが悲鳴をあげた。転生者を警戒しすぎて、なるべく彼から遠いところを通っていこうとした結果、崖のギリギリを歩いていてバランスを崩したのだ。


 そのまま、悲鳴の尾を長く曳いて、モーブは落下していった。


(へ?)


 アンバーはあっけにとられた。相手の攻撃とか、心理戦とか、戦略とかまるで関係ないただのミスだ。


(野いちごのケーキ食わせてやった結果が……これか?)


 アンバーは野いちごが好物だった。

 嘘だろ、と頭を抱えたくなった。


 ともかく、プランを練り直さないといけない。アンバーはなんとか冷静さを取り戻す。


 いったん距離を置かなければ。モーブはひどい結果になったが、まだこちらにはザックもいるし、キストも川を渡ってくる。それに――


「っ!?」


 自分の思考に気を取られた一瞬の隙に、転生者がアンバーの目の前にいた。


 剣の一撃をかろうじて武器で受ける。鉄と鉄の火花。その重さに両腕の筋肉が軋みをあげる。踏ん張った両足が後方へ滑り、足下の草がちぎれて風に舞う。


 アンバーの脳裏に、高速移動を可能にする魔法のリストが浮かぶ。転生者がどれを使ったかはわからない。どれでも使えるだろう。


 二度、三度、かろうじて攻撃を受けながらアンバーは考える。


 転生者が剣での戦いを行ないながら魔法を使えるのは知っている。だが、高速移動するために魔法を使ったということは、次の魔法を使うまでにはまだ間があるということだ。


 アンバーの近くにはザックがいる。挟み撃ちすれば勝てる。そう思ったアンバーはちらりとザックに目をやった。


 ザックが地面にくずおれていくところだった。


 アンバーは驚愕し、なんとか頭をフル回転させる。


(何をされた? 攻撃? いや、そんなそぶりはなかった。ザックはどうやら眠っている。〈快眠〉の魔法か。だがいつだ? 同時に二つの魔法を使った? 不可能だ。いくら転生者でもそんなことはできない……っ!)


   ◇◇◇


 護国騎士キオーヌは開始からずっとライルの動向だけを見ていた。


「ふうん」


 剣で戦いながら別の一人を眠らせたのを見て、


「天才って評判なだけはあるか」


 と独りごちた。


 彼女は、どうやって二つの魔法を連続して使ったのか理解している。理屈は難しくない。ただ、実践するのにはかなりの練習が必要なはずだ。


 まず一つめの魔法を使う。


(今使ったのは〈撥条足飛び〉だな)


 地面を蹴ってジャンプする力を増強する魔法だ。ライルはそれを使って、一瞬でアンバーの目の前まで跳躍したのだ。


 このとき、地面を蹴った瞬間、つまり魔法が発動したその瞬間に、次の魔法、ここでは〈快眠〉のために魔力を煉化しはじめる、というだけの話なのだ。


 なのだが、これが意外と難しい。タイミングを間違えて、次の魔法を煉化しはじめるのが早すぎると最初の魔法が発動前に消えてしまう。


 ジャンプ中の状況確認や姿勢制御をしながら新たに煉化を開始するのも、慣れないと困難だ。


 これも大学院に上がってから訓練する技術であり、護国騎士はほぼ全員が身につけている。とはいえ、公開された技術ではない。地方の学院に入学して半年も経たないうちに自力で発見して身につけたライルは、やはりただ者ではないのだ。


「単なる容量バカじゃないね」




「ウヒヒヒヒ」


 ニャンコがうれしそうに笑っている。


「あのタイミング、ライルウォーカー君とあちし、二人で練習したかんね」


 普通の人は、ライルの並外れた魔力容量に目を奪われる。だがライルは、入学前から護国騎士になるなら容量より速度だ、と考えて練習していたという。だから入学当初から煉化速度が一〇段階で8もあったのだ。


