引っ込み思案 カノレー・リヴァーロ 3
ライルは双剣を相手にしたことがなかったが、少し戦っただけでやっかいなのはわかった。左右どちらからでも攻撃が来るというのは、やりにくい。
だが、それだけに攻撃が軽い。いわば手打ちの攻撃が多いのだ。こちらも一撃の強さではなく、連続した速さを重視すれば渡り合える。
高い剣戟音がすさまじい速度で鳴り響く。
一連の撃ち合いを終えて二人はお互いに跳び退った。着地した足元の砂が飛ぶ。
ミリュエールはその場で動かない。魔法を使う気だ、とライルは見て取った。
せっかく初めてのアストラルアクションだから、慣れている人がどんな戦い方をするのか観察しよう。そう思ってライルは相手の出方を待つ。
ミリュエールが滑るように向かってきた。
(さっきと同じやつか)
それはもう見た。ライルも魔力を煉化する。
速度に乗ったミリュエールが双剣を揮う。瞬間、ライルは魔法を発動、ミリュエールと同じ速度で後退し、彼女の刃に空を切らせた。
「さすがは転生者、なんでも使えるというわけか」
ライルが使ったのはミリュエールと同じ〈浮き足立ち〉だった。
二人は互いに間合いを測りながら高速で移動。さながら砂上の円舞のように、ポジションがめまぐるしく入れ替わる。
時折二人の軌道が交錯し、剣の火花を散らす。
はじめのうちは慣れているミリュエールが優勢で、ライルはついていくのに精一杯だったが、やがて状況がじわじわと変化しはじめた。
(慣れてきた)
ミリュエールのような機動をするにはもう少し練習が必要だが、彼女と同じことをする必要はない。むやみに動き回らず、相手を視界から外さないように移動すれば対応できる。戦いの中でそう判断した。
ライルはミリュエールと互角以上に渡り合っている。剣を打ち合うと、ミリュエールのほうが弾かれて体勢を崩す割合が増えてきた。
「すげえな、普通に実力で勝っちまいそうじゃん」
ルイトンが呆れたような声を漏らした。ティグラは一瞬も見逃すまいを目を開いて戦況を観察している。
ついにミリュエールが魔法を解き、砂上に降り立った。
効果が持続する系の魔法は、発動してしまえば最低限の意識配分で継続できる。だから魔法を続けながら剣の撃ち合いができるのだ。だがその間、じりじりと魔力を消費し続ける。
魔力容量がさほど多くないミリュエールは、このままでは無為に魔力を消費するだけだと判断し、他の魔法が使えなくなる前に〈浮き足立ち〉を解除したのだ。
だが、それで機動力に差が生まれる。
ライルのほうはまだ〈浮き足立ち〉を持続させていた。魔力容量にはいくらでも余裕がある。
他の魔法を使われたら面倒になるかもしれない。もう様子見はしない、とライルは一気に距離を詰めた。
ひとつ、思いついた戦法がある。さっきのティグラとミリュエールを見て閃いたのだ。
最高速度でまっすぐ突っ込む。ミリュエールが双剣を構えた。
ある程度の距離まで近づいたところで、魔法を解除。
着地した勢いで砂を大量に巻き上げ、ミリュエールの視界を遮った。
砂を使う。ティグラがやったことのさらに応用だ。
次の瞬間には、すでにライルは間合いに踏み込んでいる。
ミリュエールはこちらが見えていない。無防備だ。剣を振るう!
