第8話 助けを買う①

 空はもう、赤みを帯び始めていて、今にも夕日は山に身を隠しそうだった。


 ほぼ身一つで街を抜けたリーシャがいる場所は、暗闇に包まれる森の中。人の足だけで数時間走っただけでは、到底港町にたどり着くことはできず、仕方なく森の中にある木に背中を預け座った。


「疲れたわ」


 お嬢様だったリーシャは普段走ったりすることはない。歩くことすらも限られ、主な移動は馬車。運動すらも最低限くらいしかしなかったリーシャの足はもう限界だった。


 自分の足を労わる様に優しくさすりながら、真夜中の森の中をキョロキョロと見渡し始めるリーシャ。


「うぅー。少し寒くなってきたわね。そんなことよりも”おばけ”とかでないわよね」


 夜は少し肌寒い季節。屋根も暖もベッドも明りもない。上を見れば星空が、周りを見渡せば月明かりに照らされた無数の木々。彼女は自然の中で、両足を両手で抱え込むようにして、眠りへと落ちていった。


 月高く夜も半ばの頃。リーシャは生まれて初めての野宿で、一人ぼっちの状況でも、スヤスヤと寝息を立てながら、夢の中にうつつを抜かしていた。


 かわいい寝顔をしながら寝ているリーシャにガサガサという物音ともに、月夜に写る黒い影が忍び寄る。


 黒い影はリーシャに気づかれないように、足音を立てないように静かに近寄っていた。

 徐々に忍び寄るそれは、リーシャが少女だということに気づいた瞬間、彼女の肩を持ち勢いよく揺らした。


「おい娘!!こんなところで寝ていたら襲われるぞ」

「ふぁ~?」


 リーシャは黒い影の声のせいで、夢の中から引きずり出され、寝ぼけ眼で上を向いた。


 寝ぼけ眼に映るのは紛れもなく人影で、寝起きの霞んだ目では顔までもは認識できないでいた。


 ただ分かっているのは、少し低めの芯の通った女性の声だということ。


「ん?誰ぇ?」

「寝ぼけている場合ではない。今すぐ立つんだ」


 リーシャは手を引っ張られるまま立ち上がり、連れられるがまま、急に現れた人物に手を引かれ走らされることになってしまう。


 ――眠たい。走るの辛い。


 無理やり走らされていれば嫌でもすぐ目が覚めてしまう。いまだ眠気が後を引く中、目を擦りながら寝ぼけたピントを合わせようとしていた。


 ようやくピントが合った目に映るのは、黒いローブから見え隠れする褐色の肌と、腰に据えている剣。


 ――綺麗な髪ね。


 女戦士の白い髪が、月夜に煌めき銀色に輝いて、あまりの美しさに思わず見とれてしまったリーシャだったが――。

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