第5話 口留め①

 リーシャは家出をしてからまず、何一つ戸惑うことなく同じ街の少し中心から離れた裏路地にある質屋に向かう。


 質屋とは店に品物を預け担保にして、その価値の分お金を借りられる店のことであり、返済できなければ、預けた品物は店の物になり没収されてしまう。


 リーシャは人通りもなく薄暗い通りの質屋に入ったが、店の中には人影一つすらも見えない。

 屋敷の人にいつ見つかってもおかしくないという焦る気持ちを押さえながら、店の奥にいるであろう店の人に向かって声をかけた。


「あのーすみません。お店の人はいらっしゃいますか?」

「あぁ」


 しゃがれた声、老けた声が店の奥から聞こえると、店の奥から腰を曲げた老婆が顔を出す。

 質屋の老婆は、店の受付のカウンターの椅子に年相応のゆっくりとした足取りで向かうと、重そうな腰をおろして気だるそうに口を開けた。


「なんじゃ、こんなお上品な嬢ちゃんがどうした?見るからにして、こんな店とは縁遠いじゃろう」

「えぇ、ですが私には説明する余裕も時間も多くありません。単刀直入にはなりますが、私が身に着けているドレスとこのティアラでいくらほど借りられます?」

「はっはっはっは。お嬢さんよ、ドレスはいいがの、そのティアラはこの店じゃ無理じゃ。そんな大そうな品物と同等の金なんざ、この店丸々売り払っても程遠いが」

「そこをどうにかできませんか?」

「そんな大層な宝石のついたティアラなんか、こんなちっぽけな質屋じゃ扱えきれん。この街にもあるじゃろ、宝石屋が。そこで買い取ってもらいな。」


 質屋の老婆は、街の宝石屋に行くよう勧めたが、リーシャにはそれができなかった。この街にある宝石屋は、ケンベルク家もとより、貴族の行きつけだったり顔なじみだったりするわけで。そんなところに、貴族のお嬢様が宝石や装飾品を売りに来たとなれば、すぐに情報は伝わるし、そもそも金に困ることを知らない貴族が、自ら所有している物を売ること自体で怪しまれる。


 リーシャは、頭に着けているティアラを外して、腰の曲がったおばあさんに聞いた。


「このティアラを、この街以外でお金にするところをご存じでしょうか?」

「それは少し難しい話じゃ。この街もかなり大きい街じゃし。港町の商人なら買い取ってくれそうだが」

「港町ですか?そうですね……、ここから一番近いところで……”シザード”なら……?」

「そこなら大丈夫じゃろう。貿易も盛んじゃし」

「ありがとうございます」


 ティアラの売り先の目途が付くと、リーシャは両手を自分の背中に回して、ドレスの紐を解き始めた。

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