 一方ニャンコは魔力煉化のいろいろな可能性を趣味で探っていたが、自身はあまり器用でないので、ライルに試してもらった。魔力煉化の一時停止はできるのかとか。二つの魔法を同時に魔力煉化する、というのもやったが、どうしてもできなかった。


 そんな中で、最初の魔法が煉化を終えて効果を発揮する瞬間に、次の魔法を煉化しはじめる、というのをギリギリまで追求してみようということになったのだ。


 その成果が今、現れている。


   ◇◇◇


 アンバーがピンチのなか、ようやく川を渡ってキストがやってきた。


(早くおれを救え!)


〈人工の託宣〉を使う余裕もなく、相手に届かないのをわかっていながら、内心でアンバーは叫んだ。相変わらず転生者の攻撃に防戦一方だ。


 キストはアンバーが危ないのを見て、こちらへ駆けてきた。アンバーが仲間にしたうちでは、キストは剣技に長けている。二対一になればこちらが有利だ、とアンバーは転生者の剣を槍の柄でなんとか弾き返す。


 いよいよキストが到着する。ここから反撃開始だ。アンバーは瞬時に作戦を組み立てる。


 キストが倒れた。転んだようだった。


(何をしている!?)


 内心毒づいたが、次の瞬間異変に気づいた。キストが起き上がらない。動かない。眠っている。


 転生者の魔法だ。


 アンバーは戦慄した。


(嘘をつけ、ずっと戦っていただろうが! 魔力を煉化する余地がどこにあった!?)


 転生者の剣の鋭さ、速さ、重さ。わずかでも油断したらやられるような攻撃を、連続して繰り出し続けていたはずだ。アンバーが防御しかできなくなるような攻撃をだ。


 そうしながら煉化のほうに意識を割いていたというのか。


 アンバーは戦慄した。自分と転生者の、剣技の力量の差に。


 たしかに、アンバーは剣技がそれほど得意なわけではない。だからといって――


(おれは片手間の相手に圧倒されていたということか?)


 天才といってもずば抜けているのは魔法関係だけなのではないかという疑念があったのだが、それが木っ端微塵に砕かれた。


 だが、


(怖じ気づくな! 転生者の実力が想定以上であることは想定内だ)


 なんとか冷静さを回復しようとするアンバー。


(奥の手は用意してある)


 アンバーはなんとかうしろに下がって距離を取った。


 ぐらりと視界が揺れた。頭が重い。意識が下方向へ引きずり下ろされそうになる。眠気が襲ってきた。転生者がもう次の〈快眠〉を使ったのだ。


 アンバーは地面にくずおれる前に片手を高く挙げた。合図だ。


 転生者が背を向けている林の中、樹上から一閃の弾丸が放たれた。上天・陽系の〈魔法弾〉だ。


 アンバーはもう一人、狙撃手を潜ませていたのだ。


 自分は眠らされても、味方が転生者を撃ち抜けばこちらの勝ちだ。せめて眠りに落ちる前に、転生者が倒される結末をこの目で……と、傾く視界の中なんとか目を開け続けるアンバー。


 転生者の視界の外、彼の斜め後ろから発射された〈魔法弾〉。避けられるはずがない。

 はずがなかった。


 だが転生者は〈魔法弾〉を避けた。魔法の弾丸は空しく宙を走り、反対側の木に激突してスパークを発した。


(化け物め……)


 そしてアンバーの意識が途絶えた。


   ◇◇◇


(あっぶな! もう一人いたのか。何かあるとは思ったけど)


 内心冷や汗のライルだった。


 アンバーが手を挙げた瞬間、ライルは周囲を警戒しはじめていた。企みで有名なアンバーだから、何か策があると思っていたのだ。そのおかげで自分を狙う〈魔法弾〉に気づくことができた。


 当たってたら危なかった。しかし、発射地点の見当はついた。他の三人が眠っているうちに、狙撃手を仕留めなければ。

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