第6話 BBQの火加減は難しい。①【改編してます】

 BBQの準備を終え、本番開始となった。俺と境宗介はそのまま焼き担当も兼任した。一口台に切られた牛肉を次々と網の上に乗せていく。女子たちが切った不揃いな人参やピーマン、ナス、かぼちゃといった定番な野菜たちも一緒に。

 こういう時、BBQ奉行とかいたらうるさいんだろうな。肉の位置はここ、あまり裏返しすぎないで、この肉には塩が一番とか。どの業界においても、奉行というものはあまり好かれないだろう。美味しければなんだっていい。ということで適当に乗せていく。

 境宗介がいるおかげで、グループ全員がそれなりに打ち解けあっているかのように見える。話の中心は彼が務めることがほとんどで、言葉を発する機会が少ない人に対しては、話題を振りコミュニケーションへ参加させる。あーだこーだ各々好きなように喋っている中、若干2名はそうもいかない。

 渋川透こと俺と高崎緋彩だ。どちらかが参加する話題には入りこまず、互いに目すら合わせもしない。境宗介もそこには配慮しているようで、俺と高崎緋彩が直接言葉を交わすような場面は作らない。

 そもそも俺に至っては、あまり会話に参加していないため、高崎緋彩が自由に話をしている。話題を振られれば返答するし、逆に自分から振ったりもしている。その活発な姿は、昨日の印象とは違う。

 昨日の高崎緋彩といえば、いきなり初対面の人間にビンタを喰らわし、怒りに燃える瞳を携え、俺の核心を突くような言葉を言い放った。それが今や元気な普通の女子だ。

 ここにいるほとんどが昨日の一件を目撃している。しかし、さすがは大学生といったところか、みんな何事もなかったかのように振る舞う。やはり特に境宗介がいるからこそ、この空気感なのだろう。

 そして更にうちのグループには前橋霞まえばしかすみ先輩もいる。気品がありながら、飲み物や食べ物がなくなりそうな学生がいれば、「何か飲む?」「お腹いっぱい?」など気遣いも見せる。それでいて結構ノリも良くて、ただ単に美人で近寄りがた存在というわけでもない。非常に親しみやすそうな性格なのだ。


 「みんなはどうして安峰やすみね大学の薬学部にしたの?」


 境宗介と俺とで焼きに専念すると、トークの中心は前橋先輩へと移った。定番の話題といえば定番だが、前橋先輩はワクワクしたような表情でみんなへ問いかける。開口一番はやっぱり境宗介。


 「僕は単純に家が近かったっていうのもありますね。東京の大学も目指してはいたんですが、県内で解決できるならそれが一番かなって感じです。」


 バスの中で聞いた内容と同じだ。


 「境君はどこ出身なの?」

 「沢田さわたです。」

 「沢田かぁ。もう一つ上の先輩で沢田の人がいるって聞いたことあるなぁ。」

 「そうなんですか?でも2個上はあんまりわからないかもですねー。」


 前橋先輩ともなれば同級生はともかく、先輩や他学部の学生とも人脈がありそうだ。本当に昨年ミス安峰に輝いたともなれば、自然と人との繋がりはできるだろうし。


 「そういえば、先輩って去年ミス安峰になったって本当ですか?」


 さすが境宗介。みんなが知りたかったことをしっかり聞いてくれる。


 「まぁね、たまたまだよ。本当は本命の人が医学部から出る予定だったんだけど、急に出るのやめたんだよね。それで繰り上がって優勝みたいな。」

 「そーだったんですか、でも前橋先輩ならその人が出ても優勝してたと思いますよ?」

 「またまたー、境君はそういうの上手だねー。」


 実際、この人よりミス安峰に相応しかった人が本当にいたのだろうか。たとえ大本命がいたとしても実力で優勝したと思うくらいだ。

 

