第30話 餅つき
メノウが住むようになったからといって、良太朗の朝のルーチンワークが無くなるわけじゃない。今年最後となる今日も、朝から
「もしかしたら……」
良太朗が裏口の扉を開けると、眼の前には一面の白が広がっていた。今年最初の積雪だ。良太朗がこどもの頃には、もっと早い時期から雪の積もる日があったように思う。雪がつもる日が減っているのも、やっぱり温暖化の影響なのだろうか。寒さにぶるっと身震いして、お供えを終えて小走りで家へと戻る。
「すごい。雪が積もってます。ふわぁ。すっごい綺麗です」
「ん! 雪景色」
「雪なんて都会でも積もることが有るんだし珍しくもないでしょ」
「都会の雪は、すぐにぐちゃぐちゃで黒くなるし、足元が悪くなってなんか最悪なだけです」
「このあたりだって、道はすぐに同じようになるよ……」
「でも、田んぼや山が白く雪化粧してるのは、なんだか特別な感じがします」
「ん! プライスレス!」
「たしかに、りこやほのかと見る雪景色っていうのは、プライスレスだね」
朝食を終えたら、
良太朗は薪を動かして火加減を調整する。鍋のお湯は白い湯気をあげはじめた。そろそろ蒸籠の準備をはじめたほうがいいだろう。ほのかとりこは動画撮影の準備をしている。ほのかのほうは小さい三脚にスマートフォンだが、りこのほうは、なんだか高そうなレンズ交換式のカメラを用意している。Vtuber活動がうまくいってるようで何よりだ。
「ほのかとりこは餅つきの予習は大丈夫?」
「はい! 昨日ほのかちゃんと何度か動画サイトでやり方みました」
「ん! 完璧」
「それは頼もしい。僕もあんまり覚えてないから動画見たんだけどね」
「失敗しちゃうかもしれませんね」
「それならそれでいい思い出になるからね。いいんじゃない?」
「良太朗。そこは撮れ高というべき」
「そこまで動画投稿者に染まらなくても……」
良太朗たちが笑い合っていると、ココに声を掛けられた。
「良太朗様。何をしておられるのでしょうか?」
「あ、ココ。頼みたいことがあるんだけど」
ココに頼んで、村人の中で餅つきをやりたい人を集めてもらう。ココとクロが手分けして集めてきてくれた結果。十数人があつまった。
「良太朗様。集まりましたが、餅つきというのは一体どのようなものなのですか? いつもと違う方法でお米を炊いているようですが……」
「これはもち米といって、普通のお米とはちょっと種類が違うんだよ。とりあえず餅つきをやってみせるから、見てやりかたを覚えて貰えるかな?」
「はい。わかりました」
大勢が見守る中、もち米を入れた蒸籠がもうもうと白い湯気を上げている。空焚きしてしまうと、もち米も道具もダメになってしまうからお湯の管理が大切だ。
「そろそろ良さそうだ。撮影の方は大丈夫?」
ほのかとりこは、リモコンを操作して録画を開始する。スマートフォンのピロリンという音と、りこのカメラの赤いLEDの点滅が、録画が開始されたことを教えてくれる。
「大丈夫です」
「ん! 準備完了」
「よし、じゃあ餅つき開始だね」
良太朗は鍋から蒸籠をおろし、蒸し布に包まれたもち米を水をひいた石臼の中へと入れる。まってましたとばかりに、杵を持ったりことほのかがもち米を潰し始める。
「まずは、杵を使ってゴリゴリともち米を潰します」
「ん! 最初からぺったんすると飛び散るおそれあり」
ごりごりがりがりと、りことほのかは杵を使ってもち米を潰す。ふたりとも今日がはじめての餅つきのはずなのに、なかなか手慣れた感じでうまくやっている。
しばらくそうやっていると、段々とおはぎのような、つぶつぶが残ってはいるけど餅にはなっていないという、中途半端なものになっていった。
「そろそろ良さそうなんじゃない? じゃあ僕が合いの手をやるから、手を叩かないようにお願いね」
