第14話 おいでませ
*
良太朗は農家という職業を気に入っている。自分で作った野菜は、最高に美味しい。それに専業農家なら、動画を作る時間も十分に取れる。
だが農家にも色々と難点はある。土に汚れたり、鶏ふんなどのニオイがあること。そして最大の難点は定休日みたいなものが無いことだ。災害や害虫は土日だからって休んだりしない。当然、対策をする農家も休むわけにはいない。台風の日などには水の調整をするために深夜に作業することだってある。
という訳で今日は土曜日だけど、良太朗は朝から畑で作業していた。毎月のように植える野菜が存在するのだ。今日良太朗が植えようと考えているのは以下のもの。
良太朗は手押しタイプの小型耕運機で、畑の土を起こして、クワで畝を作っていく。最近は日中の最高気温も下がってきて過ごしやすい。夏とは違う秋の青空。こういった風景を感じられるのも農家の良いところだと思う。サラリーマン時代には空を見上げるなんてことは無かった。やっぱり精神的に疲れていたんだろうと良太朗は思う。
良太朗が畑仕事に夢中になっていて、気がつけば時間は正午をだいぶ過ぎてしまった。お昼ごはんが遅くなってしまった。リュカとほのかもお腹を空かせているだろう。そのとき良太朗のスマートフォンから着信音が鳴り響く。確認するとほのかからの電話だと画面に表示されている。お昼ごはんを待ちきれなくなったのだろうか。
『りこ。来てる』
「え? どういうこと? すぐ戻る」
『ん』
良太朗は慌てて後片付けをして母屋へと向かう。視界に飛び込んできたのは、キャリーケースを持っているりこと、向かい合って立っているほのかの姿。小走りで近づいていくと、良太朗に気づいたりこが話しかけてきた。
「お久しぶりです、良太朗さん」
「お久しぶり。じゃなくて、ここの住所をどうやって?」
「ん。最高機密」
りこは手に持ったスマートフォンを良太朗に見せる。そこには良太朗が送った梨の写真が表示されている。
「漏洩元、良太朗」
ほのかのジト目に耐えながら、良太朗はりことの会話を続ける。
「なるほど……。でも急にくるなんて」
「昨日から何度もメッセージ送ってましたよ。でも、全然返事がないから来ちゃいました」
りこの言葉を聞いた良太朗は、スマートフォンのアプリを立ち上げて確認する。確かにそこにはりこからのメッセージが何件も届いていた。
「ごめん。変に動画がバズったから、アプリとかの通知オフにしてて気づかなかったよ」
「そんなことだと思っってました」
「立ち話もなんだし、中に上がってよ」
「ん。客間まで」
とにかく、こんな場所に立たせている訳にもいかない。良太朗は玄関脇の客間にりことほのかを連れて入る。
「とにかく座って。急に来るからびっくりしたよ」
「急に土日が暇になったから、遊びにいってみようかなって思ったんです。ほら、チャンネル登録者も一〇〇〇人超えたし、収益化ももうすぐですよね?」
「今朝一〇〇〇人超えて、ボタン押したばかりだよ。審査に時間もかかるだろうし、もうすぐかな?」
「私の場合、申請してから一ヶ月くらいだったから、同じくらいじゃないかな?」
「それは楽しみだ。バス停から結構歩くから、りこものどが乾いたでしょ? お茶いれてくるよ」
良太朗は台所にお茶の準備をしにいくため、
「あ、いたいた。良太朗おにいちゃん。お昼ごはんまだ? おなかすいた♡」
「そうじゃ。今日はかつお味の猫缶を食べたいのじゃ。すぐに用意を──」
「猫が……。喋った⁈」
二人の様子は、りこにもバッチリ見えていたらしい。さて、どうやって説明したものか。
「ちょっと? 良太朗さんどういう事? 猫が話すなんてありえないんですけど?」
「このあたりでは普通」
「聞き間違えじゃないかな?」
「にゃ、にゃーん」
「普通じゃないし、聞き間違えでも無いし、猫がそんな棒読みなにゃーんとか言わないし!」