 「話逸れちゃったけど、高崎さんはなんで安峰大学に?」


 前橋先輩に話を振られた高崎緋彩だったが、少し躊躇うかのように逡巡し、その問いに答える。


 「私は、実は医学部目指してたんですけど、失敗しちゃって。滑り止めで受けてたんですけど、まぁ薬学部でもいいかなって思って。家も近いし。」


 薬学部では医学部の受験を失敗し、仕方なく薬学部へ入学する人がたまにいる。高崎緋彩もそのうちの一人だったのか。高崎緋彩は苦笑いだったが、その裏には別の何か理由があるようにも見えた。


 「そっか、私の友達にも医学部目指してた子いてね、最初は薬学部なんて、みたいな感じだったんだけど、今では薬学部でよかったって言ってるから、高崎さんもこれからの生活を通してもしかしたらそう思えるようになるかもね。」

 「そーだといいんですけどね。」


 ははっと笑うその表情はやはりどこか、悔しさが滲んでるようなそんな気がしてならない。


 「家近いって言ってたけど、高崎さんはどこ出身なの?」

 「甘海あまみです。」

 「じゃあこの辺もよく知ってそうだね。」


 おいおいマジか。俺と地元同じだったのか。ただここでうっかり、「俺と同じじゃん」なんて口を滑らせたら、きっとすごい嫌悪感を示すに違いない。ここは騒がずスルーしようと思っていたが・・・


 「あれ、甘海って渋川君も同じだよね?」


 別の女子がそれを言葉にした途端、キリッとした視線が俺に向けられたのをすぐさま感じた。おいおい、なんで俺の個人情報漏れてるの?甘海市役所さん?


 「あ、ごめん、バスの中で後ろで境君と話してるのが聞こえちゃって・・・」


 そういうことか、確かに境宗介と地元トークで若干盛り上がっていたな。疑ってすみません甘海市役所さん。それにしても安易に情報をばらしてもらっちゃ困る。俺はふと境宗介の方を見たが、あはは、と作り笑いで愛想を振りまいてるだけだった。


 「じゃあ同郷同士ってわけだ。二人知り合いなんじゃないの?」

 「あ、いえ」「全く」

 

 同時に否定したことにより、一瞬空気が冷たくなった。よくよく考えれば、前橋先輩は昨日の件を知らない。だから純粋な疑問、興味として俺らに質問をしただけ。悪気があったわけではないだろう。


 「そうなのね、なんかごめんね。じゃあ、ついでということで次は渋川君のターンね。」


 この空気感でさすがに何かを察したのか、それ以上この話題に踏み込んではこず、切り替えも早かった。逆に謝らせてしまって申し訳ない。鋭い視線も消え去ったことを確認して、前橋先輩の興味関心全開モードにお付き合いする。


 「俺は、別にどこでもよかったんですけど、叔父に勧められて。」

 「どこでもよかったってことは、薬学部に来たかったわけじゃないんだね。」

 「そうっすね。」

 「安峰大学もそこそこ難しいと思うけど、その言い方だと行こうと思えばどこでも行けちゃうように聞こえるね。」


 ちょっと印象悪かっただろうか。実際本当にどこでもよかった。極論大学に行かなくてもよかった。ただ叔父さんにしつこく言われただけ。どうにでもなれるように勉強をそれなりにやっていたのも事実ではあって、医学部も入ろうと思えば入れた。ただそれをこの場で言うのは、適切ではないと判断した。


 「あ、いや、そんなことはないっすよ。」


 当たり障りのない返答したつもりだったが、また厳しい視線を感じた。またへんあこと言ったかなー。やだなー。怖いなー。


 「ふーん、渋川君は素直じゃないな〜。」


 前橋先輩の懐疑的な目と合ったが、この人はどんな表情でも様になる。やっぱり将来は役者がいいんじゃないか?口角をくっと上げて「じゃあ次は〜」と別の人へと話を続ける。

 俺のターンが終わったことを確認し、焼きに集中する。目を離した隙に、玉ねぎが黒焦げになってしまった。そっと端へ移動させ、新しい玉ねぎを網に乗せる。火力はまだまだ強い。


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