第6話 ほのか襲来

「僕に会いに来たってどういうこと?」


「動画」


「確かに動画配信はやってるけど……」


 良太朗も馬鹿ではない。動画の撮影や配信のときには、車のナンバープレートなんかが映らないように気をつけているし、それなりに身バレには気を使っているのだ。顔出ししている関係上、大人気チャンネルとかになれば話は変わってくるだろうけど、まだ数百人のチャンネルでこんなことが起こるなんて想定外すぎる。良太朗は深呼吸をして気持ちを整える。


「とにかくこんな道端じゃなんだし、家でお茶でも飲みながら話そうか」


「ん!」


 良太朗は軽トラの助手席側のドアを開いて、椅子の上に置いてあるごちゃごちゃとした荷物を、まとめて荷台へ放り込む。ひとりだと助手席って荷物置き場になるよね……。片付け終わった良太朗は、女の子ところへ向かう。片付けている間に靴を履き直していたので、良太朗は立ち上がるのを手伝うつもりで手を差し伸べる。

 あらためて見ても、とんでもない美少女だ。ぱっちりとした大きな瞳に長いまつげ。小さな唇が全て調和がとれている。髪は烏の濡羽色という単語を思い出させるような素晴らしい黒髪で、腰のあたりまでの長さがあるストレートヘアが美しい。真っ白い肌と黒髪の対比が印象的だ。アイドルグループのセンターやってます。と言われても疑わないだろう。


「足、大丈夫? 立てる?」


「大丈夫」


 少女はそう言って良太朗の手を取って立ち上がる。身長は一五〇を超えるか超えないかくらいではないだろうか。グレーを基調としたフェミニンな服装が似合っている。良太朗は道端に置かれているスポーツバッグを持つと、軽トラの助手席に乗せると自宅に向かって車を発進させる。ここから良太朗の家まではほんの数百メートルだ、ものの数分の運転で到着した。


 良太朗はとりあえず玄関を入ってすぐの客間へと少女を案内した。古い家らしく八畳の部屋に座敷机があり、それを囲むように座布団が敷いてあるだけのシンプルな部屋だ。少女にとって和室は物珍しいのか、座布団の上でキョロキョロと様子を伺っている。


「とりあえず、お茶かインスタントコーヒー位しかないけどどっちにする?」


「お茶がいい」


「じゃあ、ちょっとまっててね」


 良太朗は台所にもどると、スーパーで買った生モノを手早く冷蔵庫へ収める。それからお茶の準備をする。お茶請けは昨日収穫した梨を切ったものにした。そうしてる間にも少女がなんの目的で来たのか? どうやってこの場所を知ったのか? など数々の疑問が浮かび上がってくる。


「どうぞ」


「梨! 昨日の?」


「そうだよ。まず君の名前から教えてもらえるかな?」


神宮じんぐうほのか。花鳥でコメント」


「なるほど、花鳥さんなら知ってるよ、いつもコメントしてくれてるからね。いくつか聞きたいことがあるんだけど良いかな?」


「ん」


 良太朗は気になっていたことを色々と質問する。ほのかがこの場所を特定した方法を聞いたときには背筋が寒くなった。


「で、どこのホテルに泊まるの? 予約したホテルの名前はわかる?」


「予約してない」


 良太朗は腕時計で時間を確認する。まだ夕方と言える時間帯だが、これからホテルを探すのはむずかしそうに思える。なにより最寄りのホテルがある街までは、軽トラで送っても一時間近くかかるだろう。


「うーん……。これからホテルを探すのはかなり難しいぞ……」


「大丈夫。ここに泊まる」


「いや。全然大丈夫じゃないから、未成年者を勝手に泊めたりしたら僕が誘拐で捕まっちゃうからね?」


「え? そうなの?」


「そうだよ。だからもし泊めるにしても、ご両親には連絡取らないとダメだよ。ご両親の連絡先教えてもらえる?」


 良太朗は教えてもらえなかったらどうしようかと考えていたが、ほのかがあっさりと両親の電話番号を教えてくれたので、ほっと胸をなでおろす。スマートフォンに教えてもらった電話番号を入力すると、発信アイコンを押す直前にほのかに確認する。


「じゃあ、ご両親に電話するからね? 話の内容がわかるようにスピーカーにしておくから、君からもちゃんと事情を説明するんだよ?」


「ん……。わかった……」


 良太朗が発信アイコンを押すと、数回のコールのあとつながり、男性の声が聞こえた。


『はい。神宮です』


「はじめまして。私、一瀬良太朗と言います。実はですね、そちらの娘さんが私の家に来てまして……」


『えっ? ほのかの事ですか?』


 電話の向こうでバタバタという足音のあと、ガチャリと乱暴に扉を開ける音が聞こえる。


『ほのかがいない。本当にそちらに居るんですか?』


「ん。良太朗さんの家にいる」


『おい! ほのかがどこかへ出かけてるらしいぞ。先方の方が今電話をくれてて──」


 ほのかが返事したことで向こうの様子がより慌ただしくなる。一六歳の娘が消えたら、そりゃあわたしくもなるよね。しばらくして落ち着いたのか、奥さんらしき人物の声が聞こえてきた。


『ほのか? 大丈夫なの?』


「ん、大丈夫」


「それでですね。私がすんでるのが◯◯県でして、今夜のほのかさんの宿泊先をどうしようかと思いまして」


『◯◯県⁈ 近くにビジネスホテルか何かありますか?』


「一応車で一時間ほどいけば街になりますので、ビジネスホテルも何件かはありますが、部屋が取れるかどうかは分かりません」


「良太朗さんの家に泊めてもらうから大丈夫」


『こらほのか! ご迷惑になるだろう。一瀬さん、すみません。ネットで調べてみますので少し時間をください』


 しばらくの間はカチャカチャとキーボードを操作する音がしていた。それが聞こえなくなったあと、小声でなにかを相談するのが聞こえたあと、ほのかの父親はおずおずと言った。


『ネットで調べてみたんですが、空室が無いようでして……。申し訳ありませんがそちらに泊めていただくわけにはいきませんか?』


「すみません田舎でホテルを取るのも大変で……。わかりましたうちに泊まってもらいますね」


 良太朗が了承すると、ほのかはのんきにニコニコと嬉しそうにガッツポーズをしている。男の一人暮らしの家に泊まるというのに危機感とか抱かないのだろうかと、良太朗は少し心配な気持ちになる。


『明日、私共夫婦でほのかを迎えに行きますのでよろしくお願いします』


「わかりました。日帰りは無理ですし、ホテルへの移動も大変でしょうから、明日は皆さんでうちに一泊していってください。農家なものでろくなおもてなしも出来ないですが……」


『それは助かりますが、よろしいんですか?』


「ええ、田舎なので部屋だけは沢山ありますので」


 その後、挨拶を終えて電話を切った良太朗は疲れ果てていた。ネットで甘い言葉をかけて誘い出すような誘拐犯扱いされずにすんでよかったよ。


「疲れた」


「ごめんなさい」


「責めてるわけじゃないから。で、うちに一泊してもらうことになったわけだけど、夕食はなにを食べたい? なんでも用意できるわけじゃないから希望が叶うとは限らないけどね」


「梨のマリネ食べてみたい」


「材料が残ってるからそれは大丈夫。それだけじゃ足りないから他にはない?」


「トマトとピーマン以外」


「トマトもピーマンも採れたては美味しいんだけどな。けど季節が違うからどちらも出ないよ」

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