第5話 殻を破る
声だけとはいえ、最近注目のVtuberりこぽんが参加したことでコメント欄が一気に盛り上がる。
『良太朗さん! 私もそのマリネとビール、それに露天風呂を楽しみたいです。早くコラボしましょうよ』
『いやいや。僕のチャンネルが収益化できるのまだまだ先だよ? それに露天風呂は計画だけで手つかずだし』
『そんなの待ってられませんよ。コラボすればきっと登録者も増えます!』
『既に結構な借りがあるのに、これ以上になったら返しきれないよ』
どこかで拡散されたのか、良太朗の配信の同時接続者がどんどん増えていく。ほのかは親しそうなりこぽんと良太朗の会話にショックを受けてしまう。それは他の視聴者も同じだったようで、二人の関係に関する質問コメントが大量に書き込まれていく。
『えっと私と良太朗さんの関係についてですけど、話しちゃっていい? 良太朗さん』
『そんなにもったいぶるような話でもないよね』
『えー? 実はですねー、良太朗さんのチャンネルの一人目の登録者は私だし、りこぽん通信の最初の登録者は良太朗さんなんです!』
りこぽんの言葉に視聴者たちは衝撃をうける。つまりデビュー前からの知り合いということだ。ほのかがチャンネル登録したときは、たしかまだ登録者八人とかだった。
『まあ動画の撮り方とか、いろいろなことをりこぽん先生におしえてもらったしね』
『そうそう、だから借りとか貸しとか気にせずコラボしましょうよー! 露天風呂入りたーい』
いつのまにか三桁に増えていた視聴者達もコメント欄で阿鼻叫喚の状態になっている。もしかして本当にこの二人は付き合ってたりするんだろうか……。タイミング良く、風月からのメッセージがポップアップ表示される。
《花鳥、この二人怪しくない? リアル知り合いなのは確定だけど、それ以上に見えるんだけどw》
《年の差》
《それなら花鳥のほうがあるんじゃないの? りこぽんはプロフィール二十歳だよね?》
ほのかは風月のレスに反応することが出来ない。ほのかがいくら好意をむけてもチャンネル登録者の一人でしかない。それは分かっているけど気持ちは止められない。配信では二人の会話が続いている。
『それはダメ。自力で収益化するのは僕の大切な目標だからね。今日みたいな不意打ちはやめてね』
『ちぇ……。残念。梨食べたかったなあ……』
『梨なら箱詰めして送ってあげるから』
『ほんと? やったー私もマリネ作ってみよ!』
『じゃあ、あとで住所をメッセージで教えてくれるかな?』
『いいとも〜!』
『では、このあたりで配信は終了しますね。また〜!』
配信画面には最後に見せた良太朗の笑顔と、この配信は終了しました。の文字。それなのにコメント欄はまだ視聴者たちが書き込み続けている。「梨送るなら近所では無いよな」「住所も知らないなら付き合ってるとかは無いっしょ」「いやいや、全部フェイクで隣に住んでるのかも?」「それはないね。りこぽんが都会ぐらしなのは配信でバレてるし」などなど……。ほのかは流れていくコメント欄をぼんやりと眺め続けるしか出来ない。
《なんかごめん……》
《大丈夫》
《それ、大丈夫じゃないやつ……。いっそもう会いにいっちゃうとか? なーんて、私達には無理だよね……》
ほのかは、このあとの風月とのチャット内容を思い出せない。風月が冗談で言ったであろう一言が、ほのかの心をかき乱す。会いに行く? 無理。部屋を出て、バスに乗って、電車に乗って、飛行機に乗って、また電車に乗って、バスに揺られて、八〇〇メートル歩けば会える。ほのかは今までも何度か、良太朗に会いに行くことを考えて交通手段を調べたことがある。でも、その間にどれだけの人の視線にさらされるのだろう。怖い。でも、直接会ってみたい……。
日が変わるまでぐるぐると悩み続けていたほのかは、寝る直前に航空機のチケットをオンラインで予約した。最低限必要な着るもの以外で、親から渡されていたクレジットカードを初めて使った瞬間だった。
*
良太朗は買ってきた組み立て式の物置を、異世界(仮)に運び込むため格闘していた。鳥居は裏庭にあり、裏庭に出るためには屋内を通るしかない。つまりふたつの箱に梱包された物置を手で運ぶ必要があるのだ。ふたつ合わせて百キロを超える大荷物だ。軽トラで裏庭に出られたら、どれだけ楽なことか……。
