第7話 BBQの火加減は難しい。②

 「おかわりはまだあるからお皿空いたら持ってきてね。」


 会話を楽しみながらも、同時に食材も消費していく。肉や野菜もちろんだが、実はカレーもある。そこそこのボリューム感のある量であるため、どんどん消費してもらわないと、時間がきてしまう。男たちは次々と皿を空けておかわりを貰いにくる。女子たちは、少食が多いため、男子のような勢いはない。前橋先輩はこれからの動き確認や準備のためグループを一旦離れた。


 「宗介、俺に肉だけ乗っけてくれよ〜」

 「野菜も食べろよ、ほら特に人参とか、人参とか。」

 「げっ、俺が人参嫌いなの知ってて言ってんだろー。」


 男子たちは境宗介とふざけ合いながらガヤガヤと騒いでいる。そこにおかわりをもらいに女子が俺の元へやってくる。この状況だと、俺にしか頼めないしな。


 「渋川君、おかわりもらってもいい?」

 「あぁ、なんか食べたいのある?」

 「うーん、お肉は1枚でいいかなー、椎茸は焼けてる?」

 「ちょうど食べ頃なんじゃないかな。」

 「じゃあそれ一つお願いします。」


 3年間男子校で過ごしてきたわけで、その期間にもちろん女子と付き合いはなかったし、交流すらなかった。こういう背景を持つ男子は大抵女子との喋り方がわからず、しどろもどろするのが定番なのだが、我が妹である月乃つきのの計画により、日頃から特訓をされた。「どうせおにぃは大学行ったら女の子といやでも交流しなくちゃいけないんだから、毎日私と会話しないとダメね。」と、強制的にコミュニケーション訓練が実施された。

 月乃は俺と違って対人能力が高い。それに加えて優秀ときた。俺のこれぐらいの未来も予見していたのだろう。帰ったら感謝のメッセージでも送っておくか。


 「緋彩ももらいなよー。」


 おかわりをよそい終えると、その女子は高崎緋彩をこちらへと呼び寄せた。少し躊躇いを見せたが、ゆっくりと席から立ちこちらへ向かう。決して目線を合わせようとしないが、先ほどまであったキリキリした雰囲気は感じない。

 

 「・・・お願いします。」


 すっと差し出されたお皿を受け取る。高崎緋彩を呼び寄せた女子は「じゃあお先」と自分の席に戻っていった。


 「・・・何か食べたいものがあれば。」

 「じゃあ、お肉を・・・」

 「分かった。野菜は?適当に入れておいていいか?」

 「あ、いや、ピーマンだけはなしで」

 「ピーマン嫌いなのか?」

 「あんたに関係ないでしょ。」


 むすっとした表情で、調子に乗るなとばかりにギロっと視線をぶつけてくる。スムーズに会話できてると思ったんだけどなー。ミスったなー。

 火起こしは大変だった。炭に火を付けることがこんなに難しいものとは思わなかった。油断するとすぐに消えるし、火力が出るまで時間がかかる。火力が出たかと思えば強すぎて火事のようになる。この火加減調節が難関なのだ。そう思うとガスコンロという素晴らしい人類の叡智にありがたみを感じる。ボタンを押せばカチッと一定の火力で熱することができる。

 人間も似たようなものかもしれない。カッとなってすぐに火がつく人もいれば、炭のようにじっくりと熱しられて、何かがきっかけでパッと火がつく人もいる。俺は後者に近いだろう。ただ決して火はつかず、熱しられても消えるだけ。燃やすものすらないのかもしれないが。一方、高崎緋彩は前者に近い。


 「すんません。」


 軽く謝りその場を終わらせようとしたが


 「甘高あまこう出身?」


 唐突の質問に意表を突かれた。


 「そうだけど、それが何か?」

 「いや別に、なんとなく聞いてみただけ。」


 なんとなく聞くにしてはなんとなく過ぎやしないか?


 「そう言うあんたは甘女あまじょか?」


 やられたらやり返してみることに。


 「そうだけど、それが何か?」

 

 案の定な返答であった。それに対して俺も高崎緋彩と同じ答えをしようかと思ったが、口に出したのは違う言葉だった。


 「俺に何か不満でもあるのか?」


 あれ?なんで今こんなこと聞いてんだ?無意識だった。多分気にはしないようにしていたのだが、やはり昨日のことは俺の中でも衝撃的なことで、その真意を知りたいと心の中では思っていたのだろう。だから不意を撃つようにその言葉が漏れ出てしまった。

 

 「私は・・・」


 目を少し見開き、視線を下に右に左に動かす様子は動揺しているように見える。何かを言いかけ、口を一度は開くが閉口する。そして意を決したように再び言葉にする声は消えいるようだった。それでも言葉を紡ごうとしたが


 「緋彩!ちょっと来て!」


 別のグループの女子から呼ばれ、はっと正気を取り戻した高崎緋彩は、肉や野菜が盛られた皿を俺から受け取り、その場を立ち去る。

 

 「ありがと。」


 去り際に小さい声でボソッと発せられた感謝の言葉は形式的なものだろう。一体あの女は何を言おうとしたのだろうか。あの反応はやはり俺に対して何かあるからなのだろう。気にはなるが、それを今、高崎緋彩を追いかけて問い詰めようとは思わない。

 今回もまたあの香りが鼻に付いた。火で炙られる肉や野菜の匂いに混じりながら香るあの女の柔軟剤は、一体なんなのだろう。

 炎が弱くなってきたことに気づき、炭を追加する。いつか俺にも火がつく時があるのだろうか。そんなことを思い耽りながら残った野菜や肉たちを網の上に乗せていく。

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