十回目
あれから俺は、色々な方法を試していった。
どこかに弱点があるかもしれないと思って、顔や胸、腹や食パン等様々な場所に
相手が止まっている間にこっち側からぶつかったりもしてみたけれど、結局のところ、俺の方がはね飛ばされるだけだった。彼女が食パンを拾う際はあまり深く腰を屈めないので、その体をジャンプで跳び越えることもできない。
俺は今、スタート地点であるアパート前に立っている。多分、これで十回目くらいだと思う。痛くはないし疲れもすぐに回復するが、いつまでもこんなことを繰り返していられない。
……そういえば、時間の経過はどうなっている?
最初にアパートを出た時は午前九時ちょうどだった。体感では一時間ほど経過しているが、もしループしているならば、今もそのままかもしれない。
そう思って、ポケットからスマホを取り出してロック画面の時計を確認すると、そこには予想外の時刻が表示されていた。
「AM 00:00」だったのだ。しかも、赤い文字で。
どう考えてもおかしい。まだ空は明るいし、俺のスマホの時計は普段ならば白い文字で表示されているはずだ。いや、ロック画面を解除できない時点で充分おかしいのだが……
その時、俺はあることに気付いてしまった。
この時刻はもしかして「残機」を意味しているのではないか、そして、赤い文字で「残機」が少なくなっていることを警告しているのではないか、と。
「一回目」の時は「AM 09:00」だったはず。そして、今を「十回目」を仮定すると、これまで九回「ミス」したわけだから、九回「残機」が減ったことになり、結果として、「AM 00:00」になったんだと思う。
つまり、俺の残機はゼロということになる。次にミスしてしまったら、「ゲームオーバー」になるかもしれない。ゲームオーバーになったら……そこから先は、想像したくない。
もう、色々と試している場合ではないんだ。早くあの女子高生をどうにかしないと。
栗の実を投げるのではなく、手に持ったまま相手の体に突き刺す?
栗の実以外に武器になりそうな物を探す?
栗の実ではなく、このスマホ自体を
……何だか、どれも違うような気がする。根拠は無いが、もっと別の手段があるような気がしてならないんだ。
色々と考えながら前進していくが、突破口が見つかるわけでもない。猫が俺の前を横切るのをこの目で見て、十字路を通過し、落ちている栗の実を拾い、主婦とすれ違う。今まで何度も繰り返してきた行動パターンだ。
一応手に取ってみたものの、「自然の凶器」と言えるこの栗の実でも、あの女子高生に傷一つ付けることなどできない。たとえ二、三個あったとしても無駄なように思える。ならば、一体どうすればいいのか……
そこで、俺はある方法を思い付いた。同時に、近くの家の玄関が開く音がする。あの食パン女子高生が、目の前に現れる合図だ。
……上手くいくかどうかは、分からない。でも、行動に移さなければ始まらない。絶対にこのループから抜け出してやるんだ。
「いっけな~い」
「一本道」へと現れた彼女に向かって、俺は栗の実を投げ付け、当たるのをこの目で確認する前に、歩いてきた道を走って引き返していった。
「遅刻遅刻……いたっ!」
背後から彼女の声が聞こえてくる。上手くヒットしたようだ。当然ながら、これで「敵」を倒せたわけではない。数秒間足を止めたに過ぎないのだ。
「も~、何で起こしてくれなかったんだろう?」
その「数秒間」が終わり、しばらくして足音が聞こえてきた。「二回目」の時と状況が似ている。走るスピードは彼女の方が上なので、次第に両者の距離が縮まっていくのは明白だ。
でも、俺はこの体に
俺は先程通った十字路を逆向きに走り抜けた。「二回目」の時は十字路に入る前に彼女に追い付かれてしまったが、「食パンを落とした数秒間」のおかげでここまで逃げることができた……というわけだ。
望みを込めて、俺は後ろへと振り返る。
女子高生は、姿を消していた。といっても、神隠しのように消滅したのではないのだろう。
ただ単に、この十字路を曲がって俺とは異なるルートを進んでいったに過ぎないのだから。
「透明な壁」はこの俺にしか適用されないみたいだから、彼女はそれを無視して曲がることができる。あのまま直進していったところで、袋小路にあるアパートの近くに着くだけだから、「彼女は十字路で左右どちらかに曲がる可能性が高い」と踏んだわけだ。
俺は固定観念に捕われていたのかもしれない。別に彼女を「倒す」必要は無かったんだ。
彼女のルートを空ければ良かったんだ。それに気付けたら、もっと早い段階でクリアできたかもしれない。
一息ついて、俺は十字路を渡っていく。ふと左の方を向くと、あの女子高生がいた。隣の交差点で、地面に尻餅を付きながら何者かと話している。
「いってーな、ちゃんと前見ろよ」
「ごめんなさい……あっ、ケガしてるじゃないですか! えっと、バンソウコウは確か……あれっ、変だな? ここに入れたはずなのに」
「別にいいから! それより、早くしないと遅刻するし」
その相手は、彼女と同様に制服を着た高校生らしき男子だった。どうやら、交差点で激突してしまったらしい。にもかかわらず、俺みたいに「ミス」して「スタート地点」に戻されている様子は無い。
まあ、あの二人のことはどうでもいい。やっと進路が空いたわけだから、早く行かないと。
そう思いつつ、俺は「敵」に会うことなく道を進んでいった。「透明な壁」が消え去っていたことに気付いたのは、駅に着いてからだった。
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