アストラルアクション! 1

 キヴァル三世記念闘技場は、学院の魔法ドームより何倍も大きく、見上げたティグラの口はぽかんと開いていた。


(でかい! 丘みたいだ)


 ウッド王国三代前の王、キヴァル四世の時代に建設され、彼の父王の名を冠した闘技場は、首都スリーツリーズの東部繁華街に堂々と建っている。屋根がない開放型の建築で、最大二〇名までが同時に参加できるアストラルアクション施設がある。


 つまりそこで試験を行なうということは、一四人の参加者が同時に戦う形式だ、ということなのである。学院の魔法ドームではできないことだ。


 そのほか、ここでは通常の格闘競技や、馬上試合まで可能となっている。魔法式によって雨を弾くので、屋根はなくても雨天に対応できるというのがウリだそうだ。


 ティグラはそういうこと以前に、ただ大きさに圧倒されていた。


「うおお、すごいな……」


 きょろきょろして、まるで観光に来たみたいに浮ついている。


 というのも、ここに来るまでに、キャニンベル教官の引率で参加者はスリーツリーズの街中を歩いてきたのだ。


 田舎から出てきて、そのまま学院の寮に入り、まだ外出を許されていない初年生のティグラは、王国の首都の賑わいを目の当たりにして驚嘆した。初年生が休日の外出ができるようになるには九月を待つ必要がある。


 ストイックに護国騎士を目指しているように思えるティグラも、いったん都会に出れば、世慣れない田舎者にすぎない。


 人の多さ。立ち並ぶ店。彼の目には珍しいものばかりだ。


 だが、浮かれた気分は、闘技場内に入って、外よりもひんやりとした空気を吸いこんた瞬間に反転した。ぶるりとティグラは震える。


 ロビーから通路に入る。分かれ道がいくつかあるなか引率についていく。狭くて暗い通路を抜けると、観客席に出た。

 一気に周囲が明るくなった。陽光が降り注ぎ、青空が広がってる。


 競技フィールドをぐるりと取り巻くように円形に設置されている客席部分は、中央より一段高くなっており、さらに後方の席になるにつれて高くなるよう傾斜がついている。


「ここでやるのか……」「広いな」


 競技フィールド部分だけで、学院のドームがすっぽり入っておつりが出るほどの大きさがある。


「野球場を思い出すな」


 ライルが独り言のように口にした。彼以外ヤキュウジョウとはなんなのか知る者はいない。


「あとで他の生徒が観戦しに来るからね、みんな頑張るんだよ!」


 キャニンベル教官が激励する。


 それに反応して生徒たちが何か話をしているが、ティグラの耳には届いていなかった。彼の耳には、耳鳴りのような音と、自分の心臓の音だけ。


 一同は客席を離れて控え室へ向かう。ここから少し、待機する時間がある。

 控え室でティグラは一人、隅のほうでベンチに座っている。


 息苦しいのは気のせいだろうか。意識して呼吸を深くする。ライルのほうを見れば、フィズクールと何か言葉を交わしている。


(あいつは落ち着いてる)


 それほど確固たる自信があるというのだろうか。


 それに対して、自分はどうだ。鼓動が早い。息も浅い。指先が冷えているようであった。


 さっきまでの浮ついたようすも、緊張の裏返しであることを、ティグラは自覚していた。放っておくと小刻みに震えそうになる手足をなんとか押さえ込む。


 いよいよだ。一ヶ月この日のために、コーチと二人でやってきた。ティグラの目がミリュエール先輩を捉える。二人でやってきたのだ。


(失敗はできない)


 失敗とは、ライルに負けることではない。ライルと戦えすらしないで終わることだ。それだけはダメだ。


 そのためには、そうだ、大舞台に緊張して縮こまって震えている場合ではない。


 意識してティグラは深呼吸する。


 視線を動かしていくと、同じように緊張で背を丸めて座っている生徒がいた。ただ、丸まった状態でも他者を圧倒して大きい。巨漢である。腕回りが華奢な女性の胴体くらいありそうな、ものすごい筋肉の持ち主だ。そんな体のわりに顔は不安そうで、顔を青くしている。


(あれが"筋肉魔法使い"エダム・オットーリ)


