アストラルアクション! 4
倒れたティグラのところへ、ライルが歩いて近づいた。
「……」
剣を逆手に持って、ティグラの首筋にあてがう。一撃で、急所を外さないように、起きる間もなくとどめを刺さねばならない。
刺し貫く前に切っ先を上げた瞬間。
ティグラは跳ね起きた。
驚愕のライル。
その手首を掴んでねじり上げた。ライルに剣を取り落とさせる。
ティグラは片手で相手の手首を掴んだまま、もう片方の拳で顔面を狙った。だが、さすがはライル、この近距離でもとっさに攻撃をかわす。
掴んだ手を振りほどこうとライルが動く。素手の捕縛術にある技術で、掴んだ相手の手首を逆に極めてしまうという技だ。ライルは素手の武術も一流なのだ。
だが動かない。ティグラは手首を掴んだまま離さない。なぜか。ティグラはライルに対抗できるほどの技術はない。理由は。
ティグラの手を見たライルが口走った。
「〈鋼鉄の男〉……!」
「こういう使い方もあるんだよ」
ティグラは〈鋼鉄の男〉の魔法で、ライルを掴んだ自分の指先から肘の下までを硬化していた。これでは外れるわけがない。
ティグラがまた拳を振るう。それをライルが受け止めた。
二人、鼻がつくほどの距離で睨み合う。いや、睨んでいるのはティグラだけだ。ライルはまだ困惑している。
「なんで眠らない……?」
◇◇◇
ルイトンとロブはティグラが飛び起きたのを見て、興奮のあまり同じように椅子から立ち上がった。二人とも両手を握り拳にしている。
「なんで寝てねえんだ?」
ルイトンはライルと同じことを言った。
「でも眠ってないのは確かだよ。素手同士。これなら可能性が……!」
「ゼロじゃねえな!」
ティグラが眠らなかった理由はわからないが、夢ではない。二人は言葉を交わしながらも視線は一瞬たりともティグラとライルから離れない。
理由がわからないのは、護国騎士のキオーヌも同じだった。彼女は座ったままだが、背もたれから体を浮かせている。
隣のニャンコは大興奮だ。立ち上がり、前の席の背もたれを両手で掴んでガタガタ言わそうとしている。
「おおう、あれは! あの魔法は!」
「知っているの?」
「地味なうえに使いづらいから使う人ほとんどおらん稀覯魔法、〈大地〉陰系の〈石の如く冷たく〉! ウヒヒヒヒはじめて見た。ティグラフェダーテ君は偉い!」
ティグラが起きたことに興奮しているのではない。珍しい魔法に歓喜しているのだ。
「〈石の如く冷たく〉? 聞いたことないけど知ってるのか」
「感情や意識への外部からの干渉を打ち消す魔法なんよ。感情操作の魔法とか、心に効くおくすりとかが効かなくなる。んでもあらかじめ使っとくことができん。感情操作とかをされてから〈石の如く冷たく〉を発動せんといかん、今の場合だと〈快眠〉を受けてから眠っちゃうまでのあいだに発動せにゃならんから、タイミング合わせんといけないんよ。だから使い勝手が悪くて誰も使わんような魔法になっとったんよ。地味さと、この使い勝手の悪さが魅力なんよな。シブい。ティグラフェダーテ君は偉い」
魔法の話題になると早口でぺらぺら話すニャンコである。
「〈快眠〉を使ってくることに賭けたのか」
あまり感心しないような口振りのキオーヌ。
「バクチ打ちは長生きしないぞ。でも、相手が転生者なら仕方ないか……」
◇◇◇
(これはバクチじゃない。おれはこいつが〈快眠〉を使うと知ってた)
左手は鉄と化してライルの右手首を捕らえている。右拳はライルの左手によって押さえられている。二人の顔は至近距離だ。
(なぜなら……!)
