第2話 家出②

 執務室の前で乱れた呼吸を整えるように、大きく息を吸い込むと同時にドアを軽くノックした。


「お父様、リーシャです」

「何故お前がここにいる?執事には、お見合いの相手方への屋敷に行くように言ったはずだが?」

「申し訳ございません、お父様。私の意思で馬車から降りて戻ってきました。ドア越しではお話もしにくいですし、入ってもよろしいでしょうか?」


 リーシャは、執務室への入室の可否を聞いた。ただ、返事は一向に返ってこない。ドア越しで対峙している二人に長い沈黙が流れた。


「お父様?」


 相手の表情がうかがえない中での沈黙の中、彼女が発した勇気ある問いかけに対するサダルージの反応は、普通の返事でも怒号でも罵声でもなかった。


 バンッ


 執務室の中から明らかに机を思いっきり叩くような音が響き渡った。

 リーシャはその音に一瞬委縮してしまったが、逆に何か踏ん切りがついたのか、一歩踏み出す決心した。


 ――お父様の言いなりじゃ、ケンベルク家の道具にされてしまう。なら、私は私の意志で生きたい!!


 無言の返事を受けた彼女は、一歩踏み込むよう執務室の扉に手をかけた。


 扉を開けると、サダルージは執務室の机で、目の前の