05:邂逅前

 謎のヒロインムーブとか変なことを言ってきたエレスティア様が居なくなったあと、わたしは何をしていたのかと言えば、まあ、夜に外に出て簡単に近く見回りしていた。


「若干……嫌な気配はあるな」


 向こうの世界でも何度も感じていたそれは、魔物の気配だ。あっちでは魔物との戦闘は普通にあるし、中には盗賊とか山賊とか人と戦うこともある。

 まあ、盗賊や山賊については別に殺してしまっても問題はないとされている。懸賞金がかかっている者も居るので生け捕りにするのもまた1つの手だ。その辺りの判断は遭遇した人によるだろう。


「……なるほど、これがサイレンか」


 そんなことを考えていると、町の中でけたたましい音が響く。あの、パトカーとか消防車とかが鳴らすような”ウー”っていう感じのサイレン。細かなところでは緊急車両のものとは違ってたりする。


 これは特定の警戒レベル以上のエネミーが出た時に鳴るものであり、ぶっちゃけそんな頻繁に鳴るようなものではないらしい。

 エネミーの警戒レベルというのは、向こうの世界で言う魔物の危険度や強さの目安のようなものである。


 警戒レベルⅠ→弱い。サイレンも鳴ることはない。

 警戒レベルⅡ→ちょっと弱い。サイレンは鳴らない。

 警戒レベルⅢ→それなりに強い。サイレンが鳴る。避難推奨が出る。

 警戒レベルⅣ→強い。サイレンが鳴り、一般人に対して避難指示が出され、エリアの封鎖等が行われる。


 警戒レベルⅤ→やばい。下手をすると国が壊滅させられるレベルの化け物。速やかな避難、退避が求められる。


 といった感じだ。

 ⅠとⅡについてはサイレンは鳴らないけど、魔法省側ではエネミーの出現が探知できるようで近くの魔法少女が向かうようになる。

 どういう仕組みなのかは分からないけど、エレスティア様とか天照様が何かやったのかもしれない。


 一応警戒レベルは5段階になってるみたいだが、そもそも今まで出現したことのある魔物もとい、エネミーはⅣが最高みたいでⅤが出たことはないらしい。

 まあ地震の震度と同じ感じなのかもしれない。と言っても、Ⅳでも地球としては十分やばい方に入るエネミーらしいけどね。


「……サイレンは鳴ったけど、避難関係の放送とかはないし警戒レベルはⅢと言ったところかな」


 サイレンはエネミーが出現した地域全体に聞こえるようになっているらしく、ここで聞こえたということはこの近くに現れたということだ。場所についても放送で教えてくれるという何とも親切なものである。


「まあ、魔物の気配は向こうの世界で散々感じたから何処に居るかなんてすぐわかるけど」


 思ったより近い。

 ただ魔物とはまた違う感じの魔力の気配を感じたので、恐らくこれは魔法少女のものなのだと推測する。悪い感じはしないし、何処となくエレスティアを感じさせる魔力だ。


「行くか」


 そう言ってわたしは、自身に身体強化の魔法を掛け、向こうで培った身体能力を駆使して道とか道じゃない場所などを飛んだり走ったりして向かっていくのだった。




◇◇◇




「このエネミー……強い」


 サイレンが鳴ったこともあり、私は魔法省からの連絡を受け、真っ先に向かったのはいいのだが……今までと変わらないエネミーかと思ったが、明らかにちょっと違う感じだった。


