第7話 親心

「じゃあ、ちょっと早いけど夕食を作ってくるよ」


「手伝う」


 良太朗とほのかは台所へと向かう。手伝ってくれると言うなら遠慮する必要も無いしね。


「うぉぉ。すごい感じ!」


「うん? ああ、土間の台所とか都会じゃ無いよね」


 良太朗の家はかなり古くて、昔ながらの土間の台所だ。とは言っても流石に水道と流しはあるし、かまどなんかは既に取り壊されてガスコンロになっている。でも、都会からやってきた子には物珍しいんだろう。ほのかは目を輝かせて、色々と観察している。


「そんなに珍しい?」


「ん! すごい!」


「じゃあ、このキッチンを紹介するような動画はどうかな?」


「あり!」


 良太朗としては子供時代から見慣れた光景だから、なんとも思わなかったけど、他人の視点というのはやっぱり参考になる。良太朗は冷蔵庫から小型の米びつを取り出すと、ほのかに差し出す。


「じゃあとりあえず、お米を研いでもらえるかな? 二人だけだし一合でいいよ」


「米を研ぐ? 砥石的な? 一号? 技の?」


「あー……。理解した。手伝わなくていいから、待ってて」


「役立たず?」


「手伝ってもらえることがあれば言うから」


「ん……」


 良太朗は米をザルに入れてシンクでおがみ洗いしていく。ほのかは興味深そうに良太朗の手元を覗いている。


「米をとぐっていうのは、こうやって洗うことだよ。洗わないとぬかの臭いがごはんに残っちゃうんだよ。力を入れるとお米が割れたりして美味しくなくなるから、優しく手早くあらうのがコツなんだ」


「分かった」


 なにもさせないのもちょっと可愛そうだったから、バジルの葉をちぎってもらったり、グラタンの具材を耐熱皿に並べてもらったりした。そうして出来上がったメニューは、大根と人参の味噌汁と白米、かぼちゃのグラタンと梨のマリネだ。良太朗が自分で食べるだけならもっと簡単に済ませるけど、お客さんも居ることだし気合が入っている。


「美味」


「でしょ? 嫌いって言ってたトマトとピーマンもこんな風に美味しいよ」


「じゃあ良太朗さんは好き嫌いない?」


「えーっと……。大体食べられるよ!」


「嫌いなものある!」


「そうだね……。ブロッコリーとカリフラワーはダメかな」


「わかりみ。モサモサ美味しくない」


 食事が終わり、良太朗はほのかに風呂の使い方を教えて入ってもらう。その間に良太朗は客間に来客用の布団を敷く。収納袋で仕舞っておいたのですこし硬いかもしれないので布団乾燥機で温めておく。そうこうしている間に風呂からあがって来たほのかを見た良太朗は度肝を抜かれた。


「流石にその格好はダメ! ちゃんと服を着て!」


「着てる」


「でもそれ、オーバーサイズのTシャツだけじゃ⁈ ダメだよダメダメ」


「ちゃんとショーパン履いてる。見る?」


「見ない‼ だけどもう少ししっかりしたパジャマとか着てもらえないかな? ほら古い家だし夜はかなり冷えるから」


「他にない」


「わかった。ちょっと待ってて取ってくる」


 良太朗は部屋から、まだ新品に近いジャージの上下を持ってきてほのかに渡して着てもらう。良太朗だって男だから、さすがにそんな誘うような格好でウロウロされると色々とまずいのだ。まあ、夜に冷え込むのも本当のことだけど。


 ほのかが着替えて来たのでお茶を入れ、梨を食べながら話をする。梨ばっかり食べてるけど、農家だとこれは普通なんだよ。大量に取れるしそんなに日持ちもしないからね。聞きたいことはやまほどあるけど、良太朗が口にする前に、ほのかが言った。


「質問」


「なにを聞きたいのかな?」


「露天風呂。あれどこ?」


「あれは……。車でちょっと行ったところにある……」


「嘘。航空写真で確認済み。生えてる草も変。存在しない植物」


「ははは……。えーっと内緒ってことで?」


「ん。じゃあもう聞かない」


 この質問で言いたくないことは聞かないという暗黙のルールが出来てしまったため、良太朗は聞きたいことの全ては聞くことが出来なかった。どちらにしろ、ほのかは明後日には両親と一緒に帰ることになる。聞けなくても問題はないだろう。