ティグラは一度首を後ろに倒して、ライルの顔めがけて頭突きを繰り出した。ライルは、ティグラの手を掴んでいた手を放して、その手で頭突きをガードした。ティグラは自由になった腕でパンチ。ライルはそれもガードする。
次の瞬間、
「ぐっ……!」
ライルが苦しそうに体を折った。
ティグラの膝蹴りが腹に入っていた。
「おおっ」
ルイトンが思わず声を漏らした。隣でロブが諸手を挙げている。
「当たった! ついにライル・ウォーカーが攻撃を食らったよ!」
客席全体が一気にざわつきはじめた。
「どうした!」
姿勢を崩したライルを襲う、ティグラの拳。
ティグラはライルの視線を読んで、
「剣は拾わせない」
拳。
「魔法も使わせない」
引き寄せて、またも拳。
あの天才、転生者が一方的に攻撃を受けている光景に、客席のどよめきが止まらない。
ティグラはライルの額に自分の額をぶつけた。
「勝ちたいなら殴り殺す気でこい。ためらってないで――」
何度目かの拳を振りかぶった。
「おれに痛みを与えてみろ!」
その言葉に、ライルがはっと顔を上げ、ティグラを見た。
◇◇◇
ライルが〈快眠〉ばかりを使う理由とは何か?
ニャンコが言ったように、他の生徒に対するハンデであろうか?
それは違う。
眠らせて一撃でとどめを刺せば、敗者が痛みを感じずにすむからだ。
ライルは人が痛がるのを見たくないのだ。
ティグラが最初にそれに気づいたのは、最初のアストラルアクションのときであった。ミリュエール先輩に攻撃をするときに、ためらった。あのためらいは攻撃することそのものへのためらいではなく、痛くないように一撃で殺せる方法を探したから生まれた隙なのだ。
むろん、そのときにティグラは全てを察したわけではない。
だが、ティグラはずっとライルの戦いを分析してきた。自分の目で見たり、ルイトンやロブにも頼んで。その蓄積が、ティグラに一つの結論を与えたのだ。
ライルは、勝つためではなく痛くないようにするために〈快眠〉を使っている。
他の誰も気づいていない。ともに魔法を研究したニャンコも、おそらく彼を一番近くで見ていたノンノも、多くの生徒を見てきた教官らも。ことによると、ライル本人も意識していたわけではないのかもしれなかった。
ティグラだけがそれに気づいた。
ライルにそのような戦い方ができるのは、勝ち方を選り好みできるずば抜けた実力が備わっているからだ。
それがティグラには気に入らない。
それは戦う相手、敵、対戦相手にするやりかたではない。
勝負ではない。
家畜を殺すときに苦痛を与えないようにするのと同じだ。
それを優しさと呼ぶならば、上位者が下位の者に与えてやるそれだ。ティグラはそんな優しさを絶対に受け取らない。
受け取ってたまるか。
苦痛に泣き叫び、惨めに地面を這いずり回って力尽きるほうがまだましだ!
「なめるな!」
拳とともに、感情をライルに叩きつける。
「痛みのやりとりをする覚悟もないやつが護国騎士になろうとか、なめるなよ!」
ある種お祭りのような騒ぎとなっている客席で、静かに座っている者が何名かいる。
冷静に戦況を見ている護国騎士のキオーヌ。殴り合いに興味のないニャンコ。
そして、身を固くして両手を組み、必死に祈っているノンノ・ノナ。
(ライル君……!)
ティグラの拳が振るわれるたびに、彼女の小さな肩がびくりと震える。それでも目をそらさずに見る。ライルを見ている。
「負けないで……!」
アストラルアクションのフィールド内には、外部からの情報は基本的に入らない。
だからライルはノンノの言葉を聞いていないし、彼のために祈っていることもわからない。しかし、偶然か否か、彼女が負けないでと言った、その次のティグラの攻撃を、ライルは掴み取った。
「君の言い分は論理的に繋がってない。痛みと護国騎士となんの関係がある?」
「安心しろ、おれが気に入らないだけだ!」
また頭突きにいこうとしたが、ライルが巧みにそれを防ぐ。
「くっ……」
ティグラは焦っていた。今までの攻防は彼が有利に見える。しかし、ほとんどの攻撃はライルによって芯をずらされており、ダメージは少ない。まともに入ったのは最初の膝蹴りだけだ。そのダメージからも、ライルはすでにほぼ回復している。
「君がどう思おうが、ぼくは護国騎士になる!」
ライルがぐいと腕を引く。ティグラは前に引っ張られる。
そこにライルの膝蹴りだ。さっきのお返しか。みぞおちにめり込むライルの膝。ティグラの息が詰まった。痛みに体が丸まる。
「これで満足かい」
ライルとて、転生者であっても聖人君子ではない。好き勝手にティグラに言われて怒りがないわけではないだろう。膝蹴りは怒りの一撃であった。
そのままティグラの首根っこを押さえ、足を払ってうつ伏せに倒そうとする。
(まずい!)