「警戒レベルはⅢ……のはずだけど」


 いや、同じレベルでも個体差があるので一概には言えないけど。

 そうこう考えている間にも、エネミーはこちらに攻撃をしてくるため、それを回避する。何発か攻撃魔法を放ってはいるものの、なんか効果がなさそう。


「ホーリー・スピア!」


 星がデザインされた自分の武器……ステッキをエネミーに向けては魔法を放つ。とはいえ、いまいち、決定打に欠けていた。


「ダメージは与えているはずだけど……」


 もしかすると防御に特化したエネミーの可能性もあるが、普通に攻撃してくるのを見るとそうでもなさそうな感じがする。


「##!!!#」

「な……分身した!?」


 日本語でも何でもない、そもそも地球の言葉なのかすら怪しい謎の声を出したと思えば、次の瞬間にそのエネミーの姿が複数に分裂する。


「くっ」


 1発ほど、敵の蔦による攻撃を受けてしまい、軽く吹っ飛ばされる。何とか着地し、体のバランスを保たせる。

 今回のエネミーの見た目は一見するとただの木。だけど、よく見れば木には顔のようなものが見える。ちょっと歪んで笑っているようなその顔がなんとも不気味である。


 トレント。

 見ての通り、木に擬態したエネミーであり、主にその蔦や枝などを使って危害を加えてくる存在だ。口もちゃんとあり、植物ではあるが肉食に近いような感じだ。

 警戒レベルは個体にもよるが、基本的にはⅡ~Ⅲとなるが、目の前のトレントは何か違う感じがする。普通のトレントだったら分身なんて使ってこないはずだ。


「……段々強くなってきてるって聞いているけど」


 それの影響だろうか? トレントも強くなった? あり得ない話ではないのだが、トレントの強化版みたいなエネミーが出たという情報はなかったし……。


「リフレクション!」


 相変わらず攻撃を止めないトレント。その攻撃を跳ね返すものの、自分の攻撃だからかトレントにはダメージがないように見える。

 分身しているせいでどこから攻撃してきているのかが判断しにくい。どれも本物に見えてしまうほどこの分身の質が高い。


「トレントにこんな能力とかあったっけ?」


 いや、ないはずだ。

 データとかちゃんと見ている私ですら知らない情報。やはり、トレントの強化版……もしくは、何か別の新種の可能性があるかもしれない。

 新出のエネミーに関してはサイレンやデータは当てにならない。そもそもデータがないから新種となる訳だし。多分トレントと似た反応があったからサイレンもⅢの状態で鳴ったのかもしれない。


「……セレスティアル・レイ!!」


 ホーリー・スピアじゃあまり効果がないことは分かっているので、ここはちょっと上の魔法を使うことにする。


「##!?」


 どうやら結構効いているみたいだ。ただ、姿1つ消えただけであり、まだ複数見えているので本物には当たってないだろう。とはいえ、本物も若干ダメージを受けたような声を出してた気がするし、何か繋がっているとか?

 分身……幻惑だとか幻影に近いものなのかもしれない。現に光属性の魔法で消滅したので闇属性の可能性が高い訳だ。光と闇の特殊性を知っていれば誰もが分かる。


「というか……分身消すだけならホーリー・レイとかでもよかったかも」


 スピアの方は分身にすらあまり効果がなかったし……消えかけたっていうのはあったけど。向こうの闇属性系統の魔法だか何だか知らないけど、それはホーリースピアよりも上なのかもね。


「ホーリー・レイ! ホーリー・レイ!」

「###!」


 ならば……と、私は攻勢に出る。

 トレントの攻撃をよけつつも、ホーリー・レイの魔法を連射させがむしゃらに分身に命中させていく。どうやらホーリー・レイでも消滅させられるっぽいからこれで行けそうかな。


「5……」


 1つ分身が消える。


「4……3……」


 続けて2つ目、3つ目の分身がホーリー・レイによって消滅する。


「これで最後! セレスティアル・レイ!!」


 2つになったところでホーリー・レイよりも強力なセレスティアル・レイを放つ。これで消滅した……と思ったけど……。


「うぐっ!?」


 噓でしょ!?

 背後からの攻撃……当然ながらそれを防ぐことは出来ず、私の体は衝撃と痛みとともにいとも容易く吹っ飛ばされる。


「がっ……」


 そして運が悪いことに吹っ飛ばされた先には鉄筋コンクリートで出来た建物があり、そこに私の体は物凄い音と共にめり込む。


「う……」

「##W!」


 背後にもろに受けた攻撃と、めり込んだ時に打ち付けた際の痛みの両方が重なり唸り声のようなものが口からこぼれる。


「か、体が……」


 動かない。

 痛みで動かない? いや違う……何故か身体が痺れているようなそんな感覚。そんな状態の私をトレントはその不気味な顔で見ている。どことなくあざ笑っているように感じ取れるそれは私の心を恐怖させるには十分だった。


「い、いや……」


 私はここで死ぬのだろうか。

 いやまあ、魔法少女として活動する以上、死とは隣り合わせなのは理解していた。とはいえ、実際こうなるとやっぱり怖いものだ。


「あはは……うん」


 体は動かないし、成す術はない。こんな状態でもトレントはお構いなしにじりじりと近付いてくる。トレントの特徴として足が遅いっていうのがあったからまあそれなんだろうけど……私自身としてはそのジワリと近づいてくる光景はさながら、処刑台で処刑を待つ罪人のように感じれる。


「……ごめんなさい。ここでダメみたい」


 もう駄目だなと確信すると、さっきは恐怖が強かったけど、今は自分自身でも驚くほど冷静になっていた。


 そこで目をつむり、最期の攻撃に身構えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る