第17話 人を雇う⑥

「ライズ、好きな物頼んでいいわよ。ここは私のおごりよ」

「そんな申し訳ありません」

「遠慮する必要はないわ――――ここは、私とあなたの交渉の場でもあるのですから。あなたを雇いたいと持ち掛けたのは私で、この場を提供するのは私の誠意でもあるわ。もちろんこの交渉を断るのはあなたの自由だし、私のわがままといっても過言ではないわ」

「滅相もございません」

「もちろん、これは私個人としての交渉であって、ケンベルク家とは何ら関係のない話だから、断っても報復をあなたが受けるということもないわ。――――とりあえず乾杯としましょ!!」


 二人が座っている席に若い女性の店員がやってきて、テーブルにジョッキを二つ、威勢よく置く。


「では、ごゆっくりお楽しみになさってください」


 ライズとリーシャは、ジョッキを片手で持ち上げ、周りの客がしているように、盛大にジョッキをぶつけた


「「乾杯!!」」


 ライズは、お嬢様とお酒を酌み交わす場で、残すなんてあってはならないという感じで、勢いよくジョッキの中のビールを飲み干した。


 一方のリーシャは……


「苦い……よくこんなものが飲めるわね。私にはとてもじゃないけれど、これがおいしいとは思えないわ」

「お嬢様にはまだお早い年ですし、私もこれがおいしいと思えるまでは多少なりとも時間を要したものです」

「でも少しくらい減らしておかないと怪しまれるわよね」


 リーシャは一度置いたジョッキを再び持ち上げて、我慢するように目をつむって無理やり胃に流し込もうとする。


「お嬢様!!ご無理をなさらずに!!っていうか飲んではなりませんよ!!」

「こっこれくらい平気っ――」

「いけませんお嬢様、これは私が頂きます」


 ライズは強引にリーシャが手に持つジョッキを奪い取ると、それすらも一気に飲み干した。


「ちょっと!!なんで私の分も飲み干すのよ。私の分の飲み物なくなったじゃない」

「飲み物ってこれは”お酒”です。お嬢様の年齢で口にするものではありませんよ」

「それは分かってるけど……なんか、これじゃ私がお子様みたいじゃない。これからライズの主になるというのに……はっ!!」


 リーシャは何かを思い出したかのように我に返った。


「そういえば忘れていたわ、本題に移りましょう?」

「えぇ、もしお嬢様がビールをがっつりと飲んでしまわれたらと思うと、気が気ではありませんでしたよ」

「あら、それはごめんなさいね」


 リーシャとライズは、テーブルに運ばれた料理に手を付けながら話を進めていく。


 リーシャは机に肘をつき、口元を隠すように指を組み、深刻な表情でライズに告げた。

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