第28話 稲作
*
マオ族が移住してきた翌日。リュカの恩寵の促成栽培で、とりあえず食べる分の米を作る事にしたのだけど、これが思った以上に大変だった。
「よーし、じゃあ一列に並んでこうやって、後ろに下がりながら苗を植えていって」
「ん!」
「はい!」
ココたちも手伝ってくれるがまず、田植えを終わらせるのにかなりの時間がかかる。
「こ、腰が結構きつくなってきた」
「良太朗、おじさんぽい」
「ほのかは平気なの?」
「ん! まだまだ楽勝」
「私も平気ですよ」
「ココも大丈夫なのか……」
数時間かけて、なんとか田植えが終わったところで、
「これはまあ水が貯まるまで待つだけだね」
「良太朗。お昼のおにぎり食べる?」
「まだ暫くかかるだろうからそうしようか」
お昼ごはんを食べている間に水が溜まったので、堰を止めて水がこれ以上入らないようにする。水の量をこまめに調節するのが、美味しい米を作る秘訣だ。
「じゃあ稲を成長させるか……」
「良太朗。私がやる」
「お願いするよ。えっと、稲がたれ始めて、うっすらと黄色くなるくらいまで育ててもらえるかな?」
「ん! まかせて」
ほのかは田んぼに手をかざし、真剣な表情でリュカニア加護の力を使う。みるみるうちに苗は
予定どおりうっすらと黄色くなってきたところで、ほのかは加護の力を使うのをやめた。
「ここから水分の調整になるんだけど、これも恩寵でどうにかなるかな?」
良太朗は慎重に恩寵を使い、稲の成長を見守る。稲はどんどんと色を変えていき、ものの数分で稲が収穫に適した状態になった。乾燥するのに時間がかかるとおもっていたのだけど、恩寵の力はすごい。
稲刈りを待つ稲穂が、キラキラと金色に輝いている。風にたなびく稲穂は、まるで金色のさざめく海のように美しい。良太朗にとっては、数ヶ月前にも自分の田んぼで見た光景だ。だけど、いつ見ても、何度見ても心にしみる美しさがあるように思う。
良太朗は物置から、人数分の鎌とナイロン紐の束を入れた収穫かごを持ってくる。ちなみに鎌は一〇〇円ショップで売っているものだ。予算的にかなり助けられている。
「これから稲刈りをするけど、稲をこんな風に刈ったら、これから配るこの紐で根本の部分をこうやって括って、束にして田んぼの四隅に集めてもらえるかな?」
「ん。もう一回!」
「だからこうやって、こう!」
「良太朗様すみません。もう一度お願いします……」
「おっけー、ゆっくりやるね」
何度か実演したところでみんな手順を覚えたみたいで、あとは実践しながら慣れていくだけだ。稲刈りはみんなに任せて良太朗は、大量の竹を田んぼに運び込んでいく。なんと異世界にも竹は自生していて、群生地をしっていたカカに頼んで集めておいたものだ。
良太朗は運び込んだ竹を使って、田んぼの稲刈りが終わったところに
「じゃあこんな風に掛けていってもらえるかな? 片側に一気に掛けると倒れちゃうから、バランス良く両側からかけていってね」
「はい!」
「ん! 良太朗届かない!」
「はいはい。じゃあ僕がどんどん掛けていくから、ほのかは運ぶのを手伝って貰えるかな?」
「んっ!」
「じゃあ、あとはこのまま一週間ほど干すことになるから、これで解散だね。おつかれさま」
「んっ」
「良太朗様、お疲れさまでした」
みんな口々に挨拶をしながら、家へと帰っていった。
ほのかと二人並んで稲架掛けされた稲穂を眺めていると、マオ族のブッチが話をしにやってきた。彼は猫らしさなのか、好奇心が非常に強くて、色んな質問をよくしてくるのだ。
「良太朗様。今日はリュカニア様はいらっしゃらないのですか?」
「うん。今頃は僕の家でゴロゴロしてると思うよ?」
「そうなんですね。良太朗様の家というと、あの赤いアレの……」
「ああ、そう鳥居っていうんだけど、鳥居を通って転移した先だね」
「その鳥居を使って転移というのは、誰でも出来るのでしょうか?」
「リュカは自由に移動できるけど、それ以外は僕が認めた人だけだね」
「あの、それなら私も認めていただければ転移できるのでしょうか?」
