引っ込み思案 カノレー・リヴァーロ 2

 ついにアストラルアクションの授業がやってきた。


 魔法ドームに、ライルら護国騎士希望コース初年度の生徒が全員整列している。ティグラも端のほうにいる。


「さて、いよいよだよ、みんな」


 指を立てて語りかけるキャニンベル教官。生徒たちも、ついにはじまるぞと、浮ついた雰囲気になっている。このために入学した者もいる。護国騎士になるためには避けて通れない。ティグラもその雰囲気に同調している。


 ウッド騎士道学院には、アストラルアクションを教える教官がいない。中央大学院にはいるのだが、地方の学院では人材がいないのだ。だから便宜上、剣技のキャニンベル教官と、魔法のミジィ教官が分担している。今日はキャニンベルだ。


「この中で、アストラルアクションを見たことある人?」


 挙手を求めると、ティグラ以外ほとんど全員の手が挙がった。


「入試の際、観戦を勧められたはずだけど」


 その指摘にティグラは沈黙を守っている。


 入試は国内いくつかの都市で開催される。ティグラが入学までライルを知らなかったのは会場が別の都市だったからだ。


 で、田舎住まいのティグラは都市へ出るだけでもけっこうな旅費がかかる。たしかに入試の後、余裕があればアストラルアクションの興行を見ていくといいと言われたが、なるべく金を節約する必要があったため、見ずに帰ったのだ。


 両親から反対されて金を出してもらえず、旅費も試験費も先生が出してくれた。先生のために無駄遣いはできないと思ったからだ。


「失礼します!」


 凜とした女子の声。


 ドームに入ってきたのは、ミリュエール先輩だった。二人の男子を連れてきている。教官の隣に、気をつけで並んだ。


「まず、本物のアストラルアクションがどんなものか、上級生に見せてもらおうね」


 生徒の間にさまざまな息が漏れる。

 おあずけを食って焦れている者、上級生の戦いが見られると喜ぶ者。


 そんな中でティグラは、違和感を覚えていた。ミリュエール先輩はいいとして、男子二人のようすがおかしい。後輩に手本を見せようという感じではない。


 立った姿は固く、息は浅く速く、顔色は蒼白だ。極度の緊張か……あるいは恐怖か。


(何を怖がってるんだ?)


 不審な目を向けていると、隣のミリュエール先輩がこちらを見た。目が合った。


 先輩は意味ありげな微笑みを向けてきたようであった。男子と違って彼女には余裕があるみたいだ。


 ティグラの目には、昨晩の秘密の約束を再確認したような仕草に見えた。ティグラは先輩に小さく頷き返したが、それに対する先輩の反応はなかった。


「じゃあさっそく準備をお願いしようか」


 三人の二年生は、階段でドームの地下に下りていった。足取りの重い二人の男子を、ミリュエール先輩が引率していくようなかたちだった。


 普段、魔法の授業のときは蓋がされていたので、そこに階段があること自体、ティグラははじめて知った。あの先に、アストラルアクション用の設備があるのだろう。


「きみたちは観戦だね。ギャラリーに上ろうか」


 壁際に階段があり、それを上ると、ドームの周縁を半円ぶん巡っている、張り出し通路に出る。ここがギャラリーである。今までも、教官がドーム全体を見渡す時などに使っていた。


 しばらくすると、ドームの床いっぱいにごつごつした岩場が出現した。


 おお、とみんなの声が漏れる。


 岩場は単に足場が悪いだけでなく、大きい岩がいくつも突き出ているため視界もよくなさそうだ。


 戦場全体が、よく見ればうっすら透けている。実体ではないのだ。


(これがアストラルアクションの戦場か)


 すごいな、とティグラは素直に感心した。


 だが、アストラルアクションが好きで何度も見ているというルイトンまで声をあげたのはどういうことだろうか。

 ティグラとは違うところで驚いたらしかった。


「地形まであんのか」

「どういうことだ?」

「町でやってんのは、平らなリングで戦う試合なんだよ」


 二人の会話を耳にして教官が口を開いた。


「護国騎士は実戦を想定しているからね。フィールドの設定は無数のパターンがあるよ」


 戦場に二年の男子二人が登場した。一人は両手剣を持ち、一人は短剣だ。

ミリュエール先輩の姿はない。彼女は参加しないようだ。


 二人の生徒はフィールドと同じように半透明だが、輪郭を縁取りするように光っている。そのため居場所が分かりやすい。


「目立つな」

「やってる本人同士の目からは光は見えないし、もちろんフィールドも半透明ではなく実体を持って感じられるようになっているよ。光っているのはあくまで観戦者の便宜のためだね」


 アストラルアクション中の選手からは観戦者の姿は見えないし、声も聞こえない。仮に観戦者がフィールド内に入っても、岩も選手も透けて触れることもできないのだという。


 いわばテレビ中継が立体映像になったような状態だ。こちらからは試合の様子を見ることができるが、向こうからは視聴者を認識できない。


 いよいよ試合開始である!


 ゴングや合図などはなく、出現した時点で開始なのだ。


 はたして、騎士道学院のアストラルアクションとはどんなものか。初年生たちは固唾をのんで見ている。


 二人の生徒は離れた場所に出現したため、まだお互いの居場所を知らない。

 双方、岩陰に身を隠しながらじりじり移動していく……。


 そのじりじりがずいぶん長く続いた。


「慎重だね」

「慎重というか……」

「臆病?」

「腰が引けてるように見える」


 はじめのうちは粛々と観戦していた初年度の生徒たちも、段々飽きてきたのか、ゆっくり相手を探すだけの二人を侮るようなコメントが増えている。あくびすら起こった。


 キャニンベル教官はそれをたしなめない。


 そしてついに、二人が遭遇した。


   ◇◇◇


 もう誰も声をあげていない。誰も彼も、顔を蒼白にしている。


 ライルも、ティグラもだ。

 ノンノはしゃがみ込みうつむいてしまっている。ロブも、それを心配する余裕もないようだった。

 他にも顔を背ける者が続出している。


 フィールドで展開されているのは、紛れもない。

 殺し合いだ。


 鉢合わせの恰好で出会った二人は、同様に驚愕し、冷静さを欠いたまま交戦を開始した。駆け声が裏返る。授業で習った華麗な剣術? そんなものはない。


 両手剣を誤って岩に打ちつける。岩の割れ目に足を取られて転ぶ。


 お互いの刃が閃くと、傷口から真っ赤な液体が流れ出す。血に見えるが、これはアストラル体を流れている真紅のエーテルである。


 両手剣が相手の腹に刺さった。


「ぎゃあああっ!」


 歪んだ顔で、刀身を掴んでしまう。握った手の指が飛んだ。ひいひい泣きながら剣をなんとか抜く。


 腹から大量にエーテルを流しながら体当たりし、間合いを詰めて短剣で太ももを何度も刺す。悲鳴が響く。


「いっ、がっ、がああぁっ」


 痛い痛いと泣きながら這って逃げようとする。もはや勝負あったと相手が追ってきた。すると急に振り返り、手を振る。魔法〈薙ぎ風〉が追っ手の足首を切り飛ばした。


 お互い倒れ込んでの泥仕合だ。押さえつけて剣の柄で殴る。刃を振り回す。目突き。引っ掻き。飛び散る赤いエーテル。荒い呼吸。


 もはやどちらがどちらか分からなくなるほどドロドロした戦いであった。


 エーテルにまみれた凄惨な闘争の末、ついに短剣が片方の生徒の胸板に突き刺さった。もともと短剣を持っていた者が刺したのか、乱戦の中で奪い取ったのか、ティグラには判別がつかなかった。


 刺された生徒の口からゴボゴボと泡立つような息が漏れる。

 やがてその息も弱々しくなり、いつしか止まった。


 そして、彼は消えた。


 アストラルアクションでは、死亡相当のダメージを受けると消滅するらしい。


 ズタボロの勝利者が残された。勝利の喜びなど感じられず、ほとんど放心した状態であった。

 試合は終了し、勝利者ごとフィールド全体が消え、元のドームに戻った。


 今まで呼吸を忘れていたような息があちこちから漏れる。

 ティグラは、自らの額に汗がにじんでいることにようやく気づいた。


「みんな、どうだったかな?」


 キャニンベル教官がにこやかに聞く。陽気な口調は今までと変わらないが、あんなものを見せられたあとではかえって不気味だ。


 試合をした二人は、まだ休憩しているのか戻ってこない。ミリュエール先輩は帰ってきて教官の脇に控えている。


「あれが、見世物とは違う本物のアストラルアクションだよ」


 教官の説明によると、興行として行なわれるアストラルアクションは、アグレッシブな試合にするために痛覚をカットして痛みを半減させているのだという。


 それがない。つまり本当に死ぬほどの痛みを感じるということだ。


「彼らのことを臆病、腰が引けてる、とまだ言える子はいるかな?」


 生徒たちの顔色はまだ戻らない。


「さて、それじゃあ……」


 教官の笑顔。


「誰か、試合の希望者は?」


   ◇◇◇


 これは毎年の恒例だ。初年度の生徒に対するおどかしなのだ。


 たまに綺麗に決着がついてしまう年もあるが、今年のようにうまいこと悲惨な状態になれば、まず誰も先陣を切ろうと挙手をすることはない。


 去年は、手を挙げたのはミリュエール一人だけだった。

 今年は?


 ライル・ウォーカーの手が挙がっている。血の気が引いているが、覚悟を持った表情だ。


 ライルは、前世からの経験則で、どうせやらなければならないのなら早いほうがいいことを知っている。歯医者も、注射も、先延ばしにすればするだけ嫌な時間が増えていくのだ。それに、自分の実力なら無傷で勝てる可能性も少なくないだろう。教官や他の生徒にやる気をアピールして評価を上げるという計算も働いている。初日の剣技の授業のときに手を挙げたのと、本質的には同じ意味合いの挙手であった。


 そしてもう一人、手を挙げた者。

 そう、ティグラだ。


 これに関しては、ライルに対抗したわけではない。むしろティグラのほうがライルよりわずかに挙げる手が早かった。ティグラは、現在の実力では誰にも負ける可能性が高いことは自覚している。だが今後アストラルアクションでライルに勝つため、先入観のない状態で体験してみたかったのだ。そのためなら死ぬほどの痛みも貴重な経験の一つになるだろう。


 この二人だけが先陣を希望している。


 ミリュエール先輩が少し驚いたようにティグラを見た。

 昨晩、長期的に成長していこうと言ったばかりで挙手したから驚いたのだろう、とティグラは思った。


 その実、ライルが挙手する可能性は予想していたが、無名の生徒が名乗り出るとは思っていなかったからだ、とはティグラにはわかろうはずもなかった。


 彼女の唇が、ティグラの勇気あるいは蛮勇に反応したのか、薄く笑みを形作った。


「それじゃあ、ライル君とティグラ君の対戦になるのかな」


 教官の口調にややためらいが見えるのは、二人の実力差を考慮して、まともな試合になるかどうか危ぶんでいるのだろう。


 ミリュエール先輩が一歩前に出た。


「教官。わたしが二人の相手をします」


 ライルとティグラを等分に見た。その眼光は鋭い。


「さっきのが二年生の実力とは思われたくないので」


   ◇◇◇


 地下の空気はひんやりとしている。分厚い石組みの地下室は、思ったより広かった。


 腰ほどの高さがある石壇が、八つ並んでいる。壇の大きさはシングルベッドとほぼ同じだ。その奥の壁に巨大な魔法式が描かれている。その傍に男が一人。魔法技師だ。彼があの式に魔力を注入することによって、アストラルアクションの装置を作動させるのだろう。


 左方向の壁には様々な種類の武器が置いてある。

 右方向はどこかへ通じているらしく、カーテンで仕切りがされている。


「あちらは休憩室。さっきの二人がまだ休んでいるはずだ」


 ティグラの視線に、ミリュエール先輩が答えた。


「実際に体にダメージがないとはいえ、精神的な負担は大きい。体に戻っても幻覚の痛みを訴える者もいる。アストラルアクションで敗北したショックで、実際に死んだ者もいるという噂だ」


 半端におどろおどろしい声音を出す先輩。


「実際に死者が出た記録はゼロらしいですよ」


 冷静にライルが指摘する。


「教官から脅すだけ脅せと言われているのでね。死者の記録は破棄されて残っていないだけなのだ……と言っておこう」


 やはりわざと声を低めて、ミリュエール先輩が言う。真面目一辺倒だと初年生には思われている彼女だが、意外に茶目っ気もあるみたいだった。


「三人で同一フィールド内に登場して、まずわたしと君がやって」


 とティグラを指し、次いでライルに移す。


「その次に君とやる。それでいいかな?」


 つまりティグラに負ける可能性はないと言っているのだ。ミリュエール先輩にはそれだけの自負があるのだろう。


 そのくらいじゃないとコーチとは呼べないだろう、などとティグラは考えている。


「それとも最初から乱戦にしようか?」

「ぼくはどちらでも……」


 と、ライルがティグラの様子をうかがう。

 ティグラなら、直接ライルを攻撃できる乱戦を選ぶのではないか、と思っている目だ。


 たしかに以前のティグラであればそうしただろう。しかし今の彼は、カブト女の指導を受けて、長期的展望というものを持とうとしている。今はライルにつっかかる時ではない。まずアストラルアクションがどういうものか身に刻む時だ。


 となると、経験豊富な先輩に手ほどきを受けるのが最善といえるだろう。


「一対一でいいです」

「ではそうしよう。少年たち、好きな武器を選び、台に寝たまえ」


 ティグラは普通の剣を選んだ。片手でも両手でも扱えるやつだ。


 適当な石壇に仰向けになった。他の二人も同様にする。


「台からはみ出ないようにしてください……行きますよ」


 技師の男は言葉とともに、装置に魔力を注ぎ込んでいく……。


 ティグラは台上で目を閉じている。そこへ、体が下に吸い込まれるような感覚が彼を襲った。


 いや、違う、体以外が上へのぼっていくのだ。精神が肉体を置き去りにしていく。


 気づいたらティグラは砂漠にいた。


 周囲を見回す。青空の下、砂が広がっている。端がどうなっているかというと、透明だが向こうが見通せない壁でぐるりと囲まれている。壁の上部は空に溶けて見えない。


 魔法ドームの大きさがあるガラス瓶の中に砂漠が作られている、そんな感じだ。


(これがアストラルアクションのフィールドか)


 さっきの岩場とはまるで別の場所だ。


 何度か地面を踏みしめてみる。砂の感触は現実と変わらない。臭いも、ドーム内とは違うように感じる。肌を焼く太陽と照り返しの熱、息を吸い込むと胸の中に熱気が入っていく感覚、どれも本物のようだ。ティグラの額から、すでに汗が出はじめている。


 透明な壁の向こうにいるであろう教官と他の生徒の姿は、全く見えない。


(向こうからは見えてるんだろうが……)


 緩やかな砂丘の上に、ミリュエール先輩の姿が見えた。その向こうにはライルもいる。身を隠す場所はない。先ほどのように慎重に敵を探すようなシチュエーションではない、ということだ。


 ミリュエール先輩が砂丘を下りてきた。


「どうかな、調子は?」

「涼みたいです」


 どちらかというと寒冷な気候の地方で育ったティグラは、暑いのは苦手だった。


 先輩は少し笑った。


「いい度胸をしている。では、早くはじめるとしようか」


 お互いに武器を構える。ミリュエール先輩は細身の双剣を大きく広げた。


 離れたところでライルが観戦している。


 砂を蹴立てて双方が走った。砂は柔らかく、簡単に足を取られそうになる。通常の速度は出ず、一歩ごとにかかる負担が大きい。

 これでは細かい足さばきなどはできない。技術のないティグラのほうに都合がいいはずだ。


 初撃。ティグラは走る勢いのまま真っ向から剣を振り下ろす。ミリュエール先輩は直前で体をひねった。


 ティグラは右脚に鋭い痛みを感じた。

 先輩は、交錯する一瞬、片方の剣でティグラの攻撃を斜めに流すのと同時に、もう片方の剣でティグラの脚を斬っていた。


 そのまま二人の位置が入れ替わる。距離が離れた。


 赤いエーテル液がティグラの右膝上から流れ出ている。かなり深い傷のようだが、


(覚悟してたよりは痛くない。このくらいなら耐えられる)