   *


 良太朗は近くの駅にでも到着すれば連絡をくれるだろうと思っていたのだが、ほのかの両親は駅からタクシーを飛ばして、午後のまだ早い時間に到着した。ほのかは何故か両親を見て、隠れるように良太朗の背後に回る。


「はじめまして、ほのかの父で神宮まもると言います。こちらが妻の真由まゆです」


「はじめまして、一瀬良太朗です」


「この旅は大変ご迷惑をおかけして……。つまらないものですがどうぞ」


 手渡されたのは◯屋の羊羹ようかん。ほのかの両親は割と形を大事にする人みたいだ。挨拶を終えたところで、良太朗はほのかの両親を客間へと通す。


「じゃあ、ご家族でゆっくり話してください」


 ほのかくらいの歳の子が親になにも言わずにこんなところまできたのだ。家族で話さないといけないことも多いだろう。良太朗はゆっくりと畑仕事をして、そのあとで夕食の準備をすることにした。


 夕食を届けにいくと、良太朗からも話を聞きたいからと言われ、一緒に食事をすることになった。


「一瀬さんは動画投稿もしてらっしゃるんですね」


「そうですね。まだ収益化もできない弱小ですけど一応やってます」


「ずっとそのような仕事を?」


「いえこの春までは都会で働いてたんですけど、やめて実家へと帰ってきたんです」


「理由をお聞きしても?」


「構いませんよ。僕の父親が今年のはじめに亡くなったんですが、仕事が抜けられなくて看取って上げられなかったんです。その時に、仕事のために生活するのはやめようと思いまして。最低限の生活なら十分やっていけますので」


 なぜか良太朗の事ばかり聞かれるが、良く考えてみれば三対一のアウェー状態なんだから当然か。良太朗としては居心地が悪いし、早く明日になって帰ってほしいと願うばかりだ。良太朗は食後の飲み物を取りに行く。と告げて逃げるように客間をあとにする。


「一瀬さん。お願いがあります‼」


 コーヒーを淹れて戻ってきた良太朗は、ほのかの父の土下座と言葉に面食らう。良太朗は慌てて座敷机にお盆を置いて座布団に座る。


「えっと? とりあえず頭を上げてください。いったいどういうことでしょう?」


「ほのかをこの家に置いてやって貰えませんか? もちろん生活費と預かっていただくお礼も毎月欠かさずお支払いしますので」


「いやいやいやいや。普通に考えて無理でしょう」


「そこを曲げて‼ なんとか‼」


「いやいや。だって僕、男の一人暮らしですよ? そんなところにこんな若いお嬢さんを預けるなんて、どう考えても無理でしょう?」


 押し問答状態になっている良太朗とほのかの父の会話に、それまで黙っていたほのかの母が静かに参加した。


「一瀬さんがその気なら、私達に連絡せずに好きに手を出せたでしょう? でも、すぐに連絡してくれました。そういう心配は要らないと考えています」


「それでも、僕だって男なんですよ? いつ間違いが起こるか分からないじゃないですか」


「私もこの人と付き合い始めたのは、ほのかくらいの歳の頃でした。このあともし、なにかあったとしても、それはほのかの判断ですから問題にするつもりはありません」


「でも、どうしてそんな話に?」


「それは──」


 良太朗が聞かされたのは、ほのかの都会での話。もう何年も引きこもっていたこと。やっと部屋から出られるようになったと思ったら、こんなところまで来ていて驚いたこと。このまま連れて帰ったら、また引きこもってしまうだろうということ。話しているうちに感極まってしまったのか、ほのかの両親は涙を流しながら話を続ける。これだけ真剣に頼まれては、良太朗としても真剣に対応するしかない。目をつむりじっくりと考えを巡らせたあと、良太朗は考えたことを話す。


「わかりました。でも、いくつか条件があります。まず、最低でも週に二回はご両親に電話すること。通信制でも大検でもいいので高卒の資格をちゃんと取ること。それに、農業も少しは手伝うこと。これを守って貰えるなら」


「ん! 全部守る!」


 こうして良太朗とほのかは同居することになった。

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