第4話 梨

    *


 農閑期というだけあってやることが今は少ない。良太朗は朝からコス◯コへと物置を買いに行く準備をする。ついでに老人向けのグループホームに居る母親の顔を見に行こう。手土産に梨をいくつか持っていくために果樹畑へと向かう。良太朗は母親と同居して面倒を見るつもりだった。なのに母親は迷惑を掛けるつもりはないし、そのために準備してきたんだと言って、さっさと引っ越してしまった。


 良太朗は果樹畑で果実袋の中を覗いて、良さそうな梨を見繕っていく。もう全部収穫して良さそうだし、帰ってきたら梨収穫ライブやろうかな。良太朗も自分でやるようになって初めて知ったことだけど、この果実袋も地味にコストかかるんだよね。


 梨を収穫し終えた良太朗は、配信する時のカメラの位置をどうするかなどと考えながら果樹畑を離れる。その時ポケットのスマートフォンから通知音が鳴った。良太朗がマートフォンを取り出して確認すると、りこからのメッセージだった。


《良太朗さん! 露天風呂凄いです! コラボするときは一緒に入りましょうね!》


《コラボなあ……。僕の登録者の増え方だといつになることやら。それはともかく、一緒に入るのは無理があるだろ》


《水着を着れば大丈夫です!》


《またコメント欄が荒れそうだから、ひとりで入って貰いたいなあ……》


 いつだったか、りこが配信の中で良太朗のチャンネルを紹介した時のこと。りこと良太朗の関係を邪推した、いわゆるガチ恋勢がコメント欄を荒らすという事態が発生したことがある。


《あー……。その節はご迷惑をおかけしました……。》


《いや、りこは悪くないから。それにみんな分かってくれたみたいで、時々コメントもくれるようになったんだよ》


《あれ本当にすごいです! さすが良太朗さんです。普通はそうはならんやろって感じですよー》


 良太朗が誠心誠意コメントに対応した結果、荒らしていた人たちの態度が軟化して、良太朗の動画や配信にコメントをつけてくれるようになった。りこは驚いているけどレスバをしても仕方がないし、サラリーマン時代のカスハラ対応に比べれば可愛いものだ。


 買い物を終えて戻ってきた良太朗はライブ配信の準備を始める。クーラーボックスとスマートフォンに三脚、その他諸々を持って果樹畑へ。いまだに収益化も出来ていないし、スマホでの配信なのは変わらない。だけど、機種変更をすることで、旧スマートフォンをセカンドとして使うことで、カメラ二台体制になっている。

良太朗のチャンネルだってちゃんと進化しているのだ。


 配信開始時間まであと数分。用意したテーブルと果樹畑が映るように一台目のカメラをセット。もうひとつは手元が映るようにネックホルダーに取り付けてある。テーブルに置いたノートパソコンの配信アプリを起動すれば準備完了。母屋から離れているせいで少しWifiが弱いが接続に問題はなさそうだ。


    *


 神宮ほのかは、突然予告されたライブ配信を待機しながら、風月とチャットをしていた。


《梨収穫ライブ? これを見たがるなんて花鳥やっぱ謎だわー。梨好きなんて言ってなかったよね?》


《梨はどうでもいい》


《ふうん。じゃあこの農家さんが気になるんだ?》


《ん。始まる》


 ほのかはノートパソコンの画面に集中する。しばらくするとライブが始まった。いつものようにちゃんと配信出来ているか気にしてまごまごする様子の良太朗に、思わず頬がゆるむ。


「ふふっ」


 ほのかは配信のチャット欄に、ちゃんと始まってますよ。とコメントを書き込む。数秒のラグがあって良太朗の画面に表示されたようで、安心したような顔でカメラに向き直った良太朗は口をひらいた。


『花鳥さんいつもコメントありがとうございます。大丈夫そうなので梨を収穫していきますね』


 ワイプで表示されている手元カメラの映像には、果実袋をかけられた梨を丁寧な手つきで収穫していく良太朗の手元が映っている。


『実は朝に少しだけ収穫したんですけど、梨の収穫って高校生の時に手伝いでやってた以来になるんですよね。なのでかなりブランクがあって手つき怪しいですよね。すみません』


