第27話 温泉タイム

    *


 良太朗は温泉の前にカメラをセットして、撮影の準備をする。湯船にたまった温泉の温度は三九度で、少し手を入れてみるだけでも気持ちいい。


 ココたちは今日もふるいを持って土と格闘している。昨日までに比べてふるいに残る小石が減ってきているから、明日くらいには肥料を入れられるだろう。


「おまたせ〜♡」


「良太朗。交代」


「じゃあ着替えてくるよ。先に入ってて」


 良太朗も着替えるために納屋に入る。この納屋を建ててから、そろそろ二ヶ月になる。最初はがらんとしていた内部も大量のスコップやスキやクワ、バケツなどが置かれている。雑然ざつぜんとした雰囲気だけど、その中でも目立っているのは、リュカが脱ぎ散らかした衣類だ。


「はぁ……。いつになったらちゃんと出来るようになるのやら……」


 良太朗はボヤきながら、脱ぎ散らかしたままになっている服と下着を集めて、脱衣カゴ代わりのバスケットに畳んでいれる。良太朗は手早く水着に着替えて物置を出る。


「あれ? 待ってくれてたの?」


「ん。最初はみんなで一緒に」


「一緒にはいろ〜ぅ♡」


「そっか。ありがとう」


 三人で湯船の前に並んで、リモコンを使って録画を開始する。


「じゃあ入ろうか。初温泉はいります!」


「ん!」


「は〜い」


 良太朗はゆっくりと湯船に浸かっていく。無意識のうちに「はあ」とか声が出てしまうのは、歳をとったせいだろうか。隣では、ほのかはまず手を入れて温度を確認してからお湯に入ってくる。リュカは湯船の縁に立ち、ドボンと一気に湯船に飛び込んだ。良太朗とほのかは大量のお湯を頭からかぶることになった。


「あははっ♡」


「うわっ」


「ん! 宣戦布告。受けて立つ」


 ほのかはリュカに向かってバチャバチャとお湯をかけ始める。リュカも負けじとお湯をかけ始めて、しばらくすると、何故か二人で良太朗にお湯をかけるはじめた。


「ちょっと、温泉の紹介しないといけないのに……」


「きにしな〜い」


「ん。楽しい」


「僕だって、やられっぱなしで黙ってはないからね」


 良太朗も負けじと、ほのかとリュカにお湯をかけ返す。しばらく三人ではしゃいだあと、ふと動画撮影のことを思い出す。


「えっと、気を取り直して……。ついにお湯も溜まったので初温泉で撮ってます。ただいまの湯の温度は三九度で熱すぎず、ぬるすぎず本当に気持ちよく入れてます」


「ん! 最高!」


「きもちいいよ〜♡」


「こうやって真面目に解説すると、温泉の説明って意外とすぐに話題が……」


「ん……」


「きもちいいよ〜♡」


 良太朗は必死に温泉を紹介するような番組を思い出そうとする。確か、効能の説明は出来ないし、温泉の歴史もない。常連客に話を聞くのも無理だ。配信でコメントでもあれば、間がもちそうなんだけどな。


「まいったな……」


「お湯かけあい正解だった」


「またやる〜?」


「いや、それはもういいでしょ。撮影は終わりにするから、ここからは普通に温泉たのしもう」


「ん!」


 良太朗がふと見ると、ココたちが作業しているのが視界に入る。ココたちにも風呂を使ってほしいと思うけど、今のところは湯船しかないし脱いで入ると丸見えになる。


「洗い場が要るなあ……」


「ん。どうやって作る?」


「うーん。かけ流しで落ちていく水を下流で貯めて利用かなあ」


 今の露天風呂が有る場所が小高い場所になっているから、落差を利用すればシャワールームのようなものを作ることができそうだ。ついでにそこにも湯船を作れば、人目を気にせず風呂に入れるだろう。


 湯量がもっとあれば各家にお湯を引いても良いんだけどね。そうなると下水道も欲しくなるからかなり大掛かりになる。やっぱり共同の風呂を用意するくらいが現実的だと思う。


「良太朗様。ちょっとよろしいでしょうか?」


「カカさん。どうかしましたか?」


「実はマオ族がやってきたんです」


「マオ族?」


「ソバーカとも友好的な獣人です。今のところは代表があそこに」


 カカの指差す先にはソバーカの人たちが集まっていて、人だかりができている。どうやら代表者安家になっている良太朗が出ていくしかないようだ。


「着替えるから少し待ってもらえるかな?」


「はい。それでは先に行って少し待つように伝えてきます」


「私もいく」


「いってらっしゃ〜い。あたしはもうちょっと入ってる」


「じゃあ先にほのかから着替えてきて」


「ん」


 ほのかは物置に入ると、すぐに出てきた。着替えるわけではなく、パレオとラッシュガードですませることにしたらしい。続いて良太朗が納屋にはいり、普通に体を拭いて着替えを始まる。時間はかかるけど、ラッシュガードみたいな気の利いたものは用意していないから仕方ない。なにより村の代表者が海パン一丁で現れるとかどう考えてもおかしい。良太朗は頑張って急いだが、それでもたっぷり五分はかかって着替え終わった。


「ほのか、おまたせ」


「ん。いこ」


 人だかりに近づいていくにつれて、マオ族の代表の姿が見えてきた。大きな三角の耳に、細長い尻尾が生えた猫の獣人だ。かなり人間に近くて、猫耳カチューシャと尻尾付きパンツを用意すれば再現できそうだ。服は毛皮で作ったものを着ていて、手にはやりを持っている。


「おお! にゃんじん


「猫だね。よくあるイメージ通りの獣人だね。彼らもリュカを信仰してるのかな?」


「ん。たぶん?」


 良太朗とほのかが近づいていくと、人だかりを作っているソバーカの人たちが道をあけて通してくれる。


「こんにちは。この村の代表みたいなことをやってる良太朗です。今日はどんなご要件でしょう?」


「はじめまして。マオ族のブッチです。こちらにソバーカ族がリュカニア様の治める村を作ってるというのを知りました。そこで、我々マオ族も受け入れて貰えればと思いまして」


「人数はどのくらい居るんですか? あまりに多いと難しいのですが」


「四家族、二〇人です」


「それくらいなら、場所的には余裕があるので構いませんけど、ソバーカ族と協力して、色々な作業を手伝って貰うことになります。大丈夫ですか?」


「もちろんです! 誠心誠意お仕えさせていただきますとも」


「それなら大丈夫です。いつ移動してきます?」


「問題なければ明日にでも」


 マオ族がやってくるのが明日なら家を用意しておいたほうが良いだろう。四家族で二〇人ということは、家は四軒必要になる。一家族は三から七人くらいだろうか。


 良太朗は空いている場所に、土魔法で家を作っていく。ソバーカの人たちよりも大家族になる傾向があるみたいだから大きめにしておく。


「これで僕達を入れずに五八人か」


「ん! 増えた」


「木工や鍛冶とか、建築なんかに詳しい人がほしいなあ」


 この村では圧倒的に技術を持っている人が足りていない。最初のうちは良太朗が色々と支援すればいいとしても、ずっと支援し続ける訳にもいかないからね。意外と順調そうに見えて問題も多いのだった。

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