 ティグラは、ルイトンとロブから得た情報を反芻する。


 あの筋肉は、剣技が苦手なエダムが、技術を捨てて一撃の強さだけを追求するようになって生まれたものだ。得意武器は大長刀。トールヴァが使っていたものよりさらに刃が大きく幅広い、怪力専用みたいな武器だ。


 あのリーチとパワーでは、相手は下手に近寄れない。必然的に距離ができる。そこで得意の魔法を使って相手を倒すのだ。直接相手にダメージを与える攻撃魔法に要警戒。

 なるべくならフィールドで対面したくない相手だ。


 それから、と目を他に移す。壁に背を預けて他の生徒と談笑している長髪の男。"悪巧み"のアンバー・ヴァレーだ。


 彼は剣技も魔法もそれなりといったところだが、事前の対策やその場での作戦を立てるのが巧く、アストラルアクションではミリュエール先輩に肉薄する成績を収めている。チーム戦がある大学院以上の戦いで本領を発揮するだろうと言われている。武器は短槍。


 ただ少々印象が悪いというか、戦闘中に相手の秘密を囁いたり、試合前に風邪を引くよう仕向けたりというダーティーな側面があるという噂で、だから"悪巧み"なのである。


 ノーマークのティグラ相手にまで、そのような盤外戦を仕掛けてくることはないだろうが、フィールド内での戦術だけでも十分に脅威だろう。対面したくない。


 そして生徒間の下馬評では二番人気のミリュエール先輩。


 ミリュエール・エイミ。魔力容量が150そこそこしかない彼女は、修練を重ねた剣技を生かすための補助として魔法を使っている。ティグラとやったときの"浮き足立ち"もそうだ。


 剣技は別格。剣の速度と技術で彼女にかなう二年生はいない。対面したくない相手である。


(ただ、先輩……コーチはおれを積極的に狙ってはこないはず)


 ティグラがライルと戦いたがっているのを知っていて、コーチとして協力してくれていたからだ。だからティグラとライルが戦う邪魔をしたりはしないだろう。それがティグラの考えだった。


 ともあれ、参加者の情報を集めてくれた二人の友人には感謝するしかない。


 ふと横を見ると、目立たないところにいるカノレーがこちらをじっと見ているようだった。ティグラの視線に気づくと顔をそらしたが、たしかに見つめていた。


(ひょっとして……)


 ティグラはピンときた。


(おれを狙おうっていう作戦でも立ててるのか?)


 二年生は経験が豊富であり、ティグラとフィズクールは初年生の中で勝率一位二位だ。となるとこの中ではティグラがもっとも格下といえる。だから与しやすいティグラをまず狙おうという魂胆に違いない。


 この待機時間は作戦を練る時間でもあるのだ。こうしてみると他の連中も、何かを考えていたり周囲を伺っている者が多いように思える。


(なめるなよカノレー・リヴァーロ。他の連中も)


 たとえ誰が立ちはだかっても、食い破ってライルへたどり着く覚悟は出来ている。ティグラは意識して不敵な笑みを作った。緊張が解けたわけではないが、震えは止まった。


 胸の火が静かに燃えはじめる。


   ◇◇◇


 そのカノレーは、苦さとともにあの夜のことを思い出している。


 反射的に逃げ出してしまった、あのとき。


 ティグラがあの二人を呼んだわけではなく、偶発的なのはわかっている。


 コーチを辞めたいわけではなかったのだが、ルイトンたちがいるかもしれないと思うだけで、森に行くのが怖くなった。ティグラはルイトンたちと一緒に森で練習をしているのではないだろうか。


 でも大事な時期にコーチの役割を放り出してしまったのは事実である。


(いつものだ)


 いつもの臆病だ。

 何回同じ事を繰り返すつもりだろう?


 ――特別選抜試験に参加するつもりはなかった。


 でも参加したのは、ティグラの助けになるかもしれないからだった。コーチ放棄の罪滅ぼしだ。


 単なる自己満足だけど。


 それに、ティグラとミリュエール先輩が出会ってしまわないようにしなければ。


 試験が終わったら、今度こそ、今度こそ本当に、ティグラに正体を明かすと決めた。だから、その前に変なタイミングでバレるのは防ぎたい。正体を明かすのは自分のタイミングでやりたい。


 ……この期に及んで保身を考えている自分に嫌気が差しているけれど。


 それが、カノがティグラを見つめている理由だった。


   ◇◇◇


 戦士たちはそれそれ、思い思いに開始までの長い時間を過ごす。




 エダム・オットーリは気が小さい。小さい肝っ玉を、膨大な筋肉で覆って隠しているのだ。


(痛覚ノーカットかぁ。痛いの嫌だなぁ……なんとか無傷で終わりたい……負けるときはひと思いに即死がいいなぁ)


 口の中でネガティブなことを呟き続けている。自ら恐怖を煽っているようなものだが、それが実は効果的で、怖いからこそいざ試合が始まると脅威の火力で敵を殲滅しにかかるのだ。


(転生者は強いんだろうなぁ……離れたところにスポーンできるといいな)




 一緒に試験に参加するクラスメイトと会話を続けながら、彼の顔からは笑みが絶えない。自身が落ち着いているというより、周りの連中を落ち着かせるための演出であった。


 アンバー・ヴァレー。友人思いのようにも見える態度だが、もちろん自分のためだ。


「転生者といっても年下だ。完全無欠じゃないしポカもするさ。必要以上にビビる必要なんかない」

「そ、そうだよな」「先輩だからな、場数はおれらのほうが踏んでるんだ」

「そうそう。がんばろう」


 にこやかにしながら、内心でアンバーは冷静に計算を巡らせている。


(こいつらを利用して、最後にはおれが勝つ。せいぜいいい道具になれよ)




 ミリュエールは目を閉じて、自らの呼吸に意識を向けている。


 アストラルアクションの試合前はいつも緊張する。

 下級生とやったときもそうだ。不世出の天才と、生きのいい野犬みたいな男子と。


 それでも今回は格別だ。ミリュエールは深く長く息をする。


(勝とうとするのではない。いつの間にか勝っていた、だ。それが理想だ)


 自分は天才ではないことをミリュエールは知っている。毎日少しずつ積み重ねて今に至っている。確固たる練習の日々が彼女の支えなのだ。それが自信に繋がっている。




 正直な話、勝てると思って参加したわけではない、とフィズクールは考えている。これはいわば力試しだ。


 それに、ライルと本気でやり合ってみたい。授業のアストラルアクションでは、フィズクールが友人だからか、ライルは明らかに本気を出していないように思える。今回のような大きな舞台ならば真剣なライルが見られるのではないか。


(たとえ、力及ばぬとしてもだ)


 経験は今後に生きるはずである。




 ライルの脳裏に思い浮かぶのはノンノの顔だ。


(「好きだ」……とか言っちゃったけど)


