第2話 動画制作入門
ショートパンツにオーバーサイズのスウェット。加えて布で出来たトートバッグ。ボーイッシュな私服姿のりこは、年相応の可愛らしさがある。良太朗はなおさら話の内容が予想つかなくなっていた。
「じゃあ、ちょっと歩きませんか?」
すたすたと店を出ていくりこを、慌てて追いかける良太朗。店の外はまだ早い時間だというのに、既に暗くなっていた。数日前までは吐く息も真っ白だったが、今日はそこまでではない。ゆっくりと、春が近づいて来ていることを感じる。
良太朗とりこは少し歩いたところにある公園に入る。名前もわからない小さな公園。良太朗はたった一台だけある自動販売機にコインを入れて、缶コーヒーのボタンを押す。コ゚トンという音だけが、静かな公園に響く。
「りこさんは、どれにする?」
「〝りこさん〟じゃなくてりこで大丈夫です!」
「じゃあ、りこはどれにする?」
「えっとじゃあ、ココアでお願いします」
良太朗はココアを買って、側にあるベンチに腰を下ろす。りこも良太朗の隣にすわる。良太朗はりこにココアを手渡した。プルタブを引き開けて、コーヒーを一口飲んで切り出す。
「で、話というのはなんだろう?」
「あの……。私が映像系の専門学校に通ってることは話しましたよね?」
「確かに聞いた覚えがあるね。あと一年で卒業だっけ?」
「そうなんです。それで学校で習った技術を使って、やりたいことがあるんです……」
りこはまだ開けていないココアの缶を、両手で包むようにしている。少し言い淀むような様子をみせたあと、まっすぐに良太朗の目を見て言った。
「Vtuberをやりたいなって思ってて。それで、あの、最初の視聴者になってもらえませんか?」
「それは構わないけど……」
「良いんですか? 配信サイトのアカウントはありますか? 今すぐ登録してもらっていいですか?」
良太朗だって動画サイトは見るし、なんなら時々コメントだってする。スマートフォンを取り出すと、動画配信サイトを開いて見せる。
「えっとチャンネル名は、〔りこぽん通信〕になります!」
良太朗は言われるまま、検索窓にチャンネル名を打ち込む。検索結果はすぐに表示され、りこのチャンネルが表示される。登録者はまだ一人もいない。それも当然で、ヘッダー画像どころかアイコンすら登録されていないし、当然動画もライブのアーカイブもまだ存在しない。
「これって、本当にまだ始める前なんだな……」
「はい、先月にやっとアバターをお願いするための貯金が溜まったので、アイコンなんかもまとめて納品は来月くらいになるそうで……」
「ふうん。じゃあ最初の配信も見逃さないように通知もオンにしておかないとな」
言いながら良太朗はスマートフォンを操作して、チャンネル登録と通知をオンにする。情報はすぐに反映され、登録者数は一人になった。
「ありがとうございます!」
「でも、どうして僕なんだい? 僕よりも周りの友達とか、家族とかにお願いしたほうがいいんじゃないのか?」
「それは、ちゃんと私の話を聞いてくれるのが、良太朗さんだけだったからです」
「と、いうと?」
「ふつうのお客さんは、良太朗さんみたいにちゃんと話を聞いてくれないんです。『どうでもいいから早くレジしろ』とかだとまだマシな方で、ひどい人だと『黙れ』とかって怒り出したりしますし……。『こんにちは。いつもありがとうございます』って言っただけでそれですよ? ひどいと思いませんか?」
りこは色々思い出しているのか、ぷりぷりと怒りながらそんなことを言う。良太朗のように話しかけらられたら普通に対応する。というのはレアらしい。たしかに、疲れているときに話しかけられると、面倒に感じるのはわかるけど……。
「なるほどなあ……。そういう人が多いのか」
「そうですね。だから良太朗さんにはお願いしようと思ってたんです」
「学校の友だちなんかには頼まないの?」
「家族には頼もうと思っていますが、学校の友達はナシですねー。前にVtuberはじめた子居たんですけど、収益化できそうってなったところで本名や住所をさらされたんですよ。その子はそれが原因でチャンネル消しちゃったんです。それで、本名や住所なんて、学校でつながりのある人くらいしか知らないはずだって。友達だと思ってた相手に潰されるだなんて、ほんと怖いですよね」
「確かにそれは怖いなあ……」
出る杭は打たれるとは言うけど、足を引っ張ったところで自分が浮き上がるわけじゃないのにな。嫉妬が七つの大罪に入ってるのにも納得する。
「良太朗さんは、田舎に帰って農業をやるんですよね?」
「そのつもりだよ。求職するにしても、失業保険が貰えなくなってからになるかな」
「それなら農業動画でチャンネル開設しませんか? 田舎暮らしやDIY系のチャンネルは、人気のあるジャンルですし」
「田舎の農業生活をやってみたい人は多いのか」
「はい。たくさん居ます。 だからといって必ずバズるわけじゃないですけど……。きっと楽しいと思います」
結局のところ、お金を稼ぐために必要なことは分かりきっている。みんながやりたくないと思っていることをやるか、やりたくても出来ないことをやるか。これしか無い。前者で言えば、良太朗が努めていたような会社もそうだろう。自分の時間を切り売りしてお金に替えるような仕事だ。後者はりこが目指しているVtuberもそうだし、プロのスポーツ選手なんかも当てはまる。農業動画もその一つということになるだろう。ならば割といけるのではないか。
「確かにちょっと面白そうではあるけど。でもなあ……。動画撮影となると機材とかもお金が掛かりそうだからなあ……」
「カメラなら、そこに付いてるじゃないですか」
りこが指差す先は、良太朗が手に持っているスマートフォン。たしかにカメラ機能はついている。良太朗は普段写真も動画も撮ることがないから、すっかり存在を忘れていた。
「こんなオマケで付いているようなカメラで大丈夫なのか?」
「スマホメインで撮影してる投稿者、意外と多いですよ。大切なのは機材よりネタと構図です!」
「なるほどなあ。他に必要なものはなにかある?」
「そうですね。スマホだけでもなんとかなりますけど、パソコンがあると編集が楽になりますね。あと余裕があれば、マイクだけは良いものを選びたいです」
「パソコンはノートでもいいのかな? それにマイクが大事なの? 動画なのに?」
「はい。マイクは大事ですよ。安いものだと高音がキンキンしたり、低音がボソボソしたりで見続けるのがしんどくなりますから」
「へえ……、知らないことばかりだな」
良太朗は手に持ったスマートフォンで、動画制作に関する情報を検索していく。ココアを飲みながら良太朗の様子を見ていたりこは、なにか思いついた風で言った。
「引っ越しまでの期間、私が動画制作について教えてあげますよ」
「それはありがたいけど、いいのかい?」
「いいですよ! でも、良太朗さんが投稿を始めたら、私のチャンネルを宣伝してくださいね」
「そんなことでいいなら」
こうして良太朗が実家へと戻るまでの一月ほどの間、りこから動画制作のノウハウを学ぶことになった。
良太朗が実家へと戻る前日。今までのお礼にと、良太朗の奢りでやってきた、ちょっとだけ高級なレストラン。良太朗が学んだ技術に対して、釣り合っているとは言えないお礼だけど、りこは満足してくれたようで楽しく食事が進んでいく。
「私と良太朗さんのチャンネル。どちらも収益化できたらコラボしましょう」
「いいね。楽しみにしてるよ」
良太朗とりこはそう約束して、各々の道を歩みはじめた。
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