第11話 助けを買う④

 女戦士は、剣についた野蛮な血を払いながら、何事もなかったように平然と答えた。


「お嬢さんを守るために盗賊を討った。ただそれだけ」

「殺さなくても……」

「相手は盗賊だぞ?敵が剣や武器を持っていないならまだしも、殺す道具を持っている時点で、生きる為に殺すか、殺されるかの二択しかない」

「でも……」


 リーシャは震える手を、片方の手で抑え込むようにして、人の命を奪った恐怖と罪悪感に必死に耐えようとしていた。


 ――私じゃない、私じゃない、私じゃない。私は何も、私はただお願いしただけ……。たった一枚の金貨を渡しただけ。


 自問自答しながら自分自身を落ち着かせようとしているリーシャだったが、ケンベルク家のお嬢様という環境で育った彼女では、到底経験することのない現実を受け入れることができないでいた。


 女戦士はそれに見かねたのか、震えを落ち着かせようとリーシャが自らの腕を握っていた手を取った。


「まだわからないのか?これは”たられば”の話にはなるが、こいつらを殺さなかった惨状は簡単に想像できるだろう?」

「えぇ」

「だから、お嬢さんは人を殺したのではなく、人を助けた。たかがそれだけのことだ。手を汚したのは戦士である私だし、お嬢さんはただそれを見ていただけにすぎないじゃないか?」

「えぇ――」

「もう夜は遅い。宿まで送ってあげるから、ゆっくり休むといい。いいところのお嬢さんには少し酷だったかもしれない」

「ありがとう」


 リーシャは少し落ち着いたようだったが、疲れているのか落ち込んでいるのか、暗い面持ちのまま、女戦士に連れられるようにして港町の宿屋にたどり着いた。


 宿屋の部屋に着いたころには、血生臭かった暗い夜は明けて、昇りたての太陽が辺りを照らしている時間になっていた。


 リーシャはいまだうつ向いたまま、暗い表情のまま宿屋の部屋に着いても、ただ茫然と立ち尽くしていた。


 それに見かねた女戦士は、身軽なリーシャをまるで綿を持つように軽々しく両手で持ち上げた。


「ちょっ、なっなにするのっ」


 不意にお姫様のように持ち上げられたリーシャは、女戦士の両手の上で足をバタバタさせ、よほど恥ずかしいのか、今すぐ地に足をつけたいかのように暴れようとしていた。


 だが、鉄の剣を日常から振り回している女戦士にとっては、十五歳のお嬢様が腕の中で暴れようが、赤ん坊をあやすことと大差ないこと。

 両手に抱えられたリーシャは、女戦士によって優しく無理やりベッドの上に寝かしつけられた。


「ほら、目を閉じな?」

「なんで、あなたの言うことを聞かなきゃ――」


 女戦士は、リーシャが寝ているベッドの上に腰を下ろし、そっと彼女の瞼に手を当てた。


「ほら、もう寝ることしかできないけど?寝ないの?」

「ちょっと、どけてよっ」

「ん?子守唄もないと寝れない?わがままな嬢ちゃんなこと」

「そんなものも要らないわ。寝ればいいんでしょ寝れば」


 リーシャは必死に女戦士の手を解こうと、生まれたての赤子のようにジタバタとしていたが、こんなやり取りに疲れたのか諦めがついたのか、ジタバタするのをやめて、静かにベッドの上に横になって素直に目を閉じた。

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