17. 対峙
60階層の床に開いた穴は半径50
すっごい砂煙が噴き上がるのを見て、まるで山間の土砂崩れを眺めているみたいな気分になる。
あたしはマホちゃんを肩に担いで、その破壊に巻き込まれないくらい離れた場所まで逃げていた。
メミィの姿は見ていないけど、彼女のことだから大丈夫だと思う。
煙が晴れた頃、陥没した穴を覗いてみるとすぐ下の61階層にも大穴が開いていた。
その穴から下にも穴、さらにその下にも穴――四階層ぶち抜いて、64階層に首から上の無いフンババの死骸が転がっていた。
「ひゃあ~。危ないとこだったねぇ、底が抜けちゃったよ」
「も、もう下ろしてよっ」
マホちゃんがジタバタし始めたので、下ろしてあげた。
床に足をついて早々、彼女はふらりとよろめいて尻もちをついてしまう。
「大丈夫、マホちゃん?」
「だ、大丈夫……」
とてもそうは見えない。
だってマホちゃん、顔が真っ青だもの。
ここはあたしがしっかり安心させてあげないと。
「安心していいんだよ。マホちゃんのことはあたしが守るから!」
言いながらハグしようとしたら、彼女は猫のように飛び退いてしまった。
……ちょっと傷つく。
「あ、あんた、本当にあのグゥなの⁉」
「そうだよ。ちょっと変な服装だけど、あたしだよ」
「グゥにこんな力が……? フンババを一撃で倒した上に、ダンジョンの床に穴を開けるほどのパワーがあるなんて信じられない……っ」
「まぁあれから色々あって。あたしもちょっとはパワーアップしたかなーって」
「ちょっとどころじゃないわよ! ディグの技や私の魔法だってフンババには通用しなかったのに、なんで足蹴り一発がこんな威力なのよ⁉」
「それは……火事場の馬鹿力的な?」
「馬鹿にしないでよ! 人間に出せる力じゃなかったわ‼」
「そんなこと言われても――」
……ぐぅ。
うわ。
かっこわる……お腹が鳴っちゃった。
「だから馬鹿にしないでっ‼」
「してないってば。少し落ち着こうよ、マホちゃん」
「近寄らないで‼ あんた、シェイプシフターが化けた偽物じゃないの⁉」
寄り添おうとすると、マホちゃんが杖を突き付けてきた。
シェイプシフターっていうのは、人間の姿に化けて襲ってくるモンスターのこと。
ダンジョンに広く生息している奴だけど、この迷宮図書館ではまだお目に掛かったことがない。
なのに、あたしをシェイプシフター扱いするなんて……マホちゃんてば、よっぽどテンパっているんだな。
「マホちゃん、冷静になって。あたしが偽物ならフンババなんかと戦わないでしょ」
「……っ」
マホちゃんのあたしを見る目、明らかに怯えている。
友達にそんな目で見られるのって傷つくからやめてよ~。
『グゥの言う通り少しは気を静めろ、マホとやら』
「……? 何、今の」
『グゥは貴様を助けるためにわざわざダンジョンを下りてきたのだぞ。感謝の言葉の一つも言えぬ上に、モンスター扱いなどと……友として恥ずかしくないのか⁉』
「え……え? 今喋ったのって……えっ?」
マホちゃんがパン様を見て困惑している。
そりゃあ……驚くよね。
「この方はパン様。一言で説明すると、あたしの命の恩人だよ」
「命の恩人? パンが……?」
『事情あってグゥと行動を共にすることとなった。貴様とグゥとの関係は聞いているが、今のグゥは余の忠実なる僕。友とはいえ節度をもって接するがよい』
「は、はぁ……」
マホちゃんがそ~っと伸ばした杖先でパン様をつつく。
すると――
『何をするか、無礼者っ‼』
――パン様が怒鳴りながら頭の上で跳ね始めた。
「どこからどう見てもパン……。こんな物がどうして動いたり喋ったりするの? 新種の魔法生物⁉ 見た目だけじゃなくて本当に食べられるの⁉」
「とりあえず落ち着こっか、マホちゃん」
今度は別の意味でマホちゃんが興奮してしまった。
彼女は魔法の研究が趣味で、特に魔法生物については熱心に研究している。
こうなると落ち着かせるのが大変なんだよなぁ。
なんだか〈アライバル〉時代のことを思い出して、嬉しくなってきちゃった。
「ぐすんっ」
「な、なんで泣いてるのよ……?」
「だって……マホちゃんだけでも無事でよかったと思って」
「……その言い方。ディグやフィーリウスのことはもう聞いてるのね」
「リーダーが死んだことがわかって、〈アライバル〉の捜索隊がダンジョンに送られたの。あたしもその隊に加わって、フィー姉の遺体を見つけて……。今頃は教会に送られてると思う」
「そう。ダンジョン内で野晒しにされなくてよかったわ」
「マホちゃん、あたしもう知ってるんだ。ルシアさんとギルティナが裏切って、リーダーとフィー姉を殺したこと。何があったのか教えてくれる?」
「あんたにあの化け物が――ギルティナが倒せるって言うの?」
「今のあたしなら絶対に負けない。マホちゃんのことも守ってみせる」
「……どうして?」
「え?」
「どうして私のことをそんなに大事にしてくれるわけ?」
「だって……友達だもん!」
「友達――」
その時になって、ずっと強張っていたマホちゃんの顔が緩んだ。
「――そっか。友達、か……」
「そ! 友達‼」
「……今まで意地悪してごめんね、グゥ。あんたのこと誤解してた」
「え? そう? えへへ」
意地悪ってなんだろ?
マホちゃんはずっとあたしと仲良くしてくれていたと思うんだけど……ま、いっか。
「あいつらと会ったの?」
「うん。ルシアさんがリーダーの剣を持ってるのも見たよ。あたし、どうしてもあの剣を取り返してリーダーに返してあげたい」
「……そう」
マホちゃんはマントの下から何かを取り出した。
小さな鏡のような丸い物体――あたしはそれに見覚えがあった。
「それ、たしかリーダーがたまに覗いてたやつだよね?」
「うん。私にも詳しいことはわからないけど、ディグが神聖武装の剣と同じくらい大事にしていたものよ。たぶん何かの魔道具だと思うんだけど」
「それがどうかしたの?」
「ルシアは剣のにもこれを手に入れようとしていたの。私は瀕死のディグからこれを託されて、とにかく逃げるように言われたわ」
「ルシアさんが狙ってるってことは、もしかして」
「そうよ。あいつらはこれを手に入れるために私を追っているの。見つかれば殺される上に、ディグから託されたこの魔道具も奪われてしまう。あんな裏切り者達に勇者の形見を渡すわけにはいかない」
「うん! あたしもそう思う‼」
「グゥ。私はルシアから神聖武装の剣も取り返したい。協力してくれる?」
「するする! あたしもマホちゃんに同じこと言おうと思ってたんだっ」
「なんだ、そうなの。それじゃ仲直りだね?」
「だね!」
「一緒にあいつらからディグの形見を取り返そう。それが殺されたディグとフィーリウスへの手向けにもなるから」
「うん‼」
マホちゃんが左手を差し出してきたので、あたしは考える間もなくその手を握り返した。
仲直りの握手――やっぱりマホちゃんはあたしのことを友達だと思っていてくれた。
また彼女と一緒に戦えるなんて感激!
もしもルシアさんとギルティナをやっつけてリーダーの形見を取り返せたなら、また二人で冒険できるかもしれない。
……そうなったら、すっごく嬉しい。
もう独りぼっちは嫌だもの。
『友情か……。余には少々こそばゆい』
「……で、さっきから気になってるんだけど、そのパンの説明はしてくれるの?」
「えぇとね、パン様は――」
あたしはパン様のことを説明してあげた。
彼との出会い、あたしのパワーアップ、今までの探検のことまで。
マホちゃんは興味深そうに話を聞いてくれた。
『マホよ。貴様も余を食したいと願うか?』
「願いませんよ。こんな得体の知れない――じゃなくて、パンさんはちょっと私の想像の斜め上を行った存在みたいなので」
『理解の外に興味は湧かぬか?』
「まさか。とっても興味深い逸材ですよ、あなたは。落ち着いたら色々と調べさせてもらいたいくらい」
『ふむ。ならば余に認められるために精進することだな』
その時、穴の方から落石が起こる音が聞こえた。
振り向いてみると、穴から誰かが這い出てくるのが見える。
あれは……。
「はぁっ、はぁっ。よ、ようやく這い上がってこれたわ……っ」
「メミィ⁉」
現れたのはメミィだった。
しかも、彼女は全身埃塗れになっている。
もしかして陥没に巻き込まれて階下に落ちかけていたの?
「グゥ! お前、
「そんなわけないでしょ! というか、巻き込まれていたの気付かなかったよ!」
「ダンジョン内でもう二度とあんな馬鹿げた力を出さないでくれる⁉ 危うく死にかけたわ‼」
「そうは言うけど、ああでもしなけりゃみんなフンババに――」
口上の途中、あたしの真横を炎が走った。
「わぎゃっ⁉」
その炎はメミィの顔面を直撃。
ようやく床までたどり着いた彼女を吹き飛ばして、穴へと落としてしまった。
「あぁっ⁉ マホちゃん待って、あれ味方だから!」
「味方ぁ? 何言ってるのよ、あれはラミアじゃない。生かしておくと危険でしょ!」
「そ、そうだけど……っ」
マホちゃんの言っていることは正論なんだけど、メミィは色々あって一緒にダンジョンを探検する仲間になっていた。
だから敵意のない彼女をやっつけるのは気が進まない。
「何? 本当にあれが仲間だって言うわけ?」
「とにかく彼女は仲間なの! 攻撃しないでっ」
あたしは慌ててメミィを引き上げに動いた。
彼女はまだ穴の斜面を滑っているはずだから、階下に落ちる前に助けられるはず!
そう思って穴に飛び込もうとした時――
「⁉」
――なんとメミィの体が空へと撃ち上がるのが見えた。
「えっ。えぇっ⁉」
メミィはくるくる回転しながら床へと墜落してしまった。
とりあえず息があるのでホッとした。
……額が割れて、すっごい出血だけれども。
「今度は何よ⁉」
危険を感じ取ったのか、マホちゃんが杖を構えて警戒している。
それはあたしも同様――背後からビリビリと危険を報せる気配が突き刺さってくる。
そして、あたしはその気配を知っている。
「まさか‼」
「なんや、急にでかい穴が開いたから這い上がって来てみれば、思いがけへん出会いがあったもんやな」
「ギルティナ‼」
「まさか生きとったとは驚いたで、グゥ。それにマホ嬢――あんたらが一緒におるなんて二重の驚きやで」
穴から出てきたのは、ギルティナ・バディート!
相変わらずすっごい闘気を身に纏っている。
これだけ離れているのに、あたしの肌にビリビリ感じるもの。
「最悪! こんなところで見つかるなんて……っ」
「マホ嬢、観念しぃ。どうせ逃げられへんのやから、大人しく例のブツを渡した方が利口やで。死ぬ時は楽に死にたいやろ?」
「リーダーの形見は渡さない! 神聖武装も返してもらうから‼」
「はは、威勢がええなぁ。ああ言うとるけど、どないする?」
ギルティナの次に現れたのはルシアさん。
彼女はリーダーの剣を大事そうに抱えたまま、穴の斜面を登ってきた。
「まさかここに来て、この面子で相まみえるとは思いませんでした。グゥさん、マホさん、あなた方のタフさには驚きが隠せませんよ。でも、もうお終いですね」
ルシアさんはニコリとほほ笑み、片手でそっとギルティナに触れた。
「二人とも殺してええんやな?」
「ええ。ですが、マホさんの持っている鏡だけは傷つけないでくださいね」
「わかっとんで。ほな、ちゃっちゃと終わらしてダンジョン探索の続きを楽しもか!」
ギルティナから強烈な殺気をぶつけられて、肌がひりつく。
気付けば、あたしは全身が震えていた。
「ちょっと、私を守るとか言っておきながら何ビビってるのよ⁉」
「違うよ、マホちゃん。これはちょっと違うの」
「はぁ?」
「これはね、武者震いっていうんだよっ‼」
ギルティナを相手に、今のあたしがどこまで通用するのか。
それが試せるのが、とても楽しみで仕方ないんだ。
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