 あれ以降、特に進展があったわけではない。今日までの期間、ノンノが少し身を引いていたのだ。ライルが試験に集中できるように、邪魔にならないようにと。


 そんなことをされたら、勝たなくては彼女に申し訳ない。


 きっと彼女も大学院へと進学できるはずだ。今のところ性格のために力を出し切れていないが、数十年に一度クラスの魔力容量は伊達ではない。


 帝都アイセルドーンには、一六ヶ国の花を集めた植物園があると聞く。ノンノと一緒に行ったらきっと楽しいだろう。


 だがそれは未来のことだ。あまり先走らず、まずは目前のアストラルアクションに集中だ。ゆるみかけた顔を引き締めるライル。


 第二の人生、有効に使うために、取りこぼしは許されない。


 勝つぞ。


   ◇◇◇


 控え室の扉が開いた。キャニンベル教官が顔を出す。


「みんな、準備はできたかな!?」


 こわばっていた空気が一気に動き出す。座っていた者は立ち上がり、立っていた者は姿勢を正し、全員が臨戦態勢だ。


 満足そうにキャニンベル教官はうなずいた。


「それじゃあ、行こうか」


   ◇◇◇


 観戦は希望者だけということだったが、護国騎士志望コースのほぼ全員が闘技場に来ていた。ミジィ教官に引率されてぞろぞろとやってきたのだ。


 さっき試験参加者たちが通ったのと同じ道筋で、生徒たちは客席に出た。


 周囲を見回すルイトンに、ロブが自慢するように言う。


「八〇〇〇人収容の大闘技場だよ。首都のスケールはひと味違うだろう?」

「帝都のは三〇〇〇〇人入るっていうぜ」

「そりゃあ……アイセルドーンもってくるのはずるいよ」

「つーかここ、一回来たことあるからな」

「なんだ、つまらないな」

「たしかにサザンバロウの競技場は一〇〇〇人だから、最初はすげえって思ったよ」


 場内は貸し切り状態だが、選べる席の範囲は決まっている。教官が監督できる範囲だ。それでも全員が最前列に座れる余裕はある。ルイトンとロブは並んで腰かけた。


「さーて、あいつは何をやってくれるかな」

「勝てると思うかい?」

「そりゃ無理だろ。でも」

「そう、でも、だよね。面白いことを起こしてくれるとぼくは期待してるんだ」

「最速退場とかな」

「それはそれで面白いね。ぼくが見たいものじゃないけど」

「おれもさ」


 少し離れたところに、ライルの友人たちが座っている。ノンノはまるで自分が参加するような緊張した面持ちで、祈るように両手を合わせている。


 護国騎士のキオーヌは、正面の席でふんぞり返って眺めている。


 ニャンコが一人離れてうしろのほうから全体を俯瞰している。


 独特の緊張感が場を包んでいる。期待感といってもいい。


 やがて、私語は自然に止んだ。誰かが唾を飲み込んだ。

 そして、いよいよ。


 まず闘技場にアストラルアクションのフィールドが展開された。


 そのフィールドのようすを見て、観客の生徒たちはどよめいた。


   ◇◇◇


 ウッド騎士道学院の護国騎士志望コース二年生以下を対象とした、特別選抜試験。


 一四人の参加者がそれぞれ石壇の上に横たわる。


 魔法技師が魔力を煉化し、アストラルアクションの魔法式に注ぎ込む。


 それぞれの参加者の意識が引っ張られていく――


 試験の開始である。


   ◇◇◇


 ティグラは周囲に目を走らせた。

 まず必要なのは周囲の把握だ。地形、視界、他の参加者が近くにいるかどうか。


 フィールドにスポーンしてから数秒間、他者の攻撃を受けつけない、いわゆる無敵時間が存在するため、その間に自分の状況を見てとる必要がある。


 大きな音。まずそれが感じられた。


(なんだ、この音は?)


しかもその音は瞬間的なものではなくずっと続いている。


 振り向いてその正体を知った。


「滝……!」


 そこにあったのは、轟轟と落ちてくる大量の水であった。ティグラは滝壺近くにスポーンしたのだ。


 その滝は、落差一五メートル、幅は二メートル、水量が多く勢いがある。少し離れたティグラの所まで、しぶきが細かい霧となって届き、頬をひんやりと撫でる。


   ◇◇◇


 展開されたフィールドを見てルイトンたちは感嘆の声をあげる。


「高低差すげえな!」

「そう来たかー」


 この高低差は、学院のドーム内では出せない。生徒全員にとって未体験のフィールドというわけだ。どよめいたのも無理なかった。


 半透明のフィールド内に光が一四個生まれた。参加者の位置をわかりやすくするための光だ。


 みんな、自分が注目している参加者を探すのに忙しい。もちろん最注目なのはライルである。


「転生者は?」「滝の上」「滝の上だってよ」


「あいつはどこだ?」


 ルイトンとロブは二人してティグラを探している。


 先に見つけたのはルイトンだ。身を乗り出すようにして指を差す。


「いた! あそこ、滝壺の近く」

「あれか。じゃあライルのすぐ下じゃないか。お互い気づいてないけど……。あ、誰かティグラに近づいてきたよ」


   ◇◇◇


 滝壺から川の辺りはゴツゴツした岩が転がり、やや開けた河原になっている。その周囲は林だ。かなり地面がうねり、川の上流へ向けて斜めになっている。山の中腹といったほうが正しいだろう。


(この場所はまずい)


 滝のせいで小さな音が聞こえない。奇襲されるリスクが高まる。滝から離れなければ。


 ティグラは長柄刀を、コーチのカブト女に教わった持ち方にした。柄の刀身に近いほうを片手で握り、剣先を斜めに垂らして、余った柄を背中に回す。こうすれば正面からは普通の曲刀に見える。だましのテクニックだ。


