第32話 復活して草
「チッ、バレてたのかい。前魔王の封印の急げなんて嫌味な命令だよ」
今しがた人族の間者の手を渡って届いた現魔王の魔力が籠った魔石をグリコンは割る。
すると神聖力で構成された封印にヒビが入り、そこから鎧の黒い巨腕が飛び出てきた。
『やっとこの忌まわしい封印から解放されたわ』
前魔王の封印が解かれた。
────
前魔王解放同時刻。
カマッセイ邸。
「やっと私を苦しめる悪魔どもが消えた! ミーアお前の言葉の通りにことが運んでいるというのになぜ私の前に現れない!」
前魔王の魔力によって活性化した闇の精霊に精神を弄ばれ、半狂乱になったシドとミラの父親であるエドランが屋敷内で家具を打ち壊し暴れていた。
ひとしきり暴れると荒い息を吐きながら落ち窪んだ目でいつもミラの声が聞こえる部屋の隅にある闇を見つめる。
そうするとクスクスクスと闇の中から甲高い笑い声が聞こえ始めた。
笑い声がどんどんと大きくなっていくと思うと闇の大精霊が実体を伴って顕現する。
眷属である闇の精霊たちに面白い人間が居ると聞き、エドランをおもちゃにするためにこの場に訪れていたのだ。
不定形の闇の塊である本来の姿からエドランの望むもの──ミーアの姿に形を歪ませて擬態し、その様を見たエドランは瞳を輝かせた。
「エドラン。追い払うだけじゃだめだわ。ちゃんと子供は殺さないと」
「おお、ミーア!! 待ち焦がれたぞ! そうか、わかった! 奴らを殺そう!」
「ええ、良い子ね。子殺しは楽しいわよ。ダメなあなたのために私も協力してあげるわ」
エドランが快諾すると闇の大精霊は笑みを深めて、間近で
────
カマッセイ領で不穏な動きが活発化する中、マッセ教会にいる老シスター──マザージンジャーは寿命を迎え、今際の際にいた。
「そろそろですか……」
居住空間にある安楽椅子に揺られながら自らの人生が終わることを悟ると過去の記憶が蘇ってくる。
勇者を殺すほどの圧倒的な力を持ち、自らの攻撃も一切通じない前魔王を封印するために奔走した聖女時代。
そして封印を維持するために自らの全ての神聖力を日々注ぎ、カマッセイ領で教会を運営した修道者時代。
封印の維持で神聖力を消費することで戦闘ができなくなり、残党の襲撃を避けるために表では死んだことになったので名誉とは無縁な人生だったが、平和が訪れた世界で子供たちを育って生きていく人生は満ちたりったものだった。
「私の百年を注いだ封印も次代聖女が今の魔王を倒すまではきっと維持されるでしょうし心残りはありません」
一番出来のいい子だったモンローからも自分と同じようなもの──次代聖女が現れたという話を聞き、自分ができる最大限のことをしたので心残りもない。
昔馴染みのガンダインを残して逝くが、情に厚い彼はきっと悲しむだろうがすぐに立ち直ることだろう。
「エリス様、子供達の未来に祝福を……」
生まれて百三十年奉じ続けてきたエリスに最後に祈りを捧げ、天に召されるかと思うと扉が吹き飛ばされた。
『胸糞の悪いエリスの教会はぶっ壊すに限るぜ!』
閉じかけた目でジンジャーが見ると前魔王と共に封印されていた魔族の取り巻きが吠えているのが見えた。
「封印が解かれたのですね……」
そう確信するとそれを裏付けるように本来なら封印に使われているはずの何十年分もの神聖力が役目を果たせなかったため消費されずジンジャーの体に戻ってくる。
本来ならあり得るはずのない膨大な神聖力により寿命を迎えるほどに老いた体が全盛期の若い肉体にまで復調し、縮んだ身長が三メートルまで伸び、修道服の袖が筋肉で弾け飛ぶ。
『テメエ、封印しやがったクソ聖女か! 死ねやオラあああ!』
その様を見た魔族は百年の屈辱を味わせた怨敵が目の前にいることに気づき、鎧の拳を打ち込む。
「心残りができてしまいました」
ジンジャーは身体強化を体にかけて鎧の腕を受け止めると、そのまま持ち上げて地面に叩きつけた。
『ゴハアア!!』
衝撃で魔族がダウンすると床を殴って壊し、地下に保管された聖女時代の愛鎧──サンシャインに搭乗する。
「ガンダインが保護するためにメンテナンスをしていましたが、まさかまだ動いてくれるとは」
起動を確認するとそのままアッパーを繰り出して床ごと魔族の鎧を破壊して外に飛び出す。
「私の命がある限り、前魔王の脅威から人々を守りましょう」
ジンジャーはそう決意すると前魔王と闇の大精霊がいる方向に向けて駆け始めた。
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