「もちろんです! 怪我とかさせるわけにはいきませんから」
「ん。でも、叩かれても動画的においしい?」
「ほんとやめてよね? 絶対ダメだからね?」
「良太朗。前フリ?」
「ちがう!」
「でも、前フリにしか聞こえませんよね」
杵で手を叩かれることはなく、ぺったんぺったんと気持ちよく餅つきがすすんでいく。
「たのしい」
「楽しいですね」
ぺったんぺったんと一〇分ほどつづけたところで、良太朗の手に伝わる感触の変化がなくなってきた。
「もう大丈夫みたいだ。完成だね」
「思ってたより大変でした。最初は楽しかったんですけど、腕が……」
「ん。腕、死亡遊戯」
良太朗は石臼から餅を取り出して、打ち粉として片栗粉を撒いてある台の上に餅を乗せる。打ち粉を振りながら餅をこねて、手につかないくらいに調整する。餅を一つずつにちぎって丸めていく。
「良太朗。私もやる」
「折角なので私もやります!」
良太朗たちが三人で餅を丸めていると、見ていたココたちも加わってあっという間に餅を丸める作業は終わった。
「じゃあ、折角だから……」
良太朗はこっそり用意してあった、鞄からきなこと砂糖を混ぜたものと紙皿を取り出して。きなこをたっぷりかけた餅をみんなに配っていく。
「はい、どうぞ。つきたての餅だから美味しいと思うよ」
「きなこもち! 美味」
「お餅があったかくて、柔らかくて美味しいです。きなこもなんだか普通のより風味が良いような?」
「お? 気づいてくれた? そのきなこさ、僕が作った大豆なんだよ。やっぱり作りたてだから風味がよかったのかな?」
「枝豆動画のやつ!」
「私も動画見ました! というか、きなこって大豆だったんですね……」
ココたちにも配ってみたのだけど、気に入ってくれたようでみんなおかわりを求めてきた。ココたちが二個ずつ、ほのかとりこが四つずつ食べたところで第一陣の餅は売り切れになった。
「餅つきってこんな感じでやるんだけど、任せても問題なさそう?」
「はい! 大丈夫だと思います。なによりきなこもち美味しかったのでもっと食べたいです!」
「きなこがあまり残ってないから、また別の食べ方になるけどね」
「そ、そんな……」
「他の食べ方も美味しいから!」
「はいっ。頑張って餅つきします」
まずはココたちが餅つきをやってみるようだ。良太朗が蒸し上がったもち米を石臼にいれると、ココとクロがごりごりともち米を潰し始める。参加する予定だったらしい村人に合いの手を変わってもらう。良太朗はほのかとりこの居るところへ戻った。
「餅つき初体験どうだった?」
「えっと、何もかもはじめてて戸惑う部分もあったけど、楽しかったしお餅も美味しかったので最高でした」
「ん! 最高!」
「動画の〆はこんなもん?」
杵と臼が一セット分しかないので、みんなで交代で餅つきをする。ソバーカ族もマオ族も、もちろん良太朗とりことほのかも、みんな楽しそうに笑顔で餅つきを楽しんでいる。この様子なら、杵と臼の数を多めに用意しても良いかもしれない。村で作るものリストにいれておこう。
用意していた二〇キロのもち米も、お昼すぎにはすべて餅になった。
「疲れたね」
「ん。今日は快眠」
「ふたりとも体力無いですね。私はまだまだ元気ですよ!」
ココやクロたちと最後の餅を丸めていると、カカがひどく慌てた様子で走ってきた。
「良太朗様! 大変です!」
「そんなに慌ててどうしたの?」
「良太朗様! あれを」
そういってカカが森の方を指差す。良太朗がその方向を見ると、森との境界に鎧を着た兵士や、ローブを着た魔道士らしき者たちの姿が見えた。それも一人や二人ではない、ざっとみたところ全部で六〇名ほどは居そうだ。鎧を着た兵士が二〇名ほどで、残りはローブをきた魔道士らしき者たちだ。
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