腹の痛みの中、ティグラは危機を直感した。ライルはティグラを動けないように制圧し、余裕が生まれたところで〈快眠〉を使う気だ。
このまま倒されてはいけない。
「――おおっ!」
全身の力で抵抗する。みぞおちの痛みで動きが止まったはずのティグラが急に暴れたので、ライルも持て余す。二人はもつれるようにして一緒に倒れた。
草むらの上で、どちらが上になるのかの争いだ。はたから見れば格好いいものではない。ティグラはいつも地面を転がっているイメージだが、ライルのこんな姿を見た者はいないだろう。
こんな状況ならば単純な力の強さも役に立つ。ティグラは、基礎体力だけはライルを上回っている。
上になり、下になり、殴りつけ、跳ね飛ばし、絡み合いながら二人はゴロゴロと転がっていく。その間にも、ティグラの攻撃はかわされ、ライルの攻撃が的確にティグラを打ち抜く。ライルももう攻撃をためらってはいない。
ティグラの体がたちまちボロボロになっていく。まぶたは腫れ上がりはじめている。鼻血のようなエーテルが顔の下半分を赤く濡らす。腹にも何発も食らった。
ライルのほうはまだ顔も綺麗だし、動きに余裕がある。それでも息を切らして、髪に草をつけているようすは、いつもとは違っていた。
馬乗りになるライルをなんとか跳ね飛ばし、ティグラは――二人は立ち上がった。
だが、ティグラの姿はもはや、〈鋼鉄の男〉で捕らえた手でライルと繋がっているだけで、対峙しているとは言えぬほど疲弊しているようであった。しっかり立っているライルと対照的だ。
どちらが有利か、不利か、誰の目にも明らかであった。
◇◇◇
遠い滝音をバックに、森の葉が、揺れて、ざわめく。
ふたりの動きに合わせて。
カノとミリュエール先輩が戦っている。
戦況は意外にも五分に見えた。枝葉が張り出した狭い場所では双剣より小回りの利くハーフソードが有効だ。激しい剣戟戦の中では双方とも魔法を使う余裕はない。純粋な剣技くらべで、初年生がミリュエール先輩に食らいついている。
大半の生徒の目が転生者の戦いに注がれる陰で、目立たないがカノの善戦は賞賛にあたいした。
しかし確実に天秤は傾いていた。
基礎体力の差。カノはもう息が上がっている。
そして、カノは攻防に必死で、ミリュエール先輩が周囲の邪魔な草木を切り払っていることに気づけなかった。気づいたときには、双剣を振るのに十分なスペースがもう生まれていた。
(しまった――)
そこからは防戦一方だった。ミリュエール先輩の、二方向から同時にくる攻撃をどうにかいなすだけだ。
先輩は感心した顔になった。わかっていてもこの攻撃をさばける者はそうはいない。ことに、初年度の生徒とあっては。
「よくやる。ライル・ウォーカーがいなければ君が首席だったかもしれないな」
カノは後退し、木の幹に押しつけられるような体勢になってしまった。
絶体絶命だ。
(ティグラ君は……)
ライルと会えただろうか。
今ここでカノが死んだら、ミリュエール先輩は残ったふたりを探しにいくだろうし、下手をしたらティグラがライルと戦う前に追いついてしまうかもしれない。
それだけは阻止しなくては。
ミリュエール先輩はここで止めなくては。
だが、この状況から、どうやって?
「ゆくぞ、初年生!」
ミリュエール先輩が来た。これで終わらせる気だ。まっすぐ間合いを詰めてくる。
カノは長剣を長く持って振りかぶり、こちらもまっすぐ先輩へ向かった。
「やああっ!」
一発逆転を狙った無謀な突進だ。
と、だれもが思っただろう。
ミリュエール先輩からは、胴体をがら空きにした隙だらけの特攻に見えたはずだ。
(仕留める!)