「ですよねー……」
良太朗は全員の顔を見渡し、ため息をひとつ吐く。
「りこにも全部話すよ?」
「ん、仕方ない」
「しかたないのう」
「いいけど。夜はあのメニューにしてよね♡」
「じゃあ、りこにも本当の事を教えるけど、何を聞いても誰にも言わない墓まで持っていく秘密にしてもらえる?」
「うん。約束する」
全員の了承が取れたから、良太朗は今まであったことをりこに話していく。
「じゃあ、この二人は神竜と神様で、露天風呂は異世界に作ってるっていうの?」
「そういうことになる」
「普通だったら良太朗さんを病院に連れて行くところだけど、猫が喋ってる時点で信じるしか無いよね。分かった。露天風呂作ってる場所も見せて貰える?」
「いいけど、その前に昼ご飯にしよう。みんなお腹すいてるだろうし」
良太朗が簡単に料理を済ませて客間へともどってくる。みんなそれなりに仲良くなったらしく、楽しそうに会話をしていた。ちなみにメニューは、葉物野菜とベーコンを卵で炒りつけたものに、野菜たっぷりの味噌汁と白米、それに香の物だ。
「簡単なものだけど」
「簡単っていいますけど、美味しそうじゃないですか」
「良太朗の料理、どれも美味」
「ちゃんとかつお味のようじゃ。うまそうじゃ」
「夜はもっとちゃんとした料理つくるから」
「あのメニュー。楽しみにしてるからね。おにいちゃん♡」
リュカの言うあのメニューというのは、お子様ランチのことだ。どうやら気に入ったようで、なにかというと良太朗に作らせようとする。そのおかげで作り置きの小型ハンバーグが大量に冷凍してある。
「りこはどこか泊まる場所……。この前話してたのはこれか……。泊まっていく?」
「えへへ。バレちゃいましたか」
「ん。りこも宿泊」
食事のあと、良太朗はりことほのかを連れて鳥居をくぐる。いつもの感覚のあと、草原へと転移した。
「ほんとにこんな場所にくるんだ。すごっ。あっ、これドラゴンと作ってた物置」
「ん、私が撮影」
はしゃいだ様子で色々と見て回っているりこと、うっすらドヤ顔で説明するほのか。メノウはいつものように虫を捕まえにいってしまった。神様だし、言葉も話すのに行動は完全に猫のそれだ。
「良太朗さんドラゴンは? あれは本当に3Dですか?」
「いや」
そう言って良太朗はリュカを指差す。指さされたリュカは、満面のドヤ顔で腕を組んで無い胸を反らせている。
「あたしの本当の姿みたい?」
「みたいです!」
りこがそう言うと、いつものようにモクモクと霧が現れて変化していくリュカ。ほんの一〇秒ほどで変化を終えて、真紅の鱗を持つドラゴンの姿を見せる。
「すごいでしょ? びっくりした? 雑魚おねえちゃん」
「すごい。けど、話し方はほんとうにメスガキなんですね……」
「んが〜! それは良太朗おにいちゃんたちのせい!」
「良太朗さん。どういうことなんですか?」
「えーっと……」
良太朗はリュカが、こんな話し方や人化した姿になった理由を説明する。
「あきれました。要するにドラゴン人化大喜利の結果こうなった。と?」
「まあ、そういうことになる。あ、そうそうこの物置なんだけど中も広くて! ほら見てよ」
良太朗が話を逸らそうと、物置の扉を開けると、中から大量の金貨がジャラジャラと溢れ出てきた。
「え? なにこれ? 金貨? いつのまに?」
「それ、あたしが持ってきたの。良太朗おにいちゃんにお土産もあったんだった。ちょっとまってね♡」
「え? お土産?」
確かに物語の中でドラゴンは財宝を守っていたりするけど、納屋を勝手に宝物庫にされるのは困る。良太朗が考えている間に、リュカはもう一度人化して、納屋の中へと飛び込んでいく。
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