……だがそこで、ライルの耳に、さっきの二年生の悲鳴がよみがえった。
剣尖が一瞬の迷いを見せる。可能な限り苦痛が少なく、一撃で即死させるポイントを探した。
その一瞬が遅れとなり、ライルの剣はミリュエールの急所に届かなかった。彼女の片腕が飛んだ。ミリュエールの顔が一瞬だけ歪む。
残ったもう片方の腕で刺突を送るミリュエール。それを弾き、
「すいませんっ」
今度こそライルは彼女を袈裟に切り下げたのであった……。
◇◇◇
「完敗だな。転生者の実力を見せてもらった」
「勉強になりました」
今戦ったばかりのふたりが談笑しながら戻ってきた。
再び生徒たちは教官の前に整列する。
「それじゃあ、実際体験してみた感想を聞こうかな。特に、みんなが一番気になっているだろう、痛みについてはどうだったかな? ライル君」
教官に指名されたライルだったが、どことなくばつの悪そうな顔になった。
「すいません、ぼくはその……」
「彼はわたしの攻撃を全て防御しています。ダメージはありません」
ミリュエール先輩が補足した。ほう、と感嘆のため息が生徒の間から漏れる。
「さすがだな」
と、友人のフィズクール・パンがライルの肩を小突いて褒め称えた。
「では、ティグラ君はどうかな?」
ティグラは自分の喉に手をやった。
「痛いのは痛いけど、そんなに怖がるほどではないと思います」
「そうなの?」
闇の中に希望を見たみたいな顔でロブが見てくる。
教官は想定通りの答えだとばかりに大きくうなずいた。
「そうだよね。なぜならさっきの試合は、前の試合と違って痛覚をカットしていたからね」
しれっと種明かしをした。
「は……?」
あっけにとられたティグラだったが、内心では納得してもいた。上級生があれほど叫んだり怖がったりする痛みが、あんな程度なわけがないと。
教官の説明によると、騎士道学院のアストラルアクションでも痛覚をある程度カットするのが通常だという。ノーカットなのは学年末考査の本番など、限られた機会だけなのだ。
さっきの二年生二人は、成績、授業態度ともに悪かったため、今日の試合はいわば補習と懲罰を兼ねていた。ついでに初年度の生徒を脅すためでもあった。
ネタバラシを受けて、怖がっていた生徒たちも生色を取り戻した。
「我が校の設備では一度に八人しか参加できないから、次回の授業からはシフトを組んでいくよ」
ティグラは、地下にあった石壇の数が八つだったことを思い出した。あれが定員だ。
本日のアストラルアクションの授業は終了し、生徒たちは解散した。みんな思い思いのことを話しながら教室へ戻っていく。実際に試合をしたライルは話を聞きたいみんなに囲まれていた。
ティグラにもルイトンやロブ、他ライル派閥でない連中が話を聞きたそうに来た。しかしティグラは軽く駆け出して、先を行く後ろ姿に声をかけた。どうしても腑に落ちないことがあったからだ。
そのうしろを、心配そうにカノがついてきているのだが、ティグラは気づいていない。
「コーチ……先輩」
ミリュエール先輩はけげんそうな顔で振り返った。
「どうした。ティグラ君だったな」
なんだかよそよそしい気がするが、森でのことは秘密なので知らないふりをしているのだろう、とティグラは解釈した。
「悔しくないんですか」
そのことであった。
試合後、ライルと普通に話しながら一緒に戻ってくる姿に違和感があったのだ。もし自分だったら絶対にああはできないだろう。
「直接的な物の言い方をするな」
「すいません」
「怒ってはいない」
むしろティグラのことを興味深そうに眺めている。存外真面目な顔で、ミリュエール先輩はティグラの質問に答える。
「そうだな……悔しくないわけではないが、わたしは学内の勝ち負けにさほど重きを置いていないな。自身が護国騎士の水準に達することができるか、ということが大事だろう。他の生徒と比べても意味はない」
ティグラの不満そうな顔を見て、
「それとも、相手がライル君だからかな? 転生者と騒がれて入ってきた下級生に、二年のわたしが負けたから悔しいだろう、ということだろうか? 今も言ったが、たしかに悔しくないわけではないのだ。だが、逆に考えてみたまえ。あれほどの才能の持ち主だ、ともに護国騎士になったとしたら、実に心強い仲間ではないか」
その言葉に、ティグラは目を見開いた。
今まで、周りの生徒は競い合う相手とばかり考えていたので、そういう発想はなかった。ミリュエール先輩の言葉は新鮮な驚きをティグラに与えたのであった。
