16. 再会

 温泉で気持ち良く汗を流して――その後も色々あったけど――、気分一新。

 あたしはパン様とマホちゃん捜索に戻った。


 すっぽんぽんの件については、途中で偶然マンルーターに遭遇し、持っていた衣服を奪うことで解決できた。

 とはいえ、都合よく武道着なんて見つからなかったので、あたしはボロっちぃポンチョと腰巻きを選んで、ひとまず見た目を取り繕うことにした。


「あははっ。お前、どこぞのサバンナの野生児みたいよ」

「うるさいなっ」


 ……あれからなぜかラミアのメミィも一緒についてきている。


 メミィは笑っているけど、あたしに言わせれば彼女だって酷い格好。

 フードマントを一枚羽織っただけで、それ以外に衣服は一切身に着けていない。

 そりゃ腰から下は尻尾のラミアなんだから人間と感覚は違うんだろうけど、胸元がわずかに隠れるだけでかなり際どい格好をしている。

 街中だったら、完全に露出狂扱いでしょ。


「それよりも、あの猿にトドメを刺しておかなくてよかったの? マンイーターは仲間を呼ぶのでしょう」

「大丈夫。あれはマンルーター・・・・って奴だから」

「マンルーター?」

「マンイーターの中でもとりわけ臆病な奴のこと。そういう奴は群れから追い出されて、はぐれ化して生きていく習性があるの。冒険者の死体から衣服や食料を奪っていくから、イーターじゃなくてルーターって呼ばれるようになったんだって」

「つまり種族の落ちこぼれというわけね」

「そんなことより、いつまであたし達についてくるわけ?」

「あら。せっかくあの忌々しい魔導士ウィザードの小娘の行き先を教えてあげたのに、ずいぶんと邪険にするのね」

「だってモンスターだし……」


 あたし達は55階層の十字路まで戻り、マホちゃんが逃げていったという方角の通路を進んでいた。


 迷宮図書館は数あるダンジョンの中でも広大。

 下層に繋がる階段も一つや二つじゃない。

 マホちゃんを捜索するなら、正確に彼女が通った道をたどっていかないと見つけることなんてできやしない。


「ところで、我が愛しきパンの君! そのような小汚い娘の頭の上ではさぞご不便でございましょう。わらわの元へとお移りになりませんか?」

『気遣い無用。この頭の形も悪くない』

「左様でございますか……」


 ギロリとメミィに睨まれた。

 パン様に直接断られたんだから、あたしを睨んでも仕方ないのに。


「ねぇ、メミィ。なんであたし達についてくるの?」

「またそんな雑な略し方! ……それは当然、パンの君にお仕えするために決まっているでしょう」

「パンのきみ? パン様のこと? お仕えするって……なんでそうなるの」

「これを見なさいっ‼」


 メミィは顔をあたしに近づけてきた。


「?」

「……わからない?」

「何が?」

「肌が一段と美しくなったのよ‼」

「えぇ……」


 メミィは肌の艶が増したことをとっても喜んでいた。

 あたしから見れば何が変わったのかさっぱりだけど、本人的には良くなったみたい。


「今まで大陸各地を旅してきて、美容効果があると言われるありとあらゆる手段を試してきたわ。でも、これほどわらわの美が増したのはパンの君が初めてなの‼」

「あっそう。というか、メミィってダンジョンで生まれたモンスターじゃなかったんだ」

わらわが口にしたパンの君の一欠けらは素晴らしく美味だった。その深淵なる味力が、わらわのさらなる美を引き出してくれたに違いないわ。その確信があるのよ‼」

「ふ~ん。そうなんだーすっごー」


 嘘……。

 食べることで才能を引き出すパン様のありがたい能力がバレてるじゃん。

 まさかパン様を丸ごと食べるつもりで付きまとっているんじゃ……⁉


『ミメメミィニよ。すでに言った通り、余を食せるのは選ばれし者のみ。其の方が我こそはと思うのならば、余にその矜持を示せ』

「もちろんでございますわ、パンの君っ♪」


 えー⁉

 パン様があたしに言ったのと同じ言葉をメミィにまで……‼


「ちょ、パン様! あたしの立場がないんですけど‼」

『グゥよ、最初に言ったはずだ。余を食すことを望むならば、品位、礼節、義勇を兼ね備えた者となれ、と。それが果たせぬのなら、余が貴様と共に歩む理由はない』

「そ、そんなぁっ‼」


 あたしってば、すっかりパン様と相棒バディだと思っていたのに、まさかぽっと出のメミィにその立場を脅かされるなんて。

 こりゃあたしも気を引き締めなきゃならないかも。





 ◇





 マホちゃんの手がかりは、火炎系魔法で倒されたモンスターの死骸。

 そして、ほんのわずかに残る彼女の臭い。

 そのどちらも確認できるようになってきて、少しずつだけど確実にあの子との距離は縮められている。

 ここまでルシアさんやギルティナの臭いが感じられないから、あの二人より先にマホちゃんと会うことができそうで良かった。


 下層へ続く階段を見つけること数回――あたし達はいよいよ60階層に到達した。


 行く手を阻むモンスターは一層強くなってきて、あたし一人だとだいぶてこずっただろうなという印象。

 なんだかんだ、メミィが一緒についてきてくれて助かっている。


 でも――


「ああん、もうっ! 髪の毛に埃がついてしまったわ‼」


 ――一度は勝ったとはいえ、メミィの実力は目を見張るものだった。


 彼女は髪の毛針やジンジャーロッドを使って、襲ってくるモンスターの群れを立ちどころに倒してしまう。

 あたしが無理をするようなシチュはほとんどなくて、せっかく習得した闘気の技も見せる場がない。

 ……おかげでお腹が空くことはないけどさ。


「うふふ。我が美貌だけでなく、全身にエネルギッシュな力が溢れているわ! これがあなた様を口にしたことで得られる恩寵なのですね、パンの君‼」

『ふむ。そなたもなかなかの才を秘めていたようだな、ミメメミィニよ』

「ああっ。我が君、ありがたきお言葉‼」


 ……完全にあたしの立場がない。


「グゥ。首が疲れてきたのなら、遠慮なくわらわにパンの君をお譲りなさい。わらわなら頭の上とは言わず、豊満な胸の谷間でも、弾力のあるお尻でも、選り取りだもの」

「絶対渡さないからっ」


 これみよがしにお尻やおっぱいを強調してくるなぁ。

 パン様には性別なんてないんだから、男にするようなアピールしたところで無駄なのに。


