二回目

 アパート付近に戻った俺は、再び自身の「左右」をチェックする。


 相変わらず「見えない何か」に挟まれており、まるで細い一本道を歩いているかのようだった。幅は60cm程度。駅に向かって直進することはできでも、途中で曲がることができない。


 後方へと戻ることも可能だが、そうしたところで袋小路にあるアパートの塀に阻まれるだけ。透明な壁を拳でたたいてみるが、壊れる気配は無い。


 一匹の猫が、まるで壁なんか無いような素振りで俺の前を横切った。歩みを進め、猫が通過した辺りを確認してみるが、そこにも確かに「壁」は存在した。「見えない何か」の影響を受けているのは俺だけということか。


 本当に、訳が分からないことだらけだ。「見えない何か」に邪魔される以外にも、俺より軽いであろう女子高生にはね飛ばされたり、その結果アパートの近くに戻されたり……理解が追い付かない。


 ひとまず、体を前に進めていく。何かしていないと気が狂いそうだ。


 再び、一つ目の十字路に差しかかった。「もしかしたら、ここで左右どちらかに曲がれるかもしれない」と思って確認してみるが、結局のところ、「透明な壁がそこにも存在する」という事実を思い知るだけだった。


 十字路を通り過ぎて顔を上げれば、雲一つ無い秋空が広がっており、下を向けば、近くの家に植わっている木から落ちてきたくりの実が転がっている。


 ……この目に映るものは、どれも日常的な光景だった。そんな中で、俺だけが奇妙な状況に置かれている。まるで、何事も無い平和な世界から拒絶されてしまったかのように。


「あの、すみません」


 近くを歩く主婦らしき女性へと声をかけてみる。しかし、彼女は何も聞こえていないかのように無視し、俺の横を通り過ぎていくだけだった。


 ポケットからスマホを取り出し、誰かに連絡しようと試みる。だが、ロック画面から先に進むことができない。顔認証をしてくれないし、パスコードの入力画面も現れないのだ。


 そんな風に立ち往生していたら、近くの家の玄関が開く音がし、とある人物が俺の前に姿を現した。


「いっけな~い、遅刻遅刻~!」


 目と耳を疑った。


 俺をはね飛ばしたあの女子高生だ。数分前の状況を再現するかのように、長い髪を揺らし食パンをくわえながら走ってくる。この数十cmしかない「一本道」の真ん中を。


 何でまた……いや、余計なことを考えている場合じゃない。このまま突っ立っていたらさっきの二の舞だ。絶対に避けなければならない。


 左右に大きく動けないので、俺は彼女から逃げるように「一本道」を走って引き返していく。


 しかし、30歳にして中年太りしたこの体で大したスピードが出せるはずもなく、両者の距離が短くなっていくばかりだった。段々と大きくなっていく足音は、さながら破滅へのカウントダウンのよう。


「も~、何で起こしてくれなかったんだろう?」


 そして、一つ目の十字路に入ろうとした辺りで俺は彼女に追突され、再びはね飛ばされ、アパートの近くに……以下略。

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