第3話 境宗介は窺い知れない。

 オリエンテーションの翌日、今日から明日にかけてフレッシュマンキャンプだ。チャーターバスが出るため、10時には大学に集合する必要がある。

 俺みたいな人間は、こういうのをめんどくさがり、サボると思うだろうが、しっかり参加する。これが自由参加であるならもちろん参加はしないのだが、義務付けられるイベント事は参加する。

 

 大学へ着くと、大型バスが2台、学籍番号が50番までの学生は1号車、それ以降は2号車と割り振られている。引率の教員がバスの前で名前と学籍番号を確認している。俺は前半組のため、1号車へと向かう。


 「おはようございます。名前と学籍番号教えてください。」

 「おはようございます。32番の渋川です。」


 優しいトーンの教員だ。確か昨日の教員紹介でもいたが、名前までは思い出せない。

 

 「渋川さんですね。では乗車してください。席は学籍番号順になってます。」


 おっと。学籍番号順とな。そうすると、もしかすると、俺はあの高崎緋彩と隣になる可能性があるんじゃないか?

 昨日のことはまだ鮮明に覚えているため、若干の気まずさを覚えたが、それは杞憂に終わった。


 「おはよう。渋川君だよね?」


 どうやら俺の隣はあの女ではないようだ。ただ後ろであることに変わりはないが、まだ来ていないようだ。


 「あぁ、ええっと確か…」

 「境宗介さかいそうすけだよ、学籍番号で言えば君の前の。」


 そうだ、名簿で見た「境宗介」。そしてあの騒がしかった10人グループの中心的な人物だ。


 「境さんか、名前覚えられてなくて申し訳ない」

 「ん?」


 丸い目をしたのち一呼吸おいて境宗介は笑い出した。


 「ははっ、境さんって。僕ら同級生だよ?さん付けはやめてくれよ。」

 「いや、でも大学生って浪人してる人もいるかもしれないから、年上かもしれないじゃないですか?だから安易にタメ口はやめた方がいいかなって。」

 「いやいや、ちゃんとストレートでここに入ってきたから、少なくとも僕は今年で19になる年さ。逆に君の方が上かもしれないけど、どうでしょうか?」


 茶目っ気まじりに敬語を使った彼は、なるほど人の緊張感をほぐす能力に長けているのかもしれない。


 「いや、俺もストレートだ。てことはタメ口でいいってことか。」

 「そういうことみたいだね。」


 くすっと笑うその表情に一目惚れする女性もきっといるだろう。

 境宗介は、誰から見ても好青年の部類に入る。高身長でスタイルもいい。目もぱっちり二重で、わずかにウェーブがかかった髪の毛もしっかり整えられて好印象。まさに勝ち組といったところか。


 「いつまで立ってるのさ、後ろがつっかえるから早く座りなよ。」

 「じゃあ失礼しまーす。」


 こういった細かな気遣いもできるのか。抜け目がないな。


 「渋川君、昨日は災難だったね。」


 座って一息つく前にその話題に触れるのは、これも境宗介のテクニックなのか?


 「あー、いやー、本当に。」

 「あの一瞬で君は注目の的になったね。もちろんあの高崎さんも。」

 「注目の的って、もっと良い意味で使われるんじゃないか?」

 「確かにそうかも。」


 きっと悪気があって俺にその話題を振ったのではないのだろう。その後はその話題を深掘りするでもなく、出身地や高校の話など、たわいもない話が続いた。


 「へぇ、甘海あまみ市出身なのか、てことは高校も甘高あまこう?」

 「あぁ。」


 甘海高校は、甘海市の公立高校で男子校でもある。地元の人はみんな甘高と呼称する。


 「僕、沢高さわこうだよ。もしかして、君とは定期戦で会っていたかもしれないね。」


 沢高は沢田さわた高校の略称で、沢田市にある男子校だ。

 甘高と沢高は昔から交流があり、その証として2年に1回定期戦と呼ばれる交流戦がある。スポーツ大会みたいなもので、互いの誇りをかけて競い合うのだ。


 「そうかもな、ちょうど3年の時はうちが勝って21世紀初の快挙で大盛り上がりだったな。」

 「そうだった。あれは悔しかったよ。僕らの代で負け星をつけてしまったからね。」


 21世紀に入った以降、甘高は沢高に負け続きだった。それに終止符を打ったのだから、喜びも大きかったのだろう。


 そんなこんなで雑談を続けていると、あの女が姿を現した。

 白パーカーの上に、デニムジャケットを羽織り、黒パンツで締めるというシンプルコーデ。少し厚着に思えるが、目的地が北部なため、防寒としてはちょうど良いかもしれない。

 俺の姿を捉えると、やはり表情が曇る。それでも何事もないように俺の横を通り過ぎ、後ろの席へと座る。今日もあの柔軟剤の香りが漂う。


 「おはよう高崎さん。」


 境宗介は、高崎緋彩が座るやいなや後ろへ振り向き言葉を交わす。やはり彼のコミュニケーション能力というか、昨日のことがあって、その当事者が近くにいても、こういって振る舞いをする度胸に感服する。


 「おはよう。」


 どんな表情だったから想像つかなかったが、一言挨拶を交わしただけで、境宗介は席へ居直る。その後、また何事もなかったかのように俺に雑談を振る彼に、少し恐ろしさすら覚える。

 境宗介は、何を思って、何を企んでこの場にいるのだろう。

 きっとどうやっても彼の心は窺い知れない。

 

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