それは今までティグラが拠って立っていた考え方を、静かに揺さぶるような驚きであった。
森ではそんな考え方のことは全然言ってなかった。
なるほど、コーチとしてはティグラのライバル心を是としているが、彼女本人の考えはまた別なのだな、とティグラはひとり得心した。
後方で話を聞きながらハラハラしたようすのカノが、全く感づいていないティグラを見て胸を撫で下ろしている。
そんなことには気づかず先輩が語を継ぐ。
「君もそうだぞ」
「どういうことですか?」
「たしかに技術的には未熟……まだ孵化もしていない状態で、話にならないが、気迫は買おう。喉を刺されても戦いをやめないのははじめて見た。闘志はすばらしい」
ただ、とミリュエール先輩は推し量るような目を向けてきた。
「痛覚をノーカットの状態でも同じことができるかどうか、だが?」
「できます」
即答であった。それがあまりに早い反応だったため、先輩は思わず破顔した。
「頼もしいな」
闘志といえば、ティグラにはさっきの試合で気づいたことがあった。
「ライル・ウォーカーは最後ためらいましたね」
「よく見ていたな。たしかに、余裕があったからこそだとは思うが……。彼の性格的なものかもしれない」
苦痛を与えるのに躊躇する、という、優しさか甘さか。
真面目な顔になって、先輩はティグラをまっすぐ見た。
「君とは正反対だな」
それが自分に対する褒め言葉なのかどうか、ティグラには判断がつかなかった。
◇◇◇
その日の夜。月下、剣をひたすら素振りしているティグラ。
「違う、ぶーんって振るのではない。手首を使ってしゅばっ! という感じだ」
容赦なくカブト女の指導が飛ぶ。
「自分の思ったところでぴたっと止められるようにしたまえ。しゅばっときてぴたっ、だ」
「腕の力に頼ってはいけない。足腰背中で振るように」
「左右どちらでも同じように扱えるようにするのだ」
「足を止めない! 動きながら斬る!」
斬り下げ、横薙ぎ、袈裟懸け、斬り上げ、突き。踏み込む、退く、横へ跳ぶ。基本的な剣技の動きを、まずは体に染み込ませるのだ。
食事前に汗を洗い流した意味がないほど、ティグラは全身汗みずくだ。
「じゃあ、いったん休憩」
とカブト女の指示が出たが、ティグラは体を動かす感覚を掴もうと剣を振り続ける。ひたすらに、森の闇に向かって斬りつけている。
いつまで経っても休まないので、業を煮やしたカブト女がティグラの目の前に立ちふさがる。さすがに剣を振れなくなり、ティグラは止まった。
「休憩だってば」
「……あ、はい」
ティグラは大きく息を吐いて剣を下ろした。カブト女は安心したようにうなずいた。
「それで、今日のアストラルアクションのことだけど……ひゃああ!?」
いきなり変な声を上げたので、ティグラのほうがびっくりした。
「えっ、何?」
「そ、それはどうかと思うな!」
「それって?」
ティグラはただ、休憩になったし、汗で体が冷えるといけないので、上半身の服を脱いで汗を拭こうとしただけだ。
カブト女は慌てたように彼の体から顔をそらしている。
「女の子の前で裸になるのって、よくない。……恥ずかしい」
最後の呟きはティグラの耳に届かなかった。
「ああ、すみません。村ではあんまり気にしなかったもんで」
(そうか、ダメなのか)
子供だった、ということもあるが、男女入り交じって裸で水浴びするのは村では日常のことだった。
しかし、淡い月の光に浮かぶティグラの肉体を見よ。
盛り上がった筋肉が影を作り、といってやたらと筋肉が太いわけでなく、一見細身なほどよく絞られている。力、機敏さ、持久性を兼ね備えた体型だ。学院へ来る前から十分に鍛えられていたことが見てとれる、均整の取れた体であった。
さすが基礎体力だけならクラスで一、二を争うレベルの男である。
「護国騎士になるなら礼儀作法も学ばねばいけないよ」
カブト女が、横を向いたカブトの間からチラチラ視線を向けてきている気がする。
叱られたので、ティグラはさっと拭いてすぐ服を着直した。
「それで、今日のアストラルアクションがなんですか?」
「そ、そうだな」
カブト女は咳払いして、
「アストラルアクションでの戦い方だ。特に最後の、自分から喉に深く剣を刺すようなやり方」
「はい」
「ああいうのはあまり褒められたものではないな」
「えっ?」
「えっ? な、何か変なことを言ったかな……?」