「それは難しいかな。神様のルールがあるから」
本当は人間じゃないとダメだからなんだけど、それを言うのを良太朗はためらってしまう。なんだか人種差別のようで気がひけるのだ。
「そうですか……。残念です」
「まあ、通れないのが普通だから気にしないで。リュカをのぞけば、通れるのは今のところは僕とほのか、それにもう一人と一匹だけだから」
良太朗がそう言ったところで、ちょうどメノウがやってきた。メノウはトコトコと歩いてきて、おにぎりを食べている良太朗の膝の上に飛び乗って丸くなる。
「!?@#$%」
「ブッチさんどうしたんです? 急に変な声を出して」
ブッチは急に変な声を出したと思ったら、こんどは良太朗に向かって頭を地面にこすりつけるように土下座をはじめた。
「ちょっと、どうしたんですか? ほんとに」
「良太朗様の膝の上においでの方は、猫神様でざいますよね?」
「メノウがどうかしたの? 神様だし猫だけど……」
「やはり! メノウ様とおっしゃるのですね。生きて猫神様に出会えるとは。うっ……」
「どういうこと?」
ブッチの説明をまとめると、この世界には猫は存在しないらしい。伝説の中には猫が出てくるらしく、猫の獣人たちの間では、猫は神様ということになっているらしい。恐らくこれも、鳥居を初めとする異世界への門の管理がゆるかった時代の名残だろう。
「お主らなかなかに分かっておるのう。よしよし。もてなすが良い」
「ははっ。それではマオ族を集めて挨拶させます」
ブッチの呼びかけでマオ族が集まってくる。メノウが許すと一人ずつ順にメノウに挨拶をしていく。ソバーカも柴犬っぽいのやコリーっぽいなどバラエティにとんでいたけど、マオ族は髪色が猫のように色々とあるのが特徴のようだ。中でも目立つメノウと同じ黒色の髪を持っているのがクロで、ココとなかよくなったらしく、良く二人で何かを話しているのを見かける。
「よし、お主らにアレを授けるゆえ食すがよい」
メノウが前足で指し示したのは、物置の側に置いてあるカリカリの入った猫皿だった。異世界で遊んだ後なら、文句を言わずに食べてくれるから置いていたのだけど、不満はあったらしい。
ブッチは素直に猫皿に向かって移動すると、なんの疑いも無くカリカリをつまみ上げ食べる。そのああとは一人一粒ずつ順に食べ始めた。
「ちょっとメノウ。自分がカリカリ好きじゃないからって、人に食べさせるのは良くないよ。そもそも食べても大丈夫なのかもわからないのに」
「ほほう。良太朗は食べられないものを食べさせようとしておったのじゃな?」
「そういうわけじゃないけど猫用だから……」
「猫用とか人間用とかの魚や鶏が居るとでも? 食べても問題なかろう」
「大丈夫かもしれないけど」
「カリカリが余ってもったいない。とか言ってたのじゃから、ちょうどよかろう」
「でも、この解決方法はどうなのよ」
良太朗とメノウが言い合っていると、いつのまにか戻ってきていたブッチが言う。
「メノウ様。さすが猫神様の食べ物、今まで食べたもの中で一番美味しかったです。数が少なかったので一人一粒しかいただけませんでしがが、本当にありがとうございます」
「そうじゃろう。そうじゃろう。良太朗がまだまだ持っておるでな。あとで全部もらうがよい。いつかは、ちゅ〜◯も分けてやっても良いかもしれんの」
「メノウ様。ちゅ〜◯というのは、どのような物でございましょう?」
「さっきのカリカリとは比べ物にならぬほど美味い食べ物じゃ」
「そのようなものが! とても楽しみでございます」
「そうじゃろう。なかでもカツオ味が一番美味くての、一度食べだしたら止まらぬ美味さなのじゃ。二番目に美味しのはのぅ──」
ちゅ〜◯の解説をはじめてしまったメノウと、それを聞き漏らさないように真剣な表情で聞き入っているブッチたちマオ族。その様子に突っ込む気力もなくなった良太朗は、ぼんやりとやりとりを見守るのだった。
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