カノは振り下ろす動き、それを制するためミリュエール先輩は最短距離、直線に攻撃を繰り出す。電光石火の突きだ。
鋭く冷たい痛みが走る。痛覚ノーカット。授業でのアストラルアクションでは経験していない激痛だ。
双剣の切っ先、一方がカノの肩口に刺さった。そしてもう一方は胸を裂いて食い込んでいる。どくどくと赤いエーテルが流れ出す。
致命傷だった。
勝ったとミリュエール先輩は思っただろう。
カノは涙目になりながらそのまま前進した。刃が体に食い込んでいく不快な感覚。ぞっとする痛み。それでも前へゆく。
ミリュエール先輩は剣を引き抜こうとしたが、カノの肉が抵抗になって抜けない。
その一瞬が命取りだった。カノは最後の力でミリュエール先輩に剣を振り下ろした。
ふたりは折り重なるように倒れ、やがて消えた。
カノは石壇の上で目覚めた。見回すと、少し離れた壇の上でミリュエール先輩が体を起こすところだった。
どうやら相打ちにできたらしい。
先輩のほうもカノの姿を探していて、目が合うと近づいてきた。
「君」
「あ……あのあの……ごめんなさい」
カノはやっとそれだけ言った。
「妙なことを言う。なぜ謝る?」
「た、戦いかたが……その……」
よくなかった。
最後の攻防は、わざと隙をつくってミリュエール先輩に攻撃させ、相打ちにもっていく目的だったのだ。
カノ自身がティグラに教えたではないか。捨て身は最後まで考えるべきではない、と。
それなのに、勝つことをあきらめて、ティグラのためとはいえ、ミリュエール先輩の足を引っ張るような戦い方をしてしまった。
みんな勝つために戦っているところに、勝たなくてもいいという考えのものが混じるのはよくないのだ。
だから謝った。
ミリュエール先輩は、カノの言いたいことを敏感に汲み取ったようで、ふっと小さく笑った。
「それは私の未熟というものだ。剣を抜こうとするのでなく、剣を手放して距離を取るべきだった。そうすればここに戻ってきたのは君ひとりだっただろう」
たしかにそうされていたらカノの最後の攻撃は届かなかった。
だが、とっさに武器を捨てる判断はそうそうできるものではない。ミリュエール先輩は、今回の戦いからもう教訓を得たようだった。
学年首席はこんなときでも強くなることに貪欲なのだ。
カノはあらためて感嘆し、頭を下げた。
――これで、残りはふたり。
◇◇◇
「もういいだろう」
と、ズタボロのティグラに向けてライルが言った。
「この手を放してくれないか。お互い武器を持って戦おう。でなければ決着がつかない」
満身創痍のティグラは、もうただ立っているだけでやっとといった状態だ。
だが、そんな状態でも目の光は失われていない。
「そんなことを言う暇があったら、そのへんの石で殴り殺せ」
よろりとよろめき、ライルを引っ張る。
「――だから甘いってんだ」
先生は、死んだら終わりだから生き延びろと言った。コーチも、生き残るのが重要だと言った。
ティグラはその二人に内心で謝罪した。
(ごめんなさい。でも、今だけは……!)
ボロボロのティグラは最後の力を使って、ライルに組み付いた。まさかいきなりこれほど素早く動くと思っていなかったのだろう、ライルの反応が一瞬遅れた。
ティグラはそのまま駆けた。
どこへ?
さっき、戦いながら転がっていたせいで、二人は崖の近くまで来ていたのだ。
「うおおおお!」
ライルの体をがっちりロックしたまま、ティグラはもろともに崖から落下した。
落ちる。
落ちる感覚。
「うわあああああ!」
はじめて聞く、ライルの声。はじめて見せる、余裕のない彼の顔。
ライルは自由な腕を振り回したが、崖から突き出た岩にぶち当たった。嫌な音がした。骨が折れたに違いない。もはやその腕は使い物にならないだろう。
二人、折り重なるようにして落下。ティグラの脳裏に、フィズクールを倒した後に見た、落下して死んだ二年生の姿がよぎった。
少なくともどちらかはああなる。
そして二人は地面に激突した。真っ赤なエーテルがぶちまけられる。
客席も寂として声がない。
響くのは滝の音だけだ。
その中で、立ち上がったのは――
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