 このまま林に入ってしまおうとしたティグラの前に何者かが現れた。


「まずは君が相手か。ティグラ・フェダーテ」


 相手は長剣をまっすぐ構えた。


「初手からライルに会えるとは思ってなかったけど……、おまえかよ」


 ぼやきは滝音にかき消された。ティグラは授業でまだ彼に勝利したことがない。ことに、正面から戦った場合はほとんど歯が立たなかった。


 ティグラの、柄を握る手に力が入る。


   ◇◇◇


「あれは……まずい。あの野郎だ」

「誰だい?」


 ルイトンは苦い物を食ったみたいな顔で、


「フィズクール」


 と言った。


 ティグラと対峙するのは、フィズクール・パンである。


「そうなの? 目がいいんだな、きみは。ぼくは都会育ちだから」


「まともな剣技じゃ相手にならねえぞ。おれレベルじゃなきゃ。あの野郎、最近足場の悪い場所の戦いにも慣れてきやがったからな」

「最初のうちはきみが勝ててたのにね」

「今でも五分だわ。……しかし、ティグラのやつ、まさかマジで最速退場か?」


 おどけようとしているが、心配そうな口調が漏れている。


 目を細めてティグラの姿を確認しようとしていたロブが何かに気づいた。


「ティグラが持ってる武器、いつもの剣じゃなくない?」

「なに?」


 ルイトンは目をこらした。


   ◇◇◇


 フィズクールはティグラの前からやってきた、ということは、長柄刀の柄の長さは見られていないはずだ。無造作に刀を垂らしただけのように見えているはず。


 岩を踏み石を踏んで、フィズクールは剣の間合いギリギリ外まで近づいてきた。ティグラが持っているのが普通の刀ならば、フィズクールの剣とほぼ同じリーチである。


 ここからお互い、一歩踏み込めば刃が届く距離。


 フィズクールの眉間に皺が寄るのを、ティグラは見た。この距離まで近づいても構えようとしないティグラを不審に思ったのだろう。


 それが警戒に変わる前にティグラは仕掛けた。踏み込み、まっすぐ突く。


 距離はまだ遠い。フィズクールは余裕を持って一歩下がり、その突きを外した。


 はずであった。ティグラは柄を長く持ち替えた。切っ先がさらに一段伸び、フィズクールを襲う。コーチのカブト女と考えた、距離の不意打ちだ。


 フィズクールは驚愕した。まるで刀が自分を追ってきたように感じたであろう。だが、さすがに剣術の腕は一流だ。フィズクールはとっさに身を開いてティグラの攻撃をかわす。


 かわしきれずに真っ赤なエーテルが宙に舞った。


 だがティグラの表情は険しい。手応えがなかった。傷を負わせたが、皮一枚だ。大きなダメージは与えられなかった。


 フィズクールはさっきより一歩遠い間合いで、改めて剣を構えた。


「武器を変えてなんとかしようというわけか。そううまくいくかな!?」

「いちいち声がでかい」


 少し離れたとはいえ、ティグラの背後には滝が間断なく流れ落ちている。その中でもフィズクールの声は十分に聞き取れる大きさがあった。地声が大きいのだ。反対に、ティグラの呟きは向こうに聞こえていないだろう。


 フィズクールは自分からは仕掛けず、静かに構えたままティグラの出方を待っている。じりじりした間合いの探り合いだ。


 リーチの長いティグラのほうが有利なはずだが、もし不用意に仕掛けて失敗したらフィズクールはその隙を見逃さないだろう。


 一歩ティグラが出ると、一歩フィズクールが下がる。一歩下がると一歩出る。


 しかし、フィズクールにしても自分から攻撃するには距離が遠い。だから待ちに徹しているのだ。


 フィズクールのこれは一対一の戦い方である。乱戦の可能性があるこの試験では必ずしも最適とは言えないのだが、今のところ他に人の姿はなく、ティグラにとってよくない状況であった。


   ◇◇◇


「外れた?」

「あー、惜しい!」


 最初の突きが不発に終わったのを見て、ルイトンとロブは頭を抱えた。


「あの野郎、防御だけは上手いからな」

「ティグラの武器、あれは長刀かな?」

「ちょっと違いそうだ。見たことねえな。隠してたのか……ああ、だから夜の森か」

「一人で練習してたんだね。ぼくらにも隠して」


 むしろ感心したようなロブの表情であった。それだけ徹底してこの試験に賭けていたということなのだ。


 ティグラとフィズクール、二人の戦いは膠着状態に入ったようであった。


「だが、こうなったらまずいぞ。フィズクールの野郎は対応力がある。じっくり待って後の先をとるスタイルだから、落ち着かれたらジリ貧だ」

「さすがライバルのことはよく知ってるね」

「ライバルじゃねーわ。あんな野郎」

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