 ほのかのノートパソコンにSNSのメッセージの通知が表示される。どうやら風月も配信を見続けているようだ。


《ねえ、これ本当に面白い? この農家のどこがそんなに気に入ってるの?》


《全部》


《全部って……。好きすぎだろ》


 ほのかは、はじめて良太朗の動画を見たときから、物腰の柔らかさや、作業の丁寧さに安心感を覚えていた。好感が好意に変わったのは、りこぽんとかいうVtuberのガチ恋勢が、コメントを荒らしてた時だと思う。


 彼らが書き込んでいた内容は、大手配信者なら法的手段をとるようなひどいものばかりだったが、良太朗は法的手段どころかブロックすらしなかった。そんな甘い対応に調子に乗ってさらにエスカレートした書き込みに、耐えられなくてほのかが反論として書き込んだ内容にも、応援はうれしいけど攻撃的な内容はダメだよ。というようにたしなめられた。


 ガチ恋勢たちも毒気を抜かれてしまって、最終的には謝罪のコメントをしたり、良太朗のファンになったりしている。そういった一連の流れからも良太朗の人柄が見て取れて、ほのかは良太朗に好意をいだくようになっていった。


《お、梨の収穫は終わったみたいだけど、これで配信終わり?》


《いつもは料理とかする》


《とれたもので?》


《ん》


 配信では梨の収穫が終わった良太朗が、テーブルに置いたまな板の上に不揃いで形の悪い梨をいくつか並べている。テーブルの側に置いてあるクーラーボックスから、包丁と生ハム、それと調味料などを取り出しながら話す。


『形がよくないこれらの梨を使って〔梨と生ハムのマリネ〕を作って行こうと思います。形は悪くても味は美味しいんですよ』


 画面の中で良太朗は手早く梨の皮を剥いて、芯を外し一口サイズに切っていく。


《ほんとだ。梨と生ハムのマリネってちょっと味の想像つかないな》


《きっと美味》


 コメント欄に、いつ見ても包丁さばきが良い。と良太朗を褒めるコメントと、たいしたことない、とけなすコメントが投稿される。同時接続一桁の配信だから、良太朗はこまめにコメントに返信してくれる。


『ありがとうございます。大学生の頃から十年以上は自炊してますからね。多少手慣れてるのはあります。でも料理人として働いたりしていたわけじゃないので、つたない部分もあると思います』


 良太朗は同じく小さく切った生ハムと、みじん切りにしたバジルを梨の入ったボウルに入れていく。ほのかも我慢できずに、美味しそう。とコメントする。


『レシピにはワインビネガーって書いてあったんですけど、あまり使わないものなのでリンゴ酢で代用します。オリーブオイルと一緒に和えて完成です! 花鳥さんいつもコメントありがとうございます。そうですとっても美味しいんですよ!』


《名前覚えられてるじゃんw》


《ん。コメントしたひと全員覚えてる》


《こういう小規模な配信の距離が近い感じはいいよねー》


《ん》


 良太朗は完成したマリネを器に盛り付ける。桜色の生ハムと純白の梨の果肉が、オリーブオイルでつやつやと輝いている。鮮やかなバジルの緑がいいアクセントになっている。

 良太朗がクーラーボックスから缶ビールを取り出して、プルタブを起こすと、プシュっという小気味いい音がする。


『これで完成です。簡単ですね。さっそく食べてみます。生ハムの塩味とリンゴ酢の酸味を梨の甘さでマイルドになっててとても美味しいです。ビールにも良く合いますね!』


 良太朗が美味しそうにマリネをつまみながらビールを飲む。するとスマートフォンから特徴的な着信音が大きく鳴り響く。メッセージアプリの通話着信音だった。良太朗はかなり慌てた様子で応答を始める。


『今配信中なんだけど……。え? うん? スピーカーにしろ? えーっとスピーカーに切り替えろということなので切り替えますね』


 良太朗はマートフォンをスピーカーに切り替えてテーブルの上に置く。


『視聴者のみなさんこんばんはー。りこぽん通信のりこぽんです!』

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