フレッシュマンキャンプ
第1話 大学生に青春は遅すぎる。
欠点としては、立地が原因による駅からのアクセスがあまり良くない点だ。駅と大学でバスは通ってはいるが、徒歩圏内とは言い難い。
ただ、俺の場合はアパートを借りて一人暮らしをしているため関係はあまりない。安峰大学に通う学生は、大学のバスか自転車か自家用車を主に利用する。
群馬は車がないと生存することができないことで全国的に有名だが、大学生においてもそれは同様である。私立大学であることもあって、それなりに裕福な家庭出身者も多いことから、いきなり車通学の学生もいる。
安峰大学は麦畑の中にある。ポツンとそびえ立つその建物群は、さながら要塞のようである。新しい学部の設立により、その領地を拡大させつつある。
そんな要塞チックな大学の薬学部に入学することになった俺は、今日その初日としてオリエンテーションに参加した。
雲一つない真っ青な空のもと、桜並木が立ち並ぶ。4月の群馬はまだまだ寒い。春を代表する桜の木たちも身を寄せ合って、寒さを凌いでいるように見える。でも、彼らはこのめでたき日に合わせて、満開の桜を咲かせ、新入生を祝福の嵐で包み込む。
普通の人ならどんな出会いがあるか、これからの学生生活に胸躍らせる人もいれば、友達ができるか、初めての一人暮らしができるか不安を抱えながら参加しているのだろう。
しかし俺はそうではない。そういった感情は不要で、むしろ邪魔だ。どうせ最初に作った仲良しグループも何かがきっかけで崩壊するに決まっている。
人間とはそういう生き物だ。関係を壊して修復して再編する、スクラップアンドビルドの精神の元に生きている。
そんな繰り返しに嫌気が差さないのだろうか。きっと差さないから、こうして同じ過ちを繰り返そうとしてるのだろう。歴史を教訓に、とよく言われるが、ほとんどの人間は歴史から何も学んじゃいないんだ。歴史は繰り返す、こっちの方がしっくりくる。
青春を経験してこなかったが、青春を観察してきたからこそ俺にはわかってしまう。
青春といえば、多感な時期である中学高校を思い浮かべるだろう。少年少女たちがさまざまな経験から思考し、実感し、反省と後悔を繰り返して成長していく。その中に喜びや楽しさを見出して、今しかないこの時を謳歌する。それが青春。
大学はその期間を経てきた人たちが集う場所であり、つまり青春を終えた集団、社会という現実に向かって歩みを進める準備をする場所なのだ。
だから、俺はもう青春を経験することは2度とない。したいとも思ってないが、もし仮に大学でも青春を期待する人がいるなら、俺ははっきり言おう。
大学生に青春は遅すぎる。
薬学部棟はちょうど安峰大学の中央付近にあり、全部で4階構造となっている。長方形で趣向も意向もないようなシンプルな建物。
薬学部のオリエンテーションはその1階の一番広い講義室で行われる。講義室に入ると、すでにそれなりの人が集まっていた。確か今年は100人入学したはず。そのうちの6割ほどは既にいるように見える。
席は自由ということで、資料が置いてある一番後ろの真ん中に陣取った。両端も空いていたのだが、両端は何かと面倒なこともある。大学は知らないが、授業中に指名されやすい傾向があるため、あえてそこは避けた。景色がいい窓際が本当は良かったが、背に腹は変えられない。
席に座り、手元の資料を適当に漁ると名簿が出てきた。学籍番号は名前順に割り振られている。おそらく試験とか大事な時は、学績番号順に並ぶのだろう。
俺の次、席的には後ろになる人の名前は「高崎緋彩」とあった。ひさい?ひいろ?おそらく後者なのだが、珍しい名前だな。俺の前は「
資料にざっと目を通したところで、周りを見渡すと、すでにいくつかグループもできているようだった。3、4人のグループが多いが、一つ10人規模のグループがある。
男女大体同じくらい。笑顔も絶えない、やかましいそのグループは、いわゆる陽キャで構成されている。耳を傾けると、どうやらSNSを通じて出会っていたらしい。
今時SNSで事前に交流をすることは容易なことか。むしろSNSを活用しない俺の方が珍しい部類に入るのかもしれない。早速この後遊びに出かけるようだ。楽しそうで何よりだ。
ポツポツと一人で過ごしている人もいる。スマホをいじって時間を潰していたり。読書をしていたり、それぞれが一人の時間を謳歌している。読んでいるのはアガサ・クリスティーか、俺も読書は好きだから、どちらかといえばこういう一人でいる人間の方が好きだ。親近感を覚える。だからと言って交流はしないのだが。
さらっと観察していると、あるグループのある女子に目が留まった。
赤毛のミディアムロング、毛先は少し遊ばせているようだ。すらっとした容姿で茶色のニットとデニムを合わせるシンプルなスタイル。私立薬学部というとそれなりにお金に余裕がある学生が多いので、彼女以上に煌びやかな女子も確かにいるのだが、なぜか彼女に目が留まった。赤毛だからというのもあるかもしれないが、その子の目だろうか、どこか眼光の鋭さを感じさせ、執着しているような。
不思議だ、今までこんなことはあまりなかったが、つい魅入ってしまっている。
すると、流石にあっちも俺の視線に気づいたのか、俺と目を合わせてきた。その眼光たるや、まるで獲物を捕らえたかのよう。俺はさっと目を逸らし、窓の外に広がる青空を眺めるのだが、その視界に彼女が入ってきた。
フワッと香るのは柔軟剤の匂い。決して嫌な香水の匂いではないところは良しとしよう。じっと見ていたのだから、何か文句を言われても仕方ない。言われたら謝ればいいだけの話。それで終わり。
俺は「なんか文句ある?」この一言を待ち構えて、あえて視線を彼女に合わせようとしなかった。今か今かとその時を待っていたその時
パチンッ
理解するのに時間がかかった。まずさっきまで、彼女のニットが視界にあったはずだが、今は後ろの白い壁、そしてジンジンと伝わる右頬からの痛覚信号とキーンと鳴る耳鳴り。
俺は平手打ちされたのだ。突然。この女に。
俺も理解できないが、周りの連中も何が起きたのかわからない様子だった。
ようやく視線を彼女の目に向けたのだが、その瞳は烈火の如く燃え盛り、表情は苛烈だった。そして女は俺に言い放った。
「あなたの眼、その全て見透かすような透明な眼、気持ち悪いから私に向けないで。」
これが俺の大学生活の始まり。最悪の始まり。
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