第21話 お米が主食
*
ぐわんぐわんという大きな音を上げる巨大な機械から、ざらざらという音を出しながら出口に溜まっていく白米。精米機の様子が珍しいらしく、ほのかは嬉しそうに白米が貯まるたびにペダルを踏んで袋にためていく。良太朗はそんなほのかの様子を、精米機の外から眺めていた。本来ならまだ当分の間は精米する必要はなかったけど、ココたちが食べる分を精米しているのだ。
白米が出てくるペースがざらざらからぱらぱらになり、やがてなにも出てこなくなったところで、精米機は止まった。受け皿に残っていた米を袋に落とし、米袋の口をくくる。良太朗は少しだけ気合を入れて持ち上げる。一俵三〇キロの重みが肩にどっしりとのしかかる。
「じゃあ、掃き掃除お願いして良い?」
「ん!」
良太朗は軽トラの荷台に米袋を運ぶ。ほのかが備え付けの
「こらこら、そんなに餌付けしちゃうと怒られるよ」
「んー。でも可愛いし」
「まあかわいいよね。でも雀は一応農家の敵なんだけどね」
「果物つつく?」
「それもだけど、米が成長中の時に全部吸い取っちゃったりするんだよ。だから秋の田んぼにはキラキラするテープや網が貼ってあったりするんだよ」
「見たこと無い」
「来年は見られるかもね。それまでうちに居ればだけど……」
「なら見れる! ずっと居る」
ほのかは箒を元の位置に戻して軽トラの方へと歩いていく。それを見送った良太朗は、精米機の照明を落として扉をしめる。軽トラに乗った良太朗はスーパーへと向かって運転を始める。
「じゃあちょっと、食材を買ってから向こうへ行こうか。肉類と足りない野菜とカセットコンロのガス、それに塩か。あとなんだっけ?」
「ん! ケチャップとソースも」
「ああ、そうだった」
「ついでに野菜の種も買っていこう」
リュカに確認したところ、野菜の種などは異世界に持ち込んでも構わないと言われた。美味しい植物が増えるのは嬉しいらしい。電子機器の類は撮影に使うものや、やむを得ない場合を除いてあまり持ち込まないでくれと言われた。
良太朗とほのかは必要なものをかごに入れていく。お菓子コーナーのところを通ったところで、ほのかがなにかが気になったらしく、棚をじっと見つめていた。
「欲しいものでもあった?」
「ん。これも買っていい?」
ほのかが手に持っているのは、SNSで話題になっている季節限定のスナック菓子だった。コラボも同時に行っていて、人気配信者の小型フィギュアがついてくる。ほのかの好きな配信者がラインナップに入ってるのかもしれない。
「もちろんいいよ。僕の分もおねがい」
「ん! ありがとう」
ほのかとそんなやり取りをしていると、背後から不意に声を掛けられた。
「おや? 君は一瀬さんところの良太朗君だろ? おっきくなったなあ」
振り返ってみると、立っていたのは六十代の老人。たしか子供の頃に見た覚えがある。父の釣り仲間だった人だ。何度か釣りに連れて行ってもらった記憶がある。たしか名前は……。
「
「良く覚えてるねえ。となりにいる子、あまり見かけないけど、良太朗くんの奥さんかい?」
「いえ、この子は──」
「ん、嫁。はじめまして」
「そうかい、そうかい。こんなべっぴんさんを嫁に貰うなんて、良太朗くんは果報者だねえ」
「いえ、この子は──」
「ん! 良太朗は果報者」
「あっはっは。仲がいいねえ! 良いことだ。じゃあ、また機会があれば一緒に釣りにでもいこうか」
本条さんはそう言って上機嫌に去っていく。これは帰りの社内でほのかと反省会をやる必要がありそうだ。良太朗は少し沈んだ気持ちで会計を済ませ、軽トラに乗り込む。
「ほのか、ダメだよ。ああいうことを言っちゃ」
「ん?」
「田舎は娯楽が少ないのと、近所付き合いが多いんだよ。だから、噂話の広がるスピードがものすごいんだよ。一晩あれば全員がしってるくらいになる」
「え? そんなに?」
「SNSの炎上くらいだと思ったほうが良いんだよ……。きっと明日の朝は近所の人が、野菜もって様子を見に来るよ」
「ええ……」
「そして夜には、やっぱり嫁らしい!って拡散されて……」
良太朗の気分が伝わったのか、ほのかもげんなりした表情を浮かべている。その後はあまり会話も進まず、お通夜のような静けさのまま、家まで帰り着くのだった。
*
良太朗は精米した米を右肩に担いで、ほのかと一緒に鳥居をくぐり異世界へとやってきた。良太朗がやってきたのに気づいたのか、ココが走り寄ってくる。
「あ! 良太朗様、こんにちは」
「こんにちはココ。お米を持ってきたんだけど」
「ほんとうですか! ありがとうございます。そろそろ残り少なくなっていたので、お願いしようかと思ってたんです」
はじめてココたちと交流をもって一週間。お互いに色々と話せる関係が構築できた。ココは炊飯に目覚めたらしく、一族全員の分の米を炊くのが日課になっている。その炊飯テクニックは日に日に上昇していて、薪でご飯を炊くことに関しては良太朗よりはるかに上手くなっている。
「今日はお肉も有るんですね」
「はい! 猟師が山でイノシシを捕まえて来たんですよ。良太朗さんも一緒に食べましょう」
ココが言うところのイノシシの本当の名前は良太朗には分からない。別の名前を言ってるのかもしれないが、良太朗とほのかの耳にはイノシシと聞こえるのだ。言語を理解できるという能力は、役に立つけど微妙にかゆいところに手が届かないのだ。
微妙という点では土魔法も同じだ。土の表面をタイルのようなガラス質で覆うのは簡単にできるのに、岩風呂のような形にすることは出来ない。良太朗は、半分ほど岩を貼り付けた露天温泉の建築現場を見て、ため息をつく。
「はあ、次の動画どうしよ。ココたちと料理を作る回と、岩風呂にひたすら岩を貼り付ける回はもうやったからなあ。このままだと、ずっと岩を貼るだけの動画になりそう……」
動画自体はリュカと同じように処理したココたちもうけているし、登録人数も再生回数も今まで以上に伸びている。でも、期待する人が増えた分、良太朗が感じるプレッシャーも大きくなっている。りこも同じようにプレッシャーを感じているのだろうか。
「良太朗。ネタ切れ?」
「ネタというか、そろそろココたちがすむ家を作ったり、村づくりを初めたいんだよね」
「おお! ソバーカ村」
「リュカの領地らしいから、リュカニア村かもね」
「楽しそう。いつはじめる?」
「リュカは作って良いと言ってくれてるんだけど、ココたちに急に村を作ろうっていうのもなんだし、言い出すタイミングが難しくてさ」
「んーんっ! まかせて良太朗」
「なんかいい考えでもある?」
「んっ! 秘密」
自信満々にそう言いきったほのかの秘密の作戦。それはココたちみんなと食事をしている時に判明することになる。良太朗たちはココたちと同じイノシシの生姜焼きと白米、猪汁。リュカだけは良太朗が家で作ってきたハンバーグに白米、付け合せの野菜サラダだ。異世界イノシシは、豚肉に野性味が加わった感じで、地球のイノシシと大差ない味で、ほんの少しだけ油が強い気もする。料理を楽しんでいると、ほのかに耳打ちされたリュカが、急に立ち上がり宣言した。
「みんなー。村をつくるよ♡」
神竜の宣言によって、村作りを始めることが確定した瞬間であった。
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