第3話 露天風呂計画
二
異世界(仮)の草原を探索した結果、鳥居からほど近い場所に小川が流れているのを発見した。それ以外には特にめぼしいものは見つからなかった。今のところは森に囲まれた草原である事しか分からない。
ネット通販で買った水質試験紙で小川の水を調べてみたら、水質は飲めるレベルできれいだという結果になった。細菌や寄生虫が怖いから飲む気にはならないけど、風呂にする分には問題ないだろう。
「新企画です。ここに露天風呂を作っていきます。温泉じゃないのが多少残念ですが、これだけのロケーションなので贅沢は言わないでおきます」
良太朗はぐるっと風景を見渡すように撮影する。実際のところ、セリフや解説は別で録音したほうが動画自体の出来上がりはいい。両方ためしてみたとこころ、こちらのほうが良いと、初期の動画からコメントをくれている人がいる。そしてなにより別撮りはものすごく時間と手間がかかるのだ。
「おっと、鳥居が映った。ここはカットしないとな」
鳥居と露天風呂の間に、小屋のようなものを配置したほうが良いかもしれない。脱衣所代わりにもなるだろうし、道具なんかを置く場所にもなる。明日にでもコス◯コに買いに行くかな。ちょっとした小屋サイズの物置が売っている。さすがのアメリカンサイズだ。そうなると、いつもの金曜夜の投稿は無理そうだ。短い予告編でも作っておいたほうがいいな。いつでも好きな時に見られるのが動画サイトの長所だと思っていたけど、意外と曜日ごとなどの習慣で見ているのだ。
「この小川の水を風呂まで引いていくことになります。塩ビパイプなんかで作るのが良いんでしょうか? それともDIYらしく竹とかを持ってきたほうが良いのかな? コメントで意見を貰えると嬉しいです」
小川から露天風呂予定地までを撮影しながら歩く。距離的には数十メートル程だから、水を引くのに苦労はしないだろう。湯船はどうするのがいいんだろうか。露天風呂というと、檜風呂が真っ先に思い浮かぶ。
「湯船はどうしましょうか……。檜風呂が良さそうな気もするけど、耐久性とコストを考えたら岩風呂かなあ。なんせ岩なら自分の山から持ってくればタダですしね。これもコメントを参考にしようと思います」
最後に湯船を作る予定の場所で、目線の高さで撮影する。眼の前に広がるのは人工物が一切ない草原。生えているくさも丈の低いものがメインだから、本当に見晴らしがいい。ここでゆっくりお湯に浸かるのが楽しみで仕方ない。
「この景色を見ながらのお風呂楽しみですね‼ 普段あまり呑まないんですけど、日本酒とか楽しみながら浸かるのも最高そうです。以上、短めの予告だけになってしまいましたが、次回以降の展開も楽しみにしててください!」
動画を締めくくって自宅へ帰る。下調べなんかも含めると、すでに何度も鳥居をくぐって行ったり来たりしている。だけど、どういう原理で別の場所に繋がっているのかは一切分からないままだ。一時期流行っていた線量計での放射線測定をはじめ、素人なりに色々と調べてはみたのだけどね。
自宅に戻った良太朗は、動画を投稿するためのサムネイルを作ったりといった作業をする。小一時間ほどで動画の予約投稿が終わる。まだ日は高いし、そろそろ梨がいい感じに熟れてきているから、お月見以来久しぶりで梨の収穫ライブをやるのも良いかもしれない。いろいろと候補はあったけど、結局良太朗はなにもせずにベッドに入るのだった。
*
ほのかの一日は殆どをネット上で過ごしている。要するにSNSを見たり、無料ゲームを遊んだり、動画を見たりそういった事で時間を浪費している。そして家族が寝静まった深夜。こっそりと部屋を抜け出して母親が用意して、ラップをかけてくれている食事を食べる。そのあと軽くシャワーを浴びる。
両親も年の離れた兄もほのかが引きこもっている事に対して、心配はしてくれてはいるが、何かを言ってくるようなことはない。父親にいたっては、気が紛れるなら自由に使いなさい。というメッセージをつけてほのか名義のクレジットカードをくれた。とは言っても使うのは着るものくらいだけど。
引きこもりはじめて最初の数ヶ月のことはあまり覚えていない。いろんなことで思考も心のぐちゃぐちゃでどうにもならなかった。もちろん、ほのかもこのままで良いとは思ってないし、なんとかしたい気持ちも強い。だけど、何をどうすれば良いのかも分からないし怖い。そして変わりたくても変われない。無駄に一日を過ごして自己嫌悪する。
ほのかはノートパソコンで動画サイトをチェックする。今日はお気に入りチャンネルの更新があるはずだ。そのチャンネルの名前は〔良太朗の農業生活〕だ。動画サイトのおすすめに出ていた新人Vtuberのライブで紹介されていて、新人が別の配信者を宣伝しているのが不思議に思ったのがきっかけ。それ以来見続けている。
「露天風呂? 予告編? 謎」
ほんの一分ほどの短い予告編。今までこれだけ急に企画を初めたことはなかった。そもそもこれだけ見晴らしの良い場所があるのなら、前から登場させておけばよいのに……。考えれば考えるほど不可解な気分になっていく。
ほのかはSNSで親友に相談してみることにした。親友とは言っても顔も名前も知らない。知っているのは〔風月〕というハンドルと、関東のどこかに住んでいる事くらい。風月のほうも同じで、ほのかのことは〔花鳥〕というハンドルくらいしか知らない。仲良くなったきっかけは当然、花鳥風月という四字熟語からハンドルをつけている事だった。
《これ見て〔動画リンク〕》
《これって例の農家さんの動画でしょ? なんか面白そうなこと始めるんだね。私も見てみようかな?》
風月からの返事はすぐにあった。風月もほのかと同じく引きこもり生活を送っているのだ。だけど、ほんかとは違って両親からは責められていて険悪な状況らしい。ほのかと風月は悩みなどをお互いに相談し合う仲でもある。顔も名前も知らないからこそ、家族にも言えないことでも気軽に話せたりするものなのだ。
《面白い。けど謎すぎ》
《うーん。ずっと追いかけてるわけじゃないから、どこが謎なのかわからないよ》
《唐突に草原。露天風呂》
《まあ、確かにそうだねー。これだけ広い土地用意できるなら、動画初期から使ってそうだもんね》
《ん。わかるでしょ謎》
《なら、住所特定して地図アプリで確認してみれば? 花鳥、そういうの得意でしょ?》
ほのかの特技の一つが動画や写真、SNS投稿などから情報を読み取るOSINT(オープン・ソース・インテリジェンス)だ。良太朗のチャンネルならば、ライブ時の日の入りの時間や雨の状況、田畑の土手の植生などで既に特定してある。
《もうやった。でも、あんな草原はない》
《さすが花鳥。相変わらずちょっと引くくらい凄いわ……。そうなると確かに謎だけどさ、ぶっちゃけ引きこもりのウチらには関係無いような気がするんだけど》
《そうだけど、んう……》
《そう言えば、昨日話してた──》
良太朗のチャンネルに関する話はそこで終わり。ほのかはあっちこっちと迷走しながら続いていく、風月とのメッセージのやり取りを楽しむ。しかし、良太朗のチャンネルの謎がほのかの頭から離れることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます