森の夜 1
ティグラの体が宙に浮き、背中から地面に叩きつけられた。
「ぐえっ」
息が吐き出されて、変な声が漏れてしまった。
ティグラを投げた相手はニヤニヤしながら見下ろしてくる。
「もう終わりか?」
「まだまだぁ!」
ティグラは起き上がって相手に向かっていくが、またすぐに投げ飛ばされてしまう。
「ぐえっ」
剣技の授業中であった。といっても今は、剣を使っていない。剣技のカリキュラムは剣だけに留まらず体技全般を扱う。今は徒手戦闘の訓練をしているのだ。
入学からおよそ一ヶ月ほど経っている。
ティグラは土にまみれて立ち上がった。
組み討ちの相手をしているのは、同じ年齢のガーゾという生徒だ。護国騎士ではなく正騎士を目指すクラスで、貴族の子弟だ。剣技の授業はクラス合同で行なっている。
ガーゾは、剣技の技量において正騎士クラスの中では最上位だ。だが、乱暴で加減を知らないところがあり、組み討ちのときはみんなに敬遠されている。
だからティグラはガーゾとやることが多いのだ。
「護国騎士志望クラスだからって調子に乗るなよ。田舎者の鈍才が!」
また転ばされ、顔を地面にこすりつけるティグラ。
向こうではライルが他の生徒の指導をしている。キャニンベル教官の要請で師範代のような役割をしているのだ。生徒でそのような待遇を受けているのは上級生に二人と、あとはライルだけである。底辺で這いつくばる自分とは大きな差だ。
「入学前に剣技の基礎もできていないなんて、本気で騎士になろうとするやつとは思えないな!」
倒れたティグラに追い打ちの蹴りが来た。それをなんとか腕でブロック。腕がしびれる。
教官がそれを見とがめた。
「ほうら、そこのきみ! 打撃や倒れたときの追撃は禁止だよ」
「すみません、つい熱が入っちゃって」
「気をつけるんだよ!」
「はいっ」
ガーゾは教官には愛想よく振る舞う。
「ほら立て、田舎者」
ティグラはガーゾを睨みつけると、立ち上がると同時に突っ込んでいった。ガーゾはほとんどローキックのような足払いをティグラの足首に叩きつけた。ティグラはまたもや派手に転倒する。
それが見事な一回転だったものだから、周囲から失笑が起こった。
ティグラは土を噛んでそれに耐えるしかなかった。
◇◇◇
次は魔法の実技だ。剣技の授業が屋外の練武場で行なわれるのに対し、こちらは魔法用のジム、総合魔法実習館(通称、魔法ドーム)という建物で行なう。各人使える魔法が違うし、教官のミジィにやる気がないので、ほぼ自習だ。
魔法ドームは石造りの、その名の通りドーム状の建物だ。内部に部屋や柱などはなく、がらんとしたスペースがあるだけだ。
建物全体に魔法式が組み込まれていて、魔力を供給することにより、建物の魔法耐性を向上させることができる。ドームの壁に向かって攻撃魔法を放っても、びくともしないように強化できるのだ。建物を壊す危険がないので、魔法の実習にはもってこいというわけなのである。
煉化速度を上げる、新しい魔法を覚える、魔力を注ぎ込んで威力を上げる。ドーム内のあちらこちらで生徒たちがおのおのの課題にとりくんでいる。
対象を必要とする陽の魔法は、遠くの的を狙う、パートナーをお願いする、などの準備が必要だ。陰の魔法は基本的に自分が対象なのでスペースを取らない。ある程度他の人と距離を取るだけでよい。
ティグラは〈鋼鉄の男〉で自分の手を硬質化させては解除するのを繰り返す。田舎で魔法の練習をしていた時期に、トールヴァと同じこの魔法が使えるようになったときはうれしかったものだ。
しかし、いかにも地味だ。
いっぽう、ライルのほうといえばどうか。彼はティグラとは反対の端にいる。ライルの周囲には誰もいない。天井から見下ろしてみると、ドームのこちら半分にはライル一人だけしかおらず、ティグラを含む他の生徒たちは逆の半分側に固まっている。
ライルだけ孤立した恰好である。その理由はすぐにわかる。
彼の前に火の玉が現れた。〈上天〉陽系の魔法、〈火球〉だ。攻撃魔法といえばこれ、という代表的な魔法である。普通の〈火球〉は手のひらサイズである。それでも物にぶつかると小爆発を起こすので、殺傷力はかなりある。
だが、見よ、ライルの生み出した〈火球〉を。それは人間一人がまるごと入るほどの大きさがあった。
