第12話 天川りこは忙しい

    *


 最近の天川りこは、あまりの忙しさにギリギリの生活を送っている。コンビニバイトにVtuberも活動、それに加えて卒業制作が本格的になってきたのが原因だ。配信関係の収益化はおわってるけど、実際に振り込まれるまでのタイムラグがある。おかげで、コンビニバイトを辞めるわけにはいかない。


 なによりりこにストレスを与えてくるのが、卒業制作の打ち合わせや相談などという名目で、毎週のように行われる飲み会だ。卒業制作は名目なだけで、実際にただの飲み会の場合も多い。今日はバイトがあるからと断ったんだけど、チクリと嫌味を言われてしまった。


「こういうときは良太朗さんの動画で癒やされよう!」


 りこは登録チャンネル一覧から良太朗のチャンネルを開く。見ると良太朗のチャンネルでは初のショート動画をアップしていた。ショート動画というのは一分程度の短い縦型の動画で、スマートフォンメインのユーザーに人気がある。りこはもちろん未視聴だったから、良太朗のショート動画を再生する。


「へえ。良太朗さん無線機なんて持ってるんだ……。え? なにこれドラゴン⁈」


 りこは動画を見終えると、メッセージアプリを起動して良太朗の名前を選び通話をタップする。コール音がしばらく続いたあと通話がつながった。


『はい。りこぽんさん?』


 今日は最初からスピーカーにしているらしく、聞こえてくる良太朗の声が少し響いて聞こえる。


「良太朗さん、今は配信してないから大丈夫だよ」


『なにかあったのか? 声が疲れてるよ』


「え、声にまで出てる? 疲れてるのは確かだけど……。じゃ、なくて。ショート動画みたんだけど、なにあれ? 3D? うちの学校に来てるプロの講師より凄いんだけどっ」


『え? 3D? んーあー、そうそう3D、3D』


 歯切れのわるい良太朗の返答に、りこは不信感を覚えた。


『そ、3D。私が作った』


 りこは突然聞こえてきた女性の声にどきりとする。良太朗さんは独身で、彼女も居ないといっていたはずだ。でも、あれから半年以上経っているのもたしかだ。


(もしかして、地元に帰って昔の彼女とかと……?)


「えっと、良太朗さんの知り合い?」


『ん。嫁』


「えっ?」


『ちょ、ほのか。嫁ってなんだ。りこ勘違いしないでくれ居候だよ。親戚の子供を預かってるようなものなんだ』


『両親公認』


『公認なのはうちに住むことだけね! 結婚の約束どころか付き合ってもないでしょ?』


「へ、へぇー……。一緒に住んでるんだ? あれ? 良太朗さん一人暮らしって言ってたからいまはまさか……」


『ん、二人暮らし!』


「まさか、コラボを断ったのって、その子が居るから?」


『いや、それは断じて違うぞ。この前コラボの話をした配信のときには、ほのかのことは存在すら知らなかったし』


「へぇ……。そんな知り合ったばかりの娘と一緒に住んだりするんですね」


『あの配信のあと、ほのかが急に訪ねてきてさ。仕方なく一晩泊めるだけのつもりだったんだけど、いろいろあってしばらく家に住む事になっただけだよ』


 りこが配信に飛び込み参加したのは、一週間ほど前だ。つまり、この一週間ほどの間に存在も知らなかった女性と一緒に暮らすようになったということだ。良太朗の口ぶりからして、本当になにもなさそうだけど、いつまでもそうだとは限らない。


「そうなんですね。ならまた誰からふらっと来たら泊めてあげたりするんですか?」


『断りたいけど、このあたりは泊まれる場所がないからなあ……。相手によるかな?』


「やっぱり良太朗さんは優しいですね。安心しました」


『そ、そう?』


「はい」


『あ、そういえばなんの用事だっけ?』


「3Dのドラゴンですよ! あれって本当にそこにいるほのか? さんが作ったんですか?」


『ん。朝飯前』


『そうそう。そうなんだよ。僕は良くわからないんだけど……』


 りこには、やっぱり何かを隠しているように思える。そしてなによりほのかという女性の存在が気になってしまう。


「そっかー、ほのかちゃん今度機会があれば3Dのことも教えてね」


『んー? ん』


「じゃあ今日はもう切るね。良太朗さんはやく収益化してコラボしましょうね」


『ああ、じわじわだけど増えてきてはいるから、りこが卒業するまでにはなんとかなるかな?』


「うん! 楽しみにしてる」


 通話を切ったりこは、もやもやとした気持ちのままキッチンへと向かう。冷蔵庫の野菜室から、良太朗の作った梨を取り出して皮を剥く。切り分けた梨を皿に並べてフォークを手に取り、キッチンのテーブルについて食べ始める。


「甘くて美味しい」


 良太朗の作った梨は、みずみずしくてとても美味しい。りこの家族にも評判がいい。真似してつくった梨のマリネも美味しかった。ぼんやりと梨を食べ進めていると、ふと、梨が入っていた箱が目にはいった。りこは食べかけの梨を口に押し込んで、急いで箱を手にとって確かめる。


「ふふ……。週末にはバイト代も入ってるから……」


 箱を見つめるりこ。そこには良太朗から送られてきた時の伝票が残っている。書かれているのはりこの住所と、差出人の良太朗の住所。りこの週末の予定が決まった瞬間だった。


   *


 良太朗はりことの通話を切って、ほのかのほうへと向き直る。


「ほのか、嫁とか適当な事言っちゃだめだよ。りこがびっくりしてたじゃないか」


「私じゃ嫌?」


 真面目な表情で、じっと見つめるほのかの瞳に良太朗は動揺する。しかし、それも一瞬のことだ。ほのかの両親から預かっているという責任感と、まだまだ子どもだという意識のほうがつよい。


「そういう事じゃなくて……。3Dのこともだけど嘘は良くないよ」


「じゃあ、リュカ開示?」


「それは確かに……。そうだね。僕が間違えてたよ。うまく誤魔化してくれてありがとう」


「ん」


「そんなことより雑魚お兄ちゃん。早く晩ごはん作ってよ!」


 良太朗の様子を黙ってみてたリュカが割り込んでくる。動画撮影につきあってもらったお礼に、ごちそうする事になったのだ。あと一日作業すれ物置も完成するだろう。ドラゴンに補助してもらいながら物置を作る動画になる予定だ。


「生タイプじゃ! カリカリは好かぬ」


 居着くつもりなのか昼寝をしていた黒猫も伸びをして良太朗の方へと歩いてくる。良太朗はカリカリなんてあげたこと無いんだけどな、どこか別のところで貰ったことがあるのだろうか。神様の生態が気になる。


「ちょっとまってね猫缶あけるから」


「うむ! あとでちゅ〜◯も忘れぬようにな」


「はいはい」


 夕食のメニューは、チキンライスにオムレツ、ハンバーグと少しのサラダ。要するにお子様ランチだ。リュカが箸やフォークとナイフを上手く使えるとは思えなくてこれに決めた。これなら先割れスプーンがあれば食べられるからね。


「美味い! 美味いぞ!!」


「ん。良太朗の作るものどれも美味」


 お子様ランチを食べなながら大喜びしているメスガキ姿のリュカ。どうやらツボにハマったらしく、黒猫はプルプルと震えて笑いをこらえている。こうして良太朗の平和な一日は終わっていくのだった。

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