「パンの君の定位置は、そのうちわらわの体のいずれかに移していただくわ。そうなればお前もお役御免。独りで腐れ魔導士ウィザードの餓鬼を捜しに行くといいわ!」

「見た目がいくら綺麗でも、口から出てくる言葉が汚くちゃ世話ないよねー」

「なんですって‼」


 もう何度目かのメミィとの口喧嘩の際、あたしは今までで一番強いマホちゃんの臭いを嗅ぎ取った。


「マホちゃんがいる‼」

『近いのか?』

「近い! すぐそこっ‼」


 言うが早いか、あたしは床を蹴って走りだした。

 後ろからメミィの声が聞こえてくるけど気にしない。


「マホちゃんっ‼」


 友人の名前を叫んでも、ダンジョン内にはあたしの声が空しく響くばかり。

 でも、間違いなくあの子との距離は縮んでいるんだ。

 あたしの大切な友達――リーダーやフィー姉みたいなことには絶対にさせない‼


 それから何百メートルもの悪路を走って、本棚が爆発する光景を目にした。


『あれは炎の魔法だな』

「マホちゃんの得意ですっ‼」


 爆発の起きた本棚に向かった直後、十字路に巻き起こる白煙の中から黒い影が飛び出してきた。

 尖がり帽子に、魔導士ウィザードの黒衣――マホちゃんだ‼


「だ、誰か助けてぇ~~~~っ‼」


 悲鳴にも似たその声、間違いなくあたしの知っているマホちゃん。

 生きていてくれた‼


「マホちゃ――」


 すぐさま叫び返そうとした時、あたしの声よりも遥かに大きな怒号が響いた。

 その声の主は白煙から身を乗り出してきて、マホちゃんを見下ろしている。


「あぁ、あれってまさか⁉」

『なんと巨大な……』


 天井にまで届くほど背の高い本棚――それと同じくらいの全長を持つ怪物が、床を踏み砕きながら姿を現した。


「フンババ‼」

『フンババ?』

「すっごく大きなオーガです! 迷宮図書館の40階層以降をたまに徘徊してて、あたしも〈アライバル〉時代にリーダー達と戦ったことがあるんだけど……」

『倒せずじまいだったと』

「はい。すっごく強い奴なんです‼」


 そんな奴が今、マホちゃんを踏み潰そうと彼女を追いかけている。


「た、助けてぇーーーっ」


 マホちゃんの武装はボロボロだった。

 見た目に気を使う彼女があんなになるなんて、何日もダンジョン内を逃げ回っていた証拠だ。

 上層に戻ればルシアさん達と鉢合わせするかもしれないから、たった独りで下層へ下り続けていたに違いない。


 あたしが助けないと!

 でも、一度も勝てたことのない超ド級のモンスターを相手に、あたしは足を止めてしまっていた。


 ……怖い。

 リーダー達とみんなで戦っても倒せなかった相手に、あたしだけで勝てるの?

 もしも負ければ、マホちゃんだって助けられない……!


『グゥよ。何を臆することがある』

「え?」

『友の危機に、貴様の足は棒のように動かぬのか? それでいいのか⁉』

「いいわけ……ないっ」

『ならば答えは一つ! 立ち向かえ‼ その先に答えがある‼』


 パン様の言葉があたしの背中を押してくれた。

 止まった足がひとりでに動きだして、まっすぐとマホちゃんの方へ――フンババの元へと向かっていた。


「誰っ⁉」

「マホちゃん、伏せて‼」

「あ、あんた……グゥ⁉ なんでここに⁉」


 マホちゃんがあたしの存在に気が付いた――瞬間、彼女は躓いて床に倒れ込んだ。

 フンババはすでに、あと一歩前に踏み込めば彼女を踏み潰せる距離にいる。


「さ、せ、る、かぁぁぁぁっ‼」


 あたしはんだ。

 見上げるほどの巨躯を持つフンババへと見る見る近づいていく。


 奴もあたしに気が付いて、両手を伸ばしてくる。

 鷲掴みにでもするのか、はたき落とすのか――何だろうと、今のあたしに恐怖なんてない!


「っしゃああああぁぁぁぁっ‼」


 全身にみなぎる闘気を右足へと集中。

 まるで熱湯に突っ込んでいるかのような熱さを感じつつ、あたしの体はフンババの頭上へと躍り出た。


「ブガアアアアァァァッッ」


 フンババの威嚇なんて気にならない。

 あたしはただ、全力で自分の足を振り抜くのみ――


「流星蹴破・ハンマーシュート‼」


 ――憎き敵の頭へと。


「ブグッ」


 ズッドォン、と聞いたこともないような轟音が響いた瞬間。

 あたしが足を振り抜くのと同時に、フンババの巨体が急激に縮んでいく――いや。奴の体が床へと沈んでいっているんだ。


『見事だ、グゥよ。鮮やかな一撃であった!』

「や……やったぁ‼」


 フンババは通路に大きな穴を作って、階下へと突き抜けていった。

 その衝撃波は空中にいたあたしを煽り、さらに床の亀裂を広げて周囲の本棚にまで拡がっていく。


 フロア中から聞こえてくる破壊音。

 こんなに気持ちのいいキックは生まれて初めてだった。

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