第13話 日常
*
良太朗は真新しいインパクトドライバーで物置の壁にネジを打っていく。もちろん一人で組み立てられるようなものではない。だからドラゴン姿のリュカが、壁の部品を指先で支えてくれている。
「おーいリュカ。次のパネルをおねがいー」
「う〜……。めんどくさい〜」
リュカが次のパネルを近くへ運ぶ。パネルを受け取った良太朗が、細かく位置を調整する。そしてリュカがパネルを支えて、良太朗がネジ止め。
「まだ完成しないの〜? 飽きてきたし、離しちゃうかも♡」
「リュカ。もうちょっとで終わりだから、我慢してくれ」
はじめて出会った時のリュカは、もっと威厳が有る話し方だった。話し方は、人化したときの姿に影響されるようで、今はかなり残念な事になってしまっている。
今日中には物置も完成するだろう。そうすれば編集時間を考えても、週末の更新日には余裕で間に合うはずだ。良太朗は最後のパネルのネジ止めを終えると、撮影の中断を宣言した。
「そろそろお昼ごはんにしようか」
「ん」
「すぐに人化する〜♡」
広げてあるブルーシートの上にあがり、保冷鞄からラップのかかった皿を取り出す。今日の昼食はサンドウィッチだ。具材はちょっとスタンダードではないが、さつまいもの天ぷらと、茹でたチンゲンサイにハム。それにあったかいコーヒーだ。良太朗はインスタントコーヒーを淹れていく。良太朗以外は砂糖とミルク入りだ。
「へんな具だけどおいしい♡」
「ん。良太朗さすが」
サンドウィッチを美味しそうに食べる二人を見ながら、良太朗は保冷鞄から猫おやつを取り出す。
「えっとメノウは……」
良太朗の視線の先には草原を走り回って、ちょうちょを追いかけ回してる黒猫。名前の由来は、黒猫の正体がア
アメノウズメは
メノウがこちらに来ている理由は簡単だ。リュカはこっちに来れるのに、メノウが行けないのは不公平だ。と言い出して、断る隙もないまま良太朗はアメノウズメの寵愛をもらってしまった。だから良太朗がこちらにいる間は、メノウもついてくることが出来るようになった。
「ち◯〜る、要らないのか?」
良太朗の言葉が聞こえたのだろう。メノウはちょうちょを追いかけるのをやめて、ダッシュで良太朗のところへと返ってくる。
「はやく食べさせるのじゃ!」
良太朗がパックを絞ると、メノウはペロペロとすごい勢いで舐め取っていく。メノウも人化したりするのかなと思っていたけど、黒猫は分け身らしくそういったことは出来ないらしい。それに良く考えたら人型の神様だったし。
やっとメノウにおやつをあげ終わった良太朗は、サンドウィッチを食べようと皿にてを伸ばそうとする。
「あれ? 僕の分のサンドウィッチは?」
「あれ? まだ食べてなかったの? おそ〜い♡」
「はぁ……。そんなことだろうと思ったよ。だけどっ──」
良太朗だってバカじゃない。ゆだんすると、リュカとほのかに食い尽くされる事は知っている。こんなこともあろうかと、良太朗の分だけは別に用意してある。もし二人が良太朗の分を残してあれば、二人のおかわりにすればいいだけだ。良太朗は保冷鞄を捜索するが、サンドウィッチは見つからない。
「あれ?」
「これえ? まだ鞄に残ってたから食べちゃった♡」
リュカが手に持ってひらひらさせているのは、良太朗のサンドウィッチを包んであったアルミホイルだ。良太朗の昼ご飯は全てなくなってしまった。昼飯抜きでDIYをやるのはいくらなんでもしんどい。
「はぁ……」
「ん。これあげる」
ポーチをごそごそしていたほのかが良太朗に差し出したのは、ラップに包まれたまるいおにぎり。
「どうしたのこれ?」
「朝、冷やご飯で作った。想像内」
「ありがとう」
良太朗は、ほのかから受け取ったおにぎりを食べる。形は不格好だし、塩味もまだらだけけど妙に上手く感じる良太朗だった。おかげで午後もがんばれそうだ。
*
ほのかの部屋は、良太朗の部屋の隣に位置する。土壁のおかげでプライバシーはあまりないけど、ほのかはその点も含めて満足している。実家から送られてきた荷物の荷解きもほとんどおわり、ほのかの部屋環境は、実家に居たときと殆ど変わらない程になっている。
ほのかはノートパソコンを開き、久しぶりにネットに接続した。ほのかが実家に居たときは。必要も無かったのでスマートフォンを持っていなかった。おかげでパソコン以外のネット接続環境がなかったのだ。荷解きとか色々とやらないといけないことが沢山あって、パソコンを触る時間がなかった。
ほのかのパソコンが起動し終わると、大量の未読メッセージの通知が届いていた。ほとんど全部が風月からのものだった。残りはネットゲーム関係と、数通のスパムメール。風月からのメッセージは、ほのかと連絡が取れなくなった事を心配するものだった。ほのかはすぐに風月にメッセージを返信した。
《しばらくPC触れなかった》
《元気にしてたのね? よかった。花鳥と連絡取れないなんて今までなかったから心配しちゃった》
《ごめん》
《元気だったならいいんだけど。そういえば花鳥が好きな農家さんのチャンネルだけどさ、なんかドラゴン出て来て一緒に物置組立ててたんだけど(笑》
《ん。知ってる》
《え? しばらくネット触れなかったのに、動画のこと知ってるの? どいうこと?》
ほのかは返信しようとして少し考える。ほのかの今の状況をどう伝えるのがいいのだろうか。色々考えた結果、メッセージを入力していく。
《ん。いま良太朗の家に住んでる》
《え? ちょっとまって! どういうこと? 住所調べたとは言ってたけど! どうしてそうなった!》
《ドラゴン動画、カメラ係》
《いやそうじゃなくて、どういう経緯で農家に住むことになったの?》
《ん。会ってみたくて行った。そのあと色々あった》
《その色々が気になるんだけど……。けど、そっか……。ほのかは家から出られたんだ……》
《ん》
《今は楽しくやってる?》
《ん! 毎日新鮮》
《了解。元気ならよかった。また連絡するね》
それを最後に風月との会話は終わる。ほのかは編集中も含めて既に何度も見ているけど、良太朗のチャンネルを開いて動画を見始める。
どうやら動画はバズっているらしく、再生数は五桁でもうすぐ六桁にとどこうかという勢いだ。チャンネル登録者も、あと数人で収益化ラインを超えるところまで増加している。
動画の再生が終わったところで、ほのかはコメント欄を見ていく。あまりの通知の多さに、良太朗が通知をオフにしていたから予想していたが、ものすごい量のコメントが並んでいる。どうやら3DCG派とAI生成派の口論が半分以上。ガチDIY勢による良太朗へのダメ出しコメントが少し。初期からの良太朗ファンの戸惑うコメントが少し、残りは……。
「リュカにみせたらダメ」
見せられないコメントは、「メスガキドラゴン草」「新しいミーム始まった」といった、リュカをイジる内容だった。
「ん。もうすぐ収益化。けど複雑……」
ほのかは良太朗のチャンネルが、多くの人に認められて成長していく嬉しさを感じる。だけど、りこと良太朗の約束「収益化したらコラボやりましょう」というのがどうしても気になってしまうのだった。
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