第18話 犬のような人のような
よく見ると犬のようなものは一体だけでなく複数いる。武器のようなものは持っていないようだが、腰のあたりに布を巻いている者や、肩から布を巻いている者たちが見えた。イメージとしては動画サイトで見た、犬の名探偵が活躍する古いアニメに出てくる人物たちが近い。
「なんだあれ? 人っぽい犬?」
「ん。コボルト?」
「あれはコボルトじゃないよ。あたしを崇めてる獣人ちゃんたち♡」
「どういうこと?」
「ほらだって、あたし神竜だし? この辺すべてあたしの縄張りだし?」
「あー。そんな事言ってた気がする」
普段の言動から忘れかけていたが、リュカはこの世界の神竜だ。縄張りっていうのは神域みたいなものだろうし、そこに神竜を信仰する民が住んでいるのも納得の行く話だ。良太朗はまだ見かけたことはないけど、エルフやドワーフ、それに人間も居るはずだ。
「害は無いから、放置して大丈夫だよ♡」
「問題ないなら気にする必要も無いか」
「ん。気になるけど気にしない」
良太朗としては、せっかく出会った異世界人だから、犬の獣人たちと交流してみたい気もする。だけど、言葉が通じるかどうかも良くわからない。それに、良太朗が管理者になっているから、鳥居を超えて来る心配も無い。とりあえず放置するしか無いだろう。
「良太朗? 湯船どうする?」
「うーん。源泉かけ流しができそうなら、排水方法が変わるだろうから、水量見てからのほうが良いかな? 調べてみないとだけど……」
「ん。じゃ、調べにいく?」
「そうだね。作業するにしても、時間もそんなに無いし。今日は片付けて撤収でいいかな」
良太朗たちが家に帰ってくると、物音に気づいたのか縁側で寝ていたメノウが起き上がる。そして、ゆっくりと伸びをしたあと、足元に来て身体をこすりつけてくる。
「今日は早く帰ってきたのだの。夕食はしらす入りの缶で頼むぞ」
「いつも缶ばかりじゃないか、折角買ったんだからカリカリも食べてくれよ……」
「カリカリは口にあわんのじゃ。野良にでもあげておけばよかろう」
「猫缶も意外と高いんだからさ、ほんと頼むよ……」
「ん。働かざる者食うべからず」
「いや、さすがに猫に働けとまでは言わないけどさ」
「猫動画人気」
「猫動画というとあれか、ほのかが良く見ているやつじゃの?」
「ん、毎日猫缶好きなだけ」
確かに猫がなにかしている動画は人気だけど、分け身の猫とはいえ神様を働かせるのはどうかと思う。
天罰とか大丈夫なのかと、心配する良太朗をよそに、メノウの方は乗り気になっているようだ。
「毎日ちゅ〜◯も要求できるかの?」
「ん。余裕!」
「なら動画を撮られても良い。じゃが、話してみよなどというのはダメじゃぞ。普通の猫として見られる範囲だけじゃ」
「え? メノウ本気でやるの?」
「毎日の
「いいけど、田舎暮らしチャンネルに猫動画はありなのかな?」
「ん! あり!」
色々と相談した結果、メノウがリズムに合わせて尻尾を振ったり、飛んだり跳ねたりする猫ダンス動画が出来上がった。動画編集も要らない部分をカットするだけだから簡単だ。確かに見事な踊りで、フリー音源のダンスミュージックに合っていた。
良太朗はさすが神話に出てくる踊りの神様だ、と感心すると同時に、ほのかが言ってた名前候補〔パリピ〕が案外正解だったのでは? と思うのだった。
良太朗とほのかは、動画のアップロード中を示すゲージが増えるのを見つめる。いつもは興味のなさそうなメノウも、今回は自分が主役の動画ということで、気になるのか一緒に見ている。
「実はさ──」
良太朗は異世界で見かけた犬の獣人たちの話をする。
「決して連れて来ぬようにな。向こうでやる分には、交流を持つなり、敵対するなり好きにすればよい」
「交流はちょっと興味があったんだけどね。言葉が通じるのかも分からないし、突然襲われたりしても怖いしね」
「うん? お主らリュカの恩寵やらを貰っておるのだろう? ならばあちらの世界限定じゃが、生物とは必ず話せるはずじゃが」
「え? 恩寵とかってそんな効果もあったの?」
「うむ。言葉を持たぬものとは話せぬがの」
「おお。凄い」
「じゃあ、メノウの恩寵を貰った僕は、英語もフランス語もドイツ語もわかるってこと⁈」
「そうなるの」
「え? 良太朗だけずるい」
「ただし、マナが乱れてなければじゃ。二〇〇年ほど遅かったようじゃの」
「つまり、電磁波が大量に飛んでる現代はダメってことね……」
そんなことを話しているうちに、動画のアップロードも終わっていた。良太朗は公開前の最終確認のために動画を再生してみる。良太朗の膝の上に陣取り、画面を覗き込んでいたメノウが得意げに言った。
「このダンスはの。微妙に合ってるようで合ってないのがキモじゃ」
「え? どういうこと?」
「完璧に踊ると、猫らしくなかろ?」
「なるほど」
良太朗は言われて意識してみる。すると、さっきまで気づいてなかった点が見えてくる。確かに上手く踊っているように見える部分もあれば、リズムに乗れていない部分もあった。
「凄いな!」
「ん。メノウ天才」
「じゃろう、じゃろう。ちゅ〜◯はまぐろ味で頼むぞ」
「はいはい。分かったよ」
*
翌朝、良太朗が温泉の湯量を確認するために異世界に行ってみると、湯船のために掘った穴に、あふれるほどの木の実が入っているのを発見した。考えるまでもなく、昨日みた犬獣人たちがやったことだろう。これは嫌がらせではなく、リュカに対する捧げ物なんだろうな。これは彼らと接触してみる必要がありそうだ。
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