「あまりのんびりと距離を取っていると、相手に魔法を使われるぞ」


 先輩の指導が飛ぶ。


「自分が魔法を使いたい時も、牽制して相手には魔法を使わせないことが重要だ」


 言うなり、先輩が間合いを詰める。さっきとはまるで違う、風のようにものすごい速度だ。


 よく見れば足元の砂が微動だにしていない。滑るように移動してくる。


〈虚空〉陰系の魔法〈浮き足立ち〉だ。わずかに地面から浮かぶことにより、凹凸の少ない場所ならば高速の移動が可能になる。


 馬よりも速く、ミリュエール先輩はティグラの脇を通り過ぎ、通り抜ける瞬間に双剣で切りつけていく。ティグラの左腕からエーテルが吹き出す。


 先輩は曲線を描くように方向転換し、再びティグラを視界に捉えた。


 脚をやられ、ろくに動けないティグラはかがみ込んでしまい、何もできないように見えた。今から魔法を使おうとしても煉化が間に合わない。


 先輩が〈浮き足立ち〉で迫ってくる。


 ティグラはタイミングを見計らって足元の砂をすくい取り、投げつけた。視界を失ったミリュエール先輩は、ひとまず横にそれようとしたが、そこへティグラが体当たりを仕掛けた。双方砂の上に倒れる。


 先に立ち上がったのはティグラだ。

 剣を振り下ろす。


 だが先輩は速かった。閃く光がティグラの喉を貫いた。熱い痛みが喉を満たす。呼吸ができなくなる。


 致命傷だった。


   ◇◇◇


「そもそもの技倆が足りんよ。砂の奇襲は良かったがな」


 ミリュエール先輩はすでに、終わった試合を振り返るモードに入っている。

 だが!


(このままで終わってたまるか!)


 ティグラはまだアストラルアクションのフィールド内にいる。生きているのだ。


 喉を貫かれたまま前進した。

 さらに深く刃が食い込む。そんなものは無視だ。


 さすがに驚いた顔のミリュエール先輩を押し倒した。剣の切っ先を彼女に向ける。


 だがそこまでだった。全身の力が急速に抜けていく。ティグラは剣を取り落とした。


 ミリュエール先輩はティグラの下から這い出ると、喉の剣を抜いた。ごぼりとエーテルが湧き出る。ティグラは仰向けのまま動けない。


 視界が暗くなり――


 ティグラはドーム地下の石壇上で目覚めた。


 肌を焼く太陽はどこにもなく、空気は冷たい。

 大きく息を吸った。まるで夢から覚めたようだ。


 斬られたところ、脚、腕、喉に痺れるような熱が残っている気がしたが、それもやがて消えていく。


(けっきょく先輩に一太刀も届かなかった)


 もう少しなんとか戦いようがあった気がする。やはり悔しい。


 だが、それと同時に新鮮な感動もあった。初めてのアストラルアクション、こんな感じになるのか。確かに、ほぼ現実と変わらないような戦いができるみたいだ。感覚的にも、体を動かす感じにも違和感はなかった。


 初戦で負けはしたが、絶望はしない。今回の経験を持ち帰って、いつか勝てるように努力するしかないのだ。ミリュエール先輩……コーチも言っていたではないか、考えろと。


 考える材料を手に入れたと思えば、悪い結果ではない。


 他の石壇を見ると、ライルとミリュエール先輩が仰向けになっている。呼吸のたびにわずかに胸が上下するのを除いては全く身じろぎをしないので、眠っているというより死んでいるようにすら見える。


 今ごろは二人が戦っているのだろう。


(見に行かなくちゃな)


 ティグラは急いで階段を上る。一段飛ばしで、ドームの一階に出た。目の前に半透明の砂漠が広がる。


 さらに階段を二段飛ばしで上って、ギャラリーに着いた。生徒たちが次々と視線を向けてくる中を、ティグラは進む。


「おっ、戻ってきたな」

「い、痛かったのかい?」


 ルイトンとロブの近くにティグラは陣取った。


「どうなってる?」

「はじまったばっかだ」

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