「いや、さっきと言ってることがなんか違います」
技術はともかく闘志は買うみたいなことを言ってくれていたはずだ。
カブト女は途端に慌てた。
「そ、それは聞こえなかった……じゃなくて。ええと、それは、つまり自分の命を捨てて相手を倒すというのは最上ではないから自分が生き残って相手を倒すべきだということで闘志の話とはまた別の話なのだ!」
早口でまくし立てるカブト女。
「なるほど」
ティグラはまんまと丸め込まれた。
「つまりだな」
カブト女はやや平静さを取り戻した口調で、
「実戦において重要視すべきは相手を倒すことではなく、自分が生き残ることなのだ。極端な話、自分の身さえ守っておけば相手が勝手に転んで死ぬ可能性だってある。もっとも、自分が生き残るために相手を倒す必要が出てくる場合が多いのだが、その場合でも捨て身は最後の最後だ。いやむしろ捨て身は最後まで考えるべきではない」
とティグラを諭した。いくらアストラルアクションが模擬戦だとはいえ、実戦での心構えを捨ててはいけない、と。
「集団戦になると、自分の身を捨てて自軍を有利に導くなどといったこともあるからまた話が変わってくるが、ややこしいから今はよかろう」
「わかりました。まあ、今日のは単に実力不足でしたけど」
身を守ろうとしてもやられていただろう。
「それはそうだが……心構えとしてな」
どうやら無事に話題が終わりそうだと胸を撫で下ろしているような声音のカブト女。
ティグラは今のやりとりに、我知らずうっすら微笑を浮かべた。
「ど、どうした?」
「え? ああ」
緊張したような、どぎまぎしたようなカブト女の問いかけに、ティグラは自分の笑顔に気づいて頬を撫でた。
「ちょっと思い出したので」
「何を?」
「先生のことを」
「先生……教官のこと?」
「いえ。村でおれを鍛えてくれた先生です」
ティグラは髪をかき上げ、先生のことを思い出していた。
「ああ、たしか入学初日にそんなことを言ってたような……剣技は学院に入ってから教われ……みたいな」
「そう、その先生です。でも、コーチそんな初日のことまでよく知ってますね。その場にいたわけでもないのに」
「あっ! いや、ええと、いろいろと情報元があってだな……。それはいいとして! 先生のことを思い出したという話だったが」
「そう、先生もコーチと同じようなことを言ってたんです。『あのね、死んだら終わり。何が何でも生き延びること。まずはそれ』って」
先生の話をするティグラの顔は、ライルに向かって歯を食いしばっているときとはまるで違っていた。ルイトンやロブと馬鹿話をしているときとも違う、穏やかな春の日に目を細めたような柔和さが漂っていた。
「そ、そんな顔もするんだ……」
カブト女の呟きは、ティグラの耳までは届かなかった。
◇◇◇
先生との出会いは、今でも憶えている。
トールヴァとの出会いにより護国騎士になりたいと思い詰めたティグラだったが、重大な問題があった。
何をどうやれば護国騎士になれるのか、さっぱりわからなかったのである。
両親に聞いたが、まともに取り合ってはもらえなかった。そんな馬鹿なことを考える暇があったら畑仕事を覚えろと父には言われた。継母はティグラのことを夢と現実の区別が付かない愚かな子供だと見なした。
ほか、村の大人たちにも聞いたが、知っている者はいなかった。護国騎士というのはお話の中に出てくるのであって、現実に目指すようなものではないのだ。
兄が行き詰まったことを見て取った妹のマルヤが、ぶっきらぼうを装って教えてくれた。
「魔女に聞けばいいじゃん」
妹はあの日以来、ティグラをバカにしなくなった。ツンツンした態度はそのままだが、言うことも聞くようになったし、今みたいに助けも出してくれる。
魔女――。
村の外れに住むよそものの女がいる。いつも孤立していて村人との接触は最低限だが、薬や医学をはじめ、様々な知識を持っているため、有事の際には頼られる存在である。尊敬、畏怖、隔意などを込めて村人は彼女を魔女と呼ぶ。
いわゆる「森の隠者」とでもいうべき人間で、実はそのような人は各地に存在する。ライル・ウォーカーの両親も言ってみればそういった立場に近い人間であった。
そんな物知りな魔女なら、護国騎士のことも知っているのではないか、と妹は言うのである。
ティグラは魔女の話は知っていたが、実際に目にしたことはなかった。まだ子供だけにひるむ気持ちはないではなかった。村の大人は子供たちが言うことを聞かないと魔女に呪われると脅すのだ。
