第8話 ハウスツアー

 良太朗は近くの駅まで送ると言ったのだが、ほのかの両親はそれを断ってタクシーを呼んで帰っていった。


「さて、ここに住むことになったわけだけど、まず家を案内しようか。どこから見たい?」


「ん! あれ!」


 ほのかが指さした先にあるのは、はなれとアンテナタワー。まあ一〇メートル以上あるタワーは不思議に見えるよな。良太朗が小中学生の頃にも、新しく出来た友達が遊びに来るたびに「あれはなんだ?」と質問されたものだ。


「あれかー……。まあ気になるよな。ついてきて」


 離れにつくと良太朗は扉の鍵をあける。薄暗い部屋には椅子と大きめの机、机には埃よけの布がかけてある。良太朗が誇りが舞わないように丁寧に布をのけていくと、無線機が並んでいるのがあらわになる。


「メカ! なにこれ?」


「アマチュア無線機だよ。外のタワーのアンテナで交信できるんだよ」


 良太朗は無線機の電源を入れる。二メートルも四三〇も静かなものだった。良太朗がここを使っていた十数年前には、まだそれなりに交信している人がいた。一抹の寂しさを感じながらも、ほのかに交信を聞かせるために二〇メートル帯に合わせる。すぐにCW交信(モールス信号による交信)が聞こえてきた。


「モールス! 凄い!」


「もともとは僕の父親の趣味なんだけどね。影響されて僕もやってたんだよ。大学に進学してからは趣味から離れちゃったんだけどね」


「良太朗もモールスできる?」


「出来るよ。免許もコールサインが失われるのが気になって更新し続けてるからね」


「コールサイン?」


「うん。呼出符号。世界で唯一自分だけのものっていうのが子供心に嬉しくてね」


「楽しそう」


「楽しいよ。戻ってきたし再開するのも良いかもしれないな」


 良太朗は無線機の電源を落とし埃よけの布をかけ直す。電気を消して離れの鍵をかけなおす。


「で、あっちが蔵。その隣が納屋で農機具とかが仕舞ってある」


「蔵。お宝?」


「残念ながらガラクタばかりだよ」


「他に見ておきたい場所はある?」


「鳥居! 裏庭?」


「んー鳥居か……。まあ行ってみようか」


 良太朗とほのかは母屋にもどって裏庭へと向かう。これから同居するわけだし、異世界(仮)のことを隠し続けるのも無理だろう。大丈夫だと思うけど、一応ほのかには釘を刺しておくべきだろう。


「もう一つだけ、条件を追加してもいいかな?」


「内容次第」


「これから見るものは内緒にして欲しい」


「鳥居のこと?」


「その関連のこと」


「ん。わかった」


 良太朗が案内して裏庭に出ると見慣れた鳥居がある。良太朗には見慣れた光景だけど、ほのかは実物をみるのが初めてだ。どういう感情なのかはわからないけど、ほのかはほうと息をいて鳥居を見つめている。


「おお。感動。動画のまま」


 嬉しくなったのかほのかは小走りで鳥居へと向かうと、良太朗が止める暇もなく鳥居をくぐってしまう。


「あ!」


「ん? お参りダメ?」


 良太朗の予想とは違い、ほのかは普通に鳥居をくぐった向こう側に立っていた。叱られた子犬のように不安そうな表情で良太朗を見ている。


「いや、ごめん。お参りしてくれると嬉しい」


「ん!」


 ほのかはそのままお社へといくと、柏手かしわでを打って手を合わせる。良太朗は毎日のお参りをするために鳥居の脇を通って向かっている。なぜなら鳥居をくぐると必ず異世界(仮)へと移動するからだ。なのに今、ほのかは普通に鳥居をくぐってお社にお参りしている。


 もしかしてもう異世界(仮)へは繋がっていないのだろうか。これは確認する必要がある。良太朗は覚悟を決めて鳥居をくぐる。


「あれ? やっぱりここに出るのか……」


 良太朗はいつもの草原に立っていた。ここ数日放置したままの物置もちゃんとある。不思議に思ってまた鳥居をくぐって裏庭へと戻る。


「良太朗。今の何? 消えた」


 ほのかは小走りで良太朗のところへと戻って来る。


「うーんと、僕が鳥居をくぐると例の草原に移動するんだよ」


「ワープ?」


「そんな感じ。昨日ほのかも言ってたけど、どうやら露天風呂の草原はこの世界じゃないっぽいんだよね」


「異世界転移! カッコイイ!」


「でも、ほのかがくぐっても転移しないし不思議だな」


「一緒じゃないとダメ?」


「試してみようか」


 良太朗が差し出した手を、ほのかはぎゅっと握る。軽い感じで話してるけどやはり緊張しているのだろう。良太朗自身もどうなるか分からないから、どうしても緊張してしまう。


「じゃあ、いくよ?」


「ん! 覚悟完了!」


 良太朗がほのかの手を引いて一歩踏み出すと、そこはいつもの草原だった。隣を見ると手を繋いだままのほのかが立っていた。恐る恐る繋いだ手を離してみたけど、特になにも起こらなかった。転移する瞬間だけ手を繋いで置く必要があるようだった。


「ちゃんとこれたね。ここが露天風呂の場所」


「絶景」


 ほのかはちょこちょこと歩き回っては色々見ている。ブルーシート持ち上げて、隙間から物置のパーツを覗いてみたりしている。良太朗はそんな様子を見ながら、ふと思いついた疑問を口にする。


「帰りも手をつないでおかないとダメなのかな?」


「不明」


「どうなるか分からないし、試すのはリスクが高いね。やめておこう」


「ん! 安全第一! 現場猫」


 良太朗とほのかはもう一度手を繋いで鳥居をくぐる。いつもの不快な落下感を感じたあと、二人は裏庭へと帰ってきていた。良太朗と手をつないだほのかが、更に他の人と手を繋いだりするとどうなるんだろうか。色々と謎があるが、今のところ試す事もできないわけだし、考えるだけ無駄というものだろう。


「やっぱり転移する時の微妙な落下感はなれないなあ……」


「ん。寝てる時がくってなるやつ」


「そうそう。不愉快だよね。というわけで秘密を守ってほしいのは、この転移のことね」


「ん。誰にも言わない」


「ありがとう」


 良太朗とほのかは母屋へと戻る。そろそろ日も傾いてきたし、今日の夕食の献立はどうしようかと考えていたところで良太朗ははっとした。


「あー……。色々あって忘れてた。今日は動画を更新しないといけない日だ」


「ん。どんな動画か楽しみ」


「それがまだ撮ってないんだよ……。どうしようかなあ」


「蔵で宝探し!」


「それはほのかがやりたいことじゃ? それに蔵には電気が無いから暗くなると無理かな」


「じゃあ、無線!」


「うーん、りこにジャンル違いの動画は良くないって教えてもらったんだよね……」


「りこ? りこぽん?」


「あー……。それも内緒でお願いします」


「了解。そのかわり梨マリネ」


「すごい気に入ってるね⁈ 生ハムまだあったかな? 無かったら明日で」


 良太朗は動画をどうしようかと悩みながら夕食の準備を始める。畑も無理だし、用水路でガサガサも季節的に面白そうじゃないしと、色々考えた結果。ほのかが珍しがっていた台所のことを思い出し、台所ツアー動画を撮影してアップすることにした。


 その場しのぎ適当に決めた内容だし、反応がどうなるか不安だったけど、意外と公表で良太朗はほっと胸をなでおろすのだった。

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