そしてそれを、壁際の模擬の人形へと撃ち出す。
人形に接触。閃光が走り、次の瞬間轟音とともに爆発が起こった。爆風がドーム内を駆け抜け、反対側の扉が耐えかねてひとりでに開いた。
生徒たちにも、風を受けてよろめく者がいる。髪の毛が乱れる。服がはためく。
ティグラの近くにいた女子があおりを食って倒れそうになった。背中に手を添えて支えてやりながら、頭の中はライルのことばかりだ。女子のほうにはもう視線も向けていない。
その女子生徒、カノレー・リヴァーロが口ごもってなんとかお礼を言おうとしていることにも気づかない。
ティグラはあまりにかけ離れた魔力容量の差に歯噛みする。
あれを見せられては、実戦では魔力容量の差が絶対的な差ではないという思考自体、負け惜しみのように感じられてしまう。
入学してからまだアストラルアクションの授業は行なわれていないので、実戦ではどうなのかというのは、まだ試されていなかった。そのせいもあって、魔法の授業でライルの実力を見せつけられるたびに、ティグラの心中に焦燥ばかりが溜まっていくようであった。
◇◇◇
入学からおよそ一ヶ月と言ったが、厳密に言えば一ヶ月まであと二日だ。つまり今日明日までは、退学しても入学金が返ってくる。
今のところ、やめた者はいない。
夕食の時間、寮の食堂は大混雑であった。
ウッド王国首都スリーツリーズの郊外に位置するウッド騎士道学院。その学院の敷地内にある学生寮には、全てのコースの初年度と二年度の生徒が入っている。
寮生は総勢二〇〇人ほど、全員に狭いながら個室が与えられている。学院の敷地で最も大きい建造物である。
ちなみに、三年以上の生徒には、スリーツリーズ市内に別の寮が用意されている。
寮生全員が一度に食事することが可能な大食堂。そこでは二年生がいい席を占め、初年度の生徒は出入り口から遠かったり、トイレに近かったり、照明が届きにくいような席に座ることになるのが常である。
一番いいとされる席は正面奥、壁に飾られた巨大タペストリーの直下にあるテーブルで、二年生の正騎士クラスの者の定席になっている。「学院生に貴賤なし」と掲げたところで、貴族の子弟のほうが立場が強いのは仕方がない。
それとは別に食堂のほぼ中央に位置するテーブルもいい席とされている。そこに座っているのは、護国騎士志望コース二年生首席、ミリュエール・テンプルヤードだ。憶えているだろうか、入学の日に、門のところでティグラに声をかけてきた、赤金髪の先輩女子である。
彼女は入学したときは剣技も下のほうで、魔力容量もさほど多くない。そこから、努力でトップまで上りつめたのだという。剣技の授業で師範代をしているという、ライル以外の上級生のうちの一人が、彼女なのだ。
真面目で厳格な彼女を、ティグラはひそかに尊敬していた。入学時には才能に乏しいと言われながら、二年生で首席になっている、というのがいい。目標にすべき存在だ。
もっとも、彼女のほうはティグラのことを記憶していないようで、何度かすれ違ったりしたが、通りいっぺんの挨拶以上の口を利いたことはない。
ミリュエール先輩の近くのテーブルには、ライルたちがいる。ここもわりと上等な席なのだが、異世界からの転生者、天賦の才能の持ち主であるライルには、二年生も、貴族出身の他コース志望の生徒も一目置かざるをえないようだった。ライルたちはティグラたちと違ってかなりいい場所のテーブルを使っても許されている。
ライルのテーブルに集まっている者たちも、護国騎士志望クラス初年生の中では目立っている連中が多い。
ライルに次ぐ天才的な魔力容量を持つ、おっとりしたノンノ・ノナ。
護国騎士志望クラス唯一の貴族、フィズクール・パン。正統剣術の使い手であり、実戦剣法のルイトンとはそりが合わない。
帝国の外からやってきた移民三世のリー・リー・ティエン。学院内でライルと彼女だけが黒髪だ。
魔法オタクで稀覯魔法の収集が趣味、いつも図書館に入り浸っているニャンコ。
学問の成績がワンツーの、サザン・パディとシーラ・チールド。カップルというと双方が全力で否定する幼なじみペアだ。
他にも何人かいる。
ライルはすっかりクラスの中心になっていた。最初のうちは近寄りがたいと思われていたライルだが、誰にでも分け隔てなく接する屈託ない性格、おだやかな物腰、剣技や魔法のコツなども聞いたらこころよく教えてくれるということで、人気者の地位を確固たるものにしている。
まさにクラスの太陽だ。
一方、その太陽の光が届かない日陰にいる者たちもいる。
薄暗いテーブルに座っている三人もそれだ。
ティグラ、ルイトン、ロブである。そろって冴えない顔をしている。吹きだまりのような食堂の薄暗がりで食事をしている図であった。
「いいなあ……」
ライルのテーブルを見ながら、ため息とともに、ルイトンとロブが同時に同じ事を言った。
二人で顔を見合わせる。
口火を切ったのはロブのほうだった。
「ぼくは君のような、女なら誰でもいいという節操なしとは違うからね」
つまり、ルイトンはライルのテーブルに女子が多いのをうらやんでいるのだろう、とロブは言っているのだ。それは正しかった。
だがむしろルイトンは誇るように胸を張った。
「節操がないってのは違う、器が広いんだよ」
「広いというのなら、彼女の席にでも行ったらどうだい」
ロブが指す先は、一番隅っこのテーブル。そこではカノレーが一人でもそもそと食事をしていた。そもそも照明が遠くて薄暗いうえに、前髪が目を覆っていて辛気くささが倍増している。
「いや、陰気なのはあんまりな……なんだったか、あいつの名前?」
「ぼくもちょっと」
二人で頭をひねる。
今まで会話に参加せず、黙々と肉を食っていたティグラがぼそりと呟いた。
「カノレー・リヴァーロ」
「ああ、そんなんだったっけ?」
教えてもらってもピンときていない様子のルイトンである。
実際、カノレーは目立たない生徒だった。友人もいないらしく、いつもほぼ一人でいるし、入学してからこっち、彼女の声をまともに聞いた者がいるのか、どうか。
「その女のことは今はどうでもいい。ええ、ロブよ、おれとは違って節操のあるロブ。おまえの目当てはライルと付き合ってんだろうが」
「なな何を根拠に!」
ロブは興奮してテーブルを叩いた。完全に図星の顔だ。
彼は初日にノンノ・ノナを見て以来、ずっと彼女のことを気にしている。が、話しかけたことは一度もない。偶然彼女が落としたペンを拾ったことがあり、にっこりお礼を言われたのを唯一の思い出として心に刻んでいる。
「ほれ見てみろあっちをよ、ライルの隣の席に座ってるぜ」
「ぐ、偶然だろう」
「てか二人の雰囲気見りゃわかるだろ」
「ぼくの目には仲のいい友人だね!」
ティグラはナイフで骨から肉を切り離している。
「そんじゃ、アレだ、ノンノ・ノナが上級生に言い寄られて困ってたのをライルが助けたって噂は? そこから恋が始まったとか、なんとか」
「はじめて聞いた……で、でも単なる作り話かもしれないし。ティグラは聞いたことあるかい?」
「ない」
「ほら」
「ティグラが噂なんかに詳しいと思ってんのか?」
「と、とにかくぼくは信じないね!」
これ以上この話題を続けたくないとばかり、ロブはパンを千切って自分の口に詰め込んだ。
「今日も景気よくやられてたな、剣技」
ロブが無言になったので、ルイトンはティグラに矛先を向けた。
「ガーゾのやつ、おまえが禁じ手使っても文句言わねえからおまえと組みたがるんだぜ」
「ガーゾを避けて他の人と組んだらどうかな?」
ティグラの顔の擦り傷を見て、向かいのロブも提案した。
ティグラは食事を続けながら答える。
「あいつに勝てないようじゃ、ライル・ウォーカーの相手はできないだろ」
ルイトンとロブが顔を見合わせ、ティグラに気づかれないよう肩をすくめた。
二人は、内心では、まだライルに勝つつもりでいるのか、現実が見えていない、と思っているに違いない。一ヶ月も経てばだいたいみんなの実力の程は知れる。剣技でも魔法でも、ライルとティグラは一番上と一番下だ。その差が縮まっているようには、誰の目にも見えない。
だがルイトンもロブも口には出さない。なんだかんだで、意地を張るティグラのことが、二人とも嫌いではないのだ。
ティグラが肉をかじり取っていると、おかわりに立った二人と入れ違いに、ライルがこちらへやってきた。
ティグラは眉を上げて彼を見上げた。
「やあ」
「なんだ?」
(――何をしにきた?)
