第7話 口留め③

「うふふ、金銭感覚?知らないのはそちらのほうですよ?」

「は?なんだって?」


 質屋の老婆の不気味な笑みが消え、年端のいかない娘の挑発に対して、苛立ちすらもうかがえる険しい表情が浮かびだす。


「あなたが言うように私は、貴族のお嬢様です。貴族というのは、何事も金貨で解決するのが作法でして。この服に一つ付加価値をつけたいのです」

「こんな服になんの価値をつけようというのかい?」


 貴族のお嬢様である彼女は、質屋の老婆の耳元まで顔を寄せて、小さな声でゆっくりとささやいた。


「口留めです」


 リーシャは老婆の耳元から離れると、満面の笑みを浮かべながら、ドレスが落ちないように支えていた手を解き、ドレスを脱ぎ始める。


 質屋の老婆は、あまりにリーシャの強気な行動に思わず、両手を叩きながら大爆笑を始めた。腰をのけぞらせるくらいに笑い終わった後、再び立ち上がった質屋の店主は、リーシャに背中を向けて言った。


「少し待っておれ。そのボロきれより、ちっとばかしいい品物をくれてやる。久しぶりに面食らって笑わせてくれた礼じゃ」


 老婆が持ってきた程度の良い上着とスカートに着替えると、ティアラと金貨を三枚上着のポケットになおした。

 質屋を後にしようとした時、老婆はタバコに火をつけ大きく一服を吐き出しながらリーシャに尋ねてきた。


「お嬢さん、そのお金を返す気はあるのかい?」

「返すも何も、この街に戻るつもりは微塵たりともありませんわ」

「はっはっは。事情は知らんが気を付けなされな」


 質屋をでたリーシャの姿は容姿や立ち方からは、ただならぬお嬢様らしさが出ているが、街商人のような服装に身を包んでいるおかげで、うまく町並みを行きかう人の群れに溶け込んでいた。


 ――すぐにこの街から出ないと。


 彼女はすぐにこの街を抜けるために走りだした。ドレスに比べれば質素なスカートをたくし上げて、息を切らしながらひたすらに走り続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る