第8話 束の間の休息。

 BBQを終え、全員で後片付けをしたのち、牧場内で少しの間だけ自由行動となった。同じグループだった奴らは、別のグループと合流し散り散りになった。

 俺にはもちろんそんな仲の奴はいないので、一人で散歩でもしようと考えていた。幸いなことに、ここの牧場はそれなりに広いし、動物たちもたくさんいるから、時間は潰しやすい。

 それにもともと一人の時間が好きな俺にとっては、ちょうどよかった。やはり団体行動は苦手だ。ある目的に対して、手分けして作業を行い、チーム一丸で進んで目指していくというのが俺にとっては難しい。そういうのには中心となるリーダー的存在が必須だが、このリーダーにハズレると、結構しんどい。スムーズに進行できなくなり、他のチームより遅れて、それが悪目立ちすることもある。

 今回のBBQだってそうだった。他のグループで誰も率先してやろうとしないところがあって、結局そのグループにいた教員が指示をして準備を進めていた。そういうので視線を集めるのはあまりいい気はしないだろう。でも、うちのグループに至っては境宗介というコミュニケーションお化けが中心で回してくれていたから、円滑にBBQを進められたし、俺も境宗介の指示に従うだけで済んだ。

 そうあれこれ振り返っていると、コミュニケーションお化けこと境宗介が近寄ってきた。


 「渋川君、これから別のグループの人たちと合流して遊ぶけど、君もどうかな?」


 別のグループとはおそらく昨日固まっていたグループのことだろう。あのウェイウェイした空間に俺がいることは想像できない。それに境宗介が良くても、他の人は俺を許容しないこともあり得る。

 境宗介は誰に対しても平等に接する。それはこんな偏屈な俺にも同様に。何か裏があるのではないかと疑いたくもなるが、それも失礼なことだろう。

 いずれにせよ彼の提案に乗ることは避けるのがベター。


 「俺は一人で散歩でもしてるよ。」

 「そうか、まぁ、君ならそう言うと思ったよ。」

 「すまんな。」


 分かっていながら声をかける。彼なりの礼儀だろうか。バスの座席も隣で、BBQも同じグループでそれなりに会話をしてきたのだから、誘っておかないわけにはいかない、とか。それとも、ここで何も声をかけなければ非情なやつと思われるかもしれない、という俺からの体裁を気にしてのことなのか。


 「じゃあ、また後で。」


 境宗介はそう言うと、小走りでグループの元へ向かった。

 さて、本格的に一人になった俺は適当に牧場内を散歩することにした。今日は天気が良くて空気も澄んでいる。標高は平地より高いため空気は冷たいが、寒過ぎず気持ちの良い温度感だ。登ってくる時に桜並木があったが、まだこっちは蕾の状態。来週には見頃を迎えそうな様子だった。葉も青々としている、とまではいかず、春の訪れが出遅れている感はあるが、雲一つない快晴が清々しい。

 動物たちも日向ぼっこに勤しんでいる。彼らの仕事はこうやって人間に動物らしさをパフォーマンスしたり、餌やりという触れ合いから金を巻き取ることだ。キャバクラに行くようなもんだろう。いや行ったことはないんだが、キャバクラよりいいかもしれない。だってワンコインでお触りできるんだぞ?し放題だぞ?癒しも得られる。最高の娯楽ではないか。でも世の中の男性は高い金を払って動物よりも女性の人間を選ぶ。動物では得られない快楽を目指して、、、


 「あれ、渋川君一人?」


 そう、一人でいるからこんなどうでもいいことを思いついて考えてしまう。悪い癖だとは思うが、無意識にそういう思考に陥るから俺が一番困るのだ。

 と、自分の世界に入っていた俺を呼び起こしたのは前橋先輩だった。やはりこの人は花がある。凛とした佇まいに、純白のワンピースと髪を撫でる優しい風が、その美しさを際立たせる。はらりと垂れた髪を耳にかけ、ん?と首を少し傾げる。その様子に一瞬見惚れ、言葉の出し方を忘れる。


 「あ、え、っとそうっすね。一人で散歩してます。」

 「てっきり境君とかと一緒かと思った。」

 「誘われたんですけど、断ったんですよ。」


 境宗介が俺をボッチにしたと思われないように、俺が自分の意思でボッチを選んだということを強調した。


 「一人が好きなんだね。」


 クスッと笑うその表情は俺を馬鹿にしてるとかそういうのではなく、肯定してくれているように見えた。


 「そういう先輩も一人で何してるんですか?」

 「私はこれからもう宿に向かう予定なんだけど、ちょっと時間があったからこのウサギちゃんたちを見に来たの。」


 宿は確かこの牧場の道を登った先にある温泉宿だ。旅館ではなく、ホテルだったはず。何やらそこでもレクリエーションがあるみたいで、その準備に忙しそうではあった。


 「ウサギ好きなんですか?」

 「うん、だって可愛いでしょ。特にこの餌を食べる時のもごもご口を動かしてる姿なんて。」


 前橋先輩はしゃがみ込み、嬉しそうにウサギの食事中の様子を眺めている。これは何かのご褒美タイムであろうか。カワイイのコラボレーション。カワイイ×カワイイの答えはなんだろう。誰か教えてくれないかな。


 「そうっすね、かわいいっすね。」


 どっちとも取れるような我ながら気持ち悪い回答をしたが、前橋先輩はそんなのに気づくわけもなく「そだよね〜」と呟くだけだった。

 ウサギとの別れを惜しみながら、ワンピースの裾を少し気にしてゆっくりと立ち上がる。


 「じゃあそろそろ行くね。夜のレクリエーションも楽しみにしてて。」


 優しく微笑みながら、立ち去る前橋先輩は何かドラマのワンシーンかのようだった。真っ青な空のもとに純白なワンピースは雲よりも空とマッチングしている。束の間の休息は思ったよりも充実した。

 残された俺は、先ほどまで前橋先輩が愛でていたウサギと少し戯れてからその場を後にした。

 

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