「キャリーカートも買ってきておいて正解だった。抱えて運んでたら腰をやるところだったよ」
並んでいた中で一番耐荷重の大きいカートを選んだけど、それでも八〇キロまでだから二往復する必要があった。なんとか予定の場所に運び終わった良太朗は、梱包を置いたブルーシートの上に転がり、空を見上げる。良太朗の住んでいる場所も田舎で空気はきれいな方だが、ここはさらに段違いで空気が澄んでいる。抜けるような青空を雲が流れていく風景は、いつまでも見ていられそうだ。
「あー……。りこに梨も送らないとか。よし、休憩おわり」
起き上がった良太朗は、梱包を開いて説明書を取り出す。必要な道具などを確認しようとするが、一ページ目でいきなり問題にぶち当たる。それは、最初の注意事項の欄にあった[最低二名、できれば三人以上で組み立ててください]の文字。
「うーん、これは参ったなあ……」
同級生たちで地元に残ってるのは良太朗くらいだ。かりに残っていたとしても、鳥居をくぐれば異世界(仮)なんて話は出来ないよなあ。異世界(仮)側で協力者が居れば問題ないけど、そんな相手もいない。
「まいったな……。詰んだかも? けどまあ、悩んでもなにも始まらないか」
良太朗はもう一度説明書に目を落とす。どうやら工具類の他に土台を組むための材料が必要なようだ。木材で組む方法が紹介されているけど、腐敗して悪くなりそうな気がする。ここは日本と同じように湿気が多い環境だから、コンクリートブロックとかを並べて土台にしたほうがよさそうだ。方針がきまったところで、良太朗はブルーシートで梱包をつつみ、近くに落ちていた大きめの石を重しにして家へともどった。
梱包した梨は運送会社の支店に直接持ち込む。良太朗は生モノはできるだけ支店に持ち込むことにしている。代理店も存在しているが、一日余分にかかったり、冷蔵便は使えなかったするからだ。結局、昨日の配信は非公開にする羽目になったし、ちょっとした意趣返しとして着払いで送ろうかなとも思ったけど、りこ本人じゃなくて同居家族が受け取る可能性もあるかと思い直した。
ホームセンターでは、足りない工具とコンクリートブロックを買って軽トラに積み込む。ホームセンターの商品の充実具合だけは都会に負けてない。ただ、ちょっと長期在庫品が目立ったり、最新のオシャレ系商品は弱かったりする。最後にスーパーに寄って食材を買い込む。野菜類は自給できるから、魚や肉をはじめ加工品や調味料などが中心の買い物になる。それと冷凍食品。都会で自炊しているときにはわからなかったけど、自分で育てると季節の野菜、いわゆる旬というものがよく分かるようになった。やはり旬の野菜が一番美味しい。
「旬の野菜でちょっと変わった料理を作るのは動画ネタによさそうだな」
買い物を終えて家に帰る途中、道端に座り込んでいる女の子が目に入った。このあたりで見かけた覚えのない子だ。近所の人の親戚のコだろうか。よく見ると靴を脱いでいる。脇に置かれている靴は真新しいものに見えるし、マメでもできたのだろう。
良太朗は軽トラを端に寄せて止めて車を降りる。女の子に近づいていくと、こちらを警戒しているのか、怯えているのか、硬い表情をしている。
「どこの家に行くのかな? 軽トラだけど送ってあげようか?」
「う……」
「そうだね。急に知らない人に声をかけられたら怖いよね。あ、そうだ」
良太朗は軽トラに戻ると、ドアポケットに入っている絆創膏を何枚か取り出す。女の子に近づきすぎないように気を付けて、ギリギリの距離で絆創膏を差し出す。慣れてない野良猫を触ろうとするときのような気分だ。
「これ、絆創膏だけでも貰ってくれないかな? マメの部分に貼れば歩けると思うから」
「違う」
「絆創膏も要らなかった? ごめんね。じゃあ僕は帰るから……」
「まって」
「ん? やっぱり絆創膏いる?」
「ちがう。良太朗さんに会いに来た」
「え?」
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