02. 邂逅

 使っていた装備一式を宿屋に置いて、あたしは町に出た。


 あたしの身なりは、最新最強の武装からお古の平凡武装へ様変わり。

 フィストグローブはまだしも、武道着なんて久しぶりに着るから体が窮屈。

 あたし専用の特注リュック――超巨大サイズ――まで取り上げられなくてよかったぁ~。


 人気の多い通りを歩いていると、自然と料理屋に足が向いていることに気が付いた。


「……あたし、今1エニーもないんだった」


 財布代わりの麻袋を開いて、一文無しであることを思い出す。


 普段は食事でも何でもお金なんて気にせず、支払いは全部リーダーに任せていた。

 最後に自分でお金を払ったのっていつだったっけ……?


 ぐうう~。


 ……お腹が鳴り始めた。

 この音を聞くと何もしていなくても力が抜けていく感じがする。


「早く何か食べないと――じゃない、仕事を見つけないと」


 冒険者は、モンスター討伐やら何やら、ギルドからの依頼をこなしてお金を貰えるその日暮らしの根無し草。

 有名なパーティーにもなると偉い人から支援してもらえるけど、あたし個人ではそんなことはなく……。


「あうぅ~。お腹空いたと思うと、どんどん空いてくる気がする。早く仕事見つけてお金を稼がないと、パンひとつ食べられないっ」


 そんな感じで、あたしはすぐに冒険者ギルドへと向かった。


 でも――


「申し訳ありませんが、グゥさんに紹介できるお仕事はありませんね」


 ――そんな衝撃的な言葉で職員さんに迎えられてしまった。


「なな、なんでですっ⁉」

「グゥさんは先日、S級冒険者パーティー〈アライバル〉のリーダー、ディグ・ロード様から解雇通告を受けていますよね?」

「はぁ。まぁ……」


 正確には今朝だけど。


「その件が契機となって、グゥさんは当ギルドから除名されているんです」

「ジョメイ?」

「あなたは当ギルドの登録者ではなくなったということです」

「えぇっ‼ なんでぇっ⁉」

「あなたがこの町に来てから、業績を落とした飲食店がいくつあるかご存じですか?」

「へ?」

「大衆酒場から高級レストランまで数十軒! あなたがこの町で活動した半年間で、軒並み業績を悪化させているのですよ!」

「そ、それはなんでまた……?」

「あなたが行く先々でお店の食材を根こそぎ食べ尽くしたからでしょ‼」

「えぇぇ~~~っ⁉」


 根こそぎって……そんなに食べたかなぁ?


「そのせいで、料理を出すための食材が集まるまで何日も営業できない店が続出。酒場はお酒が出せるのでまだいいですが、貴族御用達のレストランなどは利用者からの信用が失墜し、店からギルドにクレームの嵐が届いたくらいです‼」

「マジですか……」


 職員さんの目が笑っていない。これ、マジなんだ……。


「特にこの町――ディッシュタウンは、大陸屈指の超高難易度ダンジョンが隣り合っている冒険者達の重要拠点なんです。冒険帰りの彼らが食事できない環境なんて、絶対にありえてはならないんです‼ ゆえに除名っ! ギルドに厄介者は置いておけませんっ‼」

「ご、ごめんなさい……」


 職員さんの目力が凄くて、つい謝ってしまった。


 でも、これってあたしが悪い?

 ……あたしが悪いか。


「本当はもっと早く登録除名するところを、ディグ様のパーティーメンバーだからと大目に見ていたんです。彼らとの繋がりがなくなった以上、我々も遠慮する必要はなくなりましたからね。ギルドマスターも喜んでいますよ」

「そんなぁ~⁉」

「むしろギルド側としては、ディグ様のパーティーの活動資金が心配です。何名かの貴族様から資金援助を受けているとは聞いていますが、食費に大金をつぎ込んで冒険に支障が出ないものかと――」


 改めてごめんなさい。

 しっかり支障が出ています。


「――コホンッ。そんなわけで、グゥさんは現在当ギルドとは関わりがございませんので、お帰りください。と言うか、速やかにこの町からも退去することをお勧めします」

「今からまた登録してもらうわけには」

「一度除名された者を再登録するわけには参りませんっ」

「ですよね……」


 背中にたくさんの視線を感じる。


 見れば、ギルドのホールにいる冒険者達からの視線を一身に浴びていた。

 みんなヒソヒソ話なんてしちゃって、きっとあたしの悪口を言っているんだ。


「ぐすんっ。あたし、これからどうしたら……」

「あなたが除名されたのはここディッシュタウンのギルドです。冒険者を続けるつもりなら、よその町のギルドに行けばいいと思いますよ」

「この町から近いギルドのある町って?」

「ここから180kmキロほど南下した鉱山街か、200kmキロほど西へ向かった港町ですね。どちらも駅馬車で四、五日ほどの距離かと」

「そんなの、たどり着く前にお腹減って死んじゃいますよぉ~~~‼」

「そんなことを私に言われても……」


 職員さんが困り顔になっちゃった。

 この人に身の上を相談しても仕方なさそうだし、とりあえずこの嫌な視線から逃げようかな……。


 それにしても、食べるだけで恨まれるなんて残酷な世の中になったもんだなぁ。


 フラフラとした足取りでギルドから出ると――


「ちょう待ってや」

「へ?」


 ――誰かに呼び止められた。


 振り返ってみると、ギルドから見上げるほど大きなお姉さんが飛び出してきた。


「あんたがグゥ・ハ・アングリィやろ?」

「そうですけど……どちら様?」

「ウチはギルティナ・バディート言うねん。あんた、勇者ディグ・ロードんとこの冒険者パーティーにいた格闘士ウォーリアやんな?」

「はぁ。リーダーを知ってるんですか?」

「知ってるも何も、今日から一緒に仕事することになってんねん!」

「一緒に……って、もしかしてあなたが⁉」

「そうや。ウチがあんたの後任の格闘士ウォーリアやで」


 この人があたしの後任!

 あたしのジョーイゴカンの格闘士ウォーリア


 女の人なのに身長は2メートル近くありそう。

 肩幅広いし、腕や足がすっごく太い。

 おっぱいも大きい。

 小柄なあたしに比べたら、たしかにとても強そう‼


「でも、なんだかあたしよりいっぱい食べそう……」

「なんやて?」

「いえ、な、なんでも……っ」


 大きいからって沢山食べるとは限らないよね。

 あたしなんて、小柄なくせに大食いだってしょっちゅう驚かれるくらいだし。


 パーティーをクビになってあたしの代わりができる人なんているのかと思ったけど、このお姉さんならぜんぜん心配なさそう。

 むしろあたしより強そうだし、ここのダンジョンを踏破しようっていうS級冒険者パーティーにはこういう人こそ相応しいのかも。


 ……なんだかやっかんじゃうなぁ。


「ここで会うたのも何かの縁。せっかくやし、一緒に飯でも食べようやないか。ウチが奢るで?」

「えっ。本当ですか⁉」


 何か食べられると思ったら、嫌な気持ちなんてすっ飛んじゃった。


「ほんまやで。近くにええ店があるから、すぐに行こうや!」


 初めて会った人には簡単についていくなってお祖母ちゃんに言われていたけど、あたしももう大人だしついていっちゃっても別にいいよね?

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