二人が言葉を交わすのは珍しい。
「食事が終わったら、ちょっといいかな。話がしたい」
いよいよ、何のつもりかわからない。だがティグラは受けて立つ。
「わかった」
その返事に、ライルはやや硬い表情でうなずき返した。話をする場所を指定して、また元の席に戻っていった。
「おいおい、ライル・ウォーカーが何の用だよ」
ルイトンとロブが戻ってきた。
向こうのテーブルでも、ライルがティグラに近づいていったことが意外だと思われたらしく、何人かがちらちらこっちを見ている。それも無理はない。ティグラ自身にとっても意外だったからだ。
(いったい、何の用件だ?)
心当たりはなかった。
◇◇◇
職員用階段の下は、廊下の奥まったところにあり、夜になるとほとんど人が通らない。灯りも遠く、かなり暗い。
ライルはすでに来ていた。ティグラの肩越しに他の人の姿がないことを確認したうえで、視線をティグラに戻す。
「やあ。今日の夕食は美味しかったね。ガレリオ風かな、茹で肉につけるペッパーソースがよかった」
「そうだな」
ティグラはそっけなくうなずく。まさかこれが本題ではないだろうが、たしかに今日の肉は美味かった。
「君は肉が好きみたいだけど、肉は食べると筋肉になるからね。茹でると余計な脂も落ちるし、体を作るには重要だ」
ティグラは眉根を寄せる。何が言いたいのかよくわからない。
「揚げ物はあまり量を食べない方がいい。贅肉がついて、体が重くなるから」
「……それで?」
ティグラはライルを促した。
ライルは食べ物の話を止めて、いったん咳払いした。
「こんなに話したのは入学の日以来だね」
(おれが避けてたからな)
ティグラにとってライルは、敵だ。ライバルだ。打倒すべき相手なのだ。他の生徒のように、彼に何かを教わりにいったりすることはなかった。
そのことをわかっていたので、ライルからも敢えて近づこうとはしてこなかったのだ。
それが、どういう風の吹き回しだろうか。
ティグラの視線を受けてライルは少しの間視線を泳がせ、考える間を作った。
「その、入学の日、聞こえたんだ。君が護国騎士を目指す動機。芝居にあこがれてって言ってたね」
「ああ。言ったな」
「ぼくも見たことがあるよ。怪物を倒し国を守る勇敢な騎士の話」
「そうかい」
(何が言いたい?)
