第5話 前橋霞は魅了する。②

 BBQか。最後にしたのはいつだろうか。全く覚えていない。したことはあるだろうが、遥か彼方の記憶、小さい頃だったから思い返せない。

 BBQと言ったら夏を連想する。男女のグループなら、作業を分担して男性は火起こしや食材を焼いたり、女性は野菜を洗ったり切ったりと何となく準備の相場というか、こう別れることが多い気がする。

 今回においても同じだ。同じグループである俺と境宗介さかいそうすけは火起こし担当、高崎緋彩たかさきひいろ含む何名かの女子は食材の準備に当たっている。そして、純白の女神、前橋霞まえばしかすみ先輩はというと、お皿やコップを準備してくれている。その所作は、一見普通なのだが、彼女がやるとどことなく上品に見える。

 俺が前橋先輩をチラ見していると流石に境宗介もその様子に気づいたのか、俺の横にそっと寄ってきた。


 「渋川君でも流石に前橋先輩みたいな美人さんがいれば目移りするんだね。」

 「流石に見るだろあれは。」

 「まぁ確かにね。視界に自然と入ってしまうからね。」


 感情はないといっても、かわいいとか、美人とかそういった感想は持ち合わせている。視界に自然と入ってくるのは俺も不思議に思う。

 自然に入れようとしなくても、前橋先輩を意図的に見る人も大勢いる。他のグループでも準備しながら、こちらに釘付け。「あのグループいいよなぁ、当たりだよなぁ。」と聞こえなくても、そんな内容の話をしていることは想像できる。

 周囲の様子を窺っていると、前橋先輩がこちらに近づいてきた。


 「火起こしありがとね。一番大変だよね?」

 

 儚げなその声色を先ほど近くで聞くと何だかゾクっとする。


 「いえいえ、男の仕事ですよ。前橋先輩こそお皿の準備ありがとうございます。」


 さすが境宗介。臆することなく質問に答え、なおかつ前橋先輩の行動に感謝の言葉を添えている。


 「いいの、なんかやることないみたいだし。私も火起こし手伝うよ?」

 「いやいや、先輩がやったら真っ白なワンピースが汚れちゃいますよ?てか先輩BBQやるって分かってるのに、その服着てくるのはちょっとミスってますよ?」

 「ははっ、確かにね。境君の言う通りだ。」


 少し戯けた様子で話す姿も可愛らしい。


 「君は、渋川君だね。火起こしありがとね。」

 「あ、いえ。」


 境宗介だけでなく俺にも分け隔てなく感謝を伝えられる前橋先輩は、容姿だけでなく性格も良いのかもしれない。その感謝に境宗介みたく気の利いた返ができなくて、申し訳はなかった。

 ふと目線を洗い場に移すと、野菜を洗って切っている高橋緋彩と目が合った。すぐに視線は逸らされたが、何か物申したいような表情を浮かべていた。


 「じゃぁ、私は女の子チームの方見てくるね。」

 

 前橋先輩は控えめに手を振って、ひらりとワンピースを棚引かせながら女子の方へと向かう。


 「思った通りの優しい先輩だったね。」

 「あぁ、完璧な人間だな。」

 「完璧か、君にはそう見えたのかい?」


 容姿は文句のつけようもなければ、俺たちを気遣い言葉をかけてくれる彼女は完璧に近いと俺は感じた。


 「境君はそうは思わないのか?」


 女子の方へと向かった前橋先輩を何か疑うかのように見つめ、フーと鼻から息を出す。


 「僕は、渋川君、君に何か近しいものを感じるよ。」

 「えっ?」


 俺と近しいもの?俺と対極にいるようなあの人が?境宗介にはそう見える?

 この数分で何を感じ取ったのだろうか。俺には分からない。でも、そう言われて、彼女を見ると少し脈が上がった。恋とかそういうのではないことは確か。


 その正体不明な違和感に気づくのはまだ少し先の話。

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