が、護国騎士になるためだ。
ティグラはすぐに会いに行った。
森に少し入ったところ、大木に寄りかかるようにして魔女の小屋は建っている。日が当らないので暗い。
小屋の脇には小さな畑があって、ティグラのよく知らない植物が植わっていた。薬草か毒草だろうか。おどろおどろしく感じる。
丸太小屋はあまり手入れがされていないようで、ところどころ苔が生えている。不気味だ。
煙突から細々と煙が出ているので、中にいることは間違いない。
扉のところに木槌と板がぶら下げられている。ノッカーだ。ティグラは一度深呼吸をして覚悟を決めてから、木槌を手にした。
もう一回深呼吸して、板を打ち鳴らした。二回。
しばらく待ったが出てくる気配がないので、四回。
もうしばらく待ったけどまだ出てこないので、八回……
「しつっこい!」
ドアの向こうで怒鳴り声がしたかと思うと、ドアが勢いよく開いた。
出てきた女は、視線を下げてティグラの存在を認めた。
「あら子供」
四〇手前くらいの、細身の女であった。老婆を想像していたので、予想外に若いのが出てきてティグラは驚いた。
「いたずらはやめなさいね」
目を見張っているティグラを尻目に、魔女はさっさと中に引っ込もうとした。扉が閉まる寸前でティグラは掴んで食い止めた。
「何? こちらも暇ではないのですけど。村の一大事? ……というわけでもなさそうね」
めんどくさそうにティグラを見下ろす魔女。扉を閉じようと力を込めた。ティグラはそれに抵抗する。
「手を放しなさい」
「聞きたいことがある!」
「あのね、相談事は有料。帰りなさい」
扉を閉める閉めないの攻防戦。
「護国騎士になりたい」
「あのね、無理」
「無理じゃない!」
魔女は大きくため息を吐いて、ひとまず扉を閉めようとするのを諦めた。腕が疲れたのだ。
「子供は苦手……論理が通じない……。劇でも見て影響されたのね」
「劇じゃない。ほんとうの……」
言い返しかけて、ティグラは口をつぐんだ。トールヴァとの約束を思い出したのだ。
「頑健な肉体と優秀な運動能力、判断力と戦術眼、教養と礼節、100以上の魔力容量、正確な魔法の使用、総合的な戦闘能力」
魔女は早口で一気に並べ立てた。
半分以上言葉の意味が理解できなくてティグラは目をしばたたかせた。
「護国騎士になるために必要なのはそれ。わかったわね」
言い捨てて魔女は、扉を音高く閉めた。
◇◇◇
翌日。魔女が薬草を煎じていると、昨日と同じようにノックの音が聞こえた。無視しようとしたがうるさくて無理だった。魔女は大げさに首を振った。
「また昨日の子供」
もっときつく叱りつけてやるべきだった、と思いながら扉を開ける。
案の定昨日しつこかった子供だった。
「あのね……」
苛立ちを隠さずに口を開着かけた魔女に、子供が何かを差し出した。
「魚籠? ……何?」
「昨日、有料だって言ったから」
これで話を聞いて欲しい、と子供は子供なりに真剣な顔であった。
……正直に言おう。ここ最近、村人からの頼み事がなくて、キノコと木の実と野菜ばっかり食べていたところだ。魚というのは魅力的であった。
「昨日言ってたこと詳しく教えて」
しばらくの葛藤の末、魔女は子供を見据えた。
「あのね、教えてほしかったら自分の素性を明らかにする。それと言葉遣い。丁寧に」
「わかった……はい。おれはティグラ・フェダーテ、この村の者だ。です。教えて……ください」
魔女はもったいぶってうなずき、ティグラを室内に招き入れた。
このとき彼女は、最低限のことだけ教えて、楽して魚をいただこうと考えていた。どうせ子供のことだから、すぐ飽きるだろうし、本当に護国騎士になれるわけもない。現実を知っておしまいだ。そういう計算であった。
まさかこれから何年も、この子供が魚を持って通ってくるとは思ってもいなかった。
まさか、自分が教えられることは全部教えることになるとは思ってもいなかった。
まさかこの子の将来を心から案ずることになるとは……。
ティグラは魔女の家に入って、指し示されたスツールに腰かけた。
「お願いします。……先生」
ぺこりと頭を下げる。
魔女は向かいのスツールにどっかりと座り、腕を組んだ。
「誰が先生よ?」
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