まだ、ライルは本題に入っていない。本題の周囲を回っている。
ライルは少し言いよどんだ。
「でも、芝居と現実の護国騎士はおなじじゃない。……ということは、もちろんわかっていると思うけど」
「そうだな」
「そのちがいをわかったうえでも、護国騎士でなくてはならないものかな?」
「あ?」
「たとえば、町の警備隊だって、すばらしい仕事じゃないか?」
ティグラの内心がざわつく。ライルは少しずつ本題に迫ってきている。
「……ぼくが思うに、誰かに憧れてもその人にはなれない。だろう? だから、自分の能力や性格の向き不向きを把握して、自分の長所を伸ばしていくのがいいと思うんだ。そのほうが結果的に幸せになれるんじゃないかと」
自分の言葉をティグラがどう受け止めているか確かめるような視線を向けながら、ライルは慎重に続ける。
「だから、君ができることをやればいいのであって、無理をして護国騎士だけを目標にする必要はない、という考え方もあるんじゃないかな」
ようやくライルの論旨を理解して、ティグラの視線が険を帯びた。
「やめろって言いたいのか。それが話か」
へえ、と顎を上げてライルを見据えた。
ライルはティグラの怒りに反応することなく、心配そうな顔をしている。
「ニャンコに聞いたんだけど、魔力容量が150以下の者が大学院に行った例はない。さらに言えば、180以下の者が護国騎士になった例もないっていう」
「だから諦めろって? 金が戻ってくるのが明日までだからか?」
「身の丈に合わない居場所は心身を壊すってことをぼくは知ってる」
「ここがおれの身の丈に合わないって誰が決めた」
「だって、現についてこれてないじゃないか」
そこでライルは言いすぎたと思ったのか、言葉を切って表情をつくろった。
「これは忠告だよ」
「忠告!?」
ティグラの声が温度を増す。ライルを睨みつける。握り拳が震えている。
「ライル・ウォーカー。おまえの何が気に入らないって、そこだ」
ティグラは目もくらむような怒りを覚えていた。
ライルは悪意を持ってティグラを追い出そうとしているわけではない。文字通り忠告なのだ。それだからこそ気に入らなかった。最大の侮辱だ。
「どんっだけ上から見下ろしてるつもりだ!」
その視線を受けてライルは戸惑ったように、言うべき言葉を知らず、口を半ば開いたままだ。
ティグラは震える拳を思い切り壁に叩きつけた。激情で息が荒くなり、肩が上下している。
「あんまり馬鹿にするなよ」
きびすを返して、ライルを置き去りに、その場から離れた。
半ば走るような乱暴な歩き方である。そのせいで、曲がり角で向こうから来た相手とぶつかりそうになった。
危ういところで相手が身をかわしたので衝突は免れた。
見事な体捌きを見せたのは、ミリュエール先輩だった。
「大丈夫か、少年? しっかりしたまえ。君は……」
先輩は、ティグラの表情を見て気遣わしげな顔をした。
「何かあったようだが……?」
「すみません、大丈夫です」
頭を下げて、ティグラは先輩の手を振り払うように歩き出した。
◇◇◇
ライルは肩を怒らせて去るティグラを見送って、反省のため息をついた。
「言い方が悪かったかな……」
難しいと思った。
前世、ライルが新藤海斗だったころの話だ。中学の時の友人に笹原という男がいた。よく笑う元気のいい男だった。
中学三年生のときに笹原は同級生の女子に恋をした。間の悪いことに受験シーズンが迫っており、笹原と彼女では学力に大きな差があった。むろん笹原が下である。
このままでは高校が別々になってしまうと思った笹原は、必死で勉強した。その時期、海斗たちが笹原と遊ぶことはなかった。それほど真面目な努力であった。
その努力が実を結び、笹原は彼女と同じ、地域有数の進学校に進むことができた。海斗もわがことのように喜んだ。合格発表の日には友人たちで祝賀会を行なったくらいだ。
そこまではよかった。
笹原は、いつしか高校での授業についていけなくなった。受験の時のような非常の努力を常に続けることはできず、学校を休みがちになった。
そして笹原は引きこもり、学校も退学となってしまった。
別の高校へ行っていた海斗はその話を聞いて彼の家へ行ったが、自室から出てこない笹原と会うことはできなかった。
そしてその数年後、笹原が自殺したと、海斗は聞かされることになった……。
だからライルは信じている。無理を続けないと居続けることができない場所には、いないほうがいいのだと。
そして彼の目からは、ティグラは入学以来ずっと無理をしているように見えた。無理をして最後尾について来ている。そんな状態なのだ。
本当にティグラのみを案じての提案だったのだが、逆撫でしただけに終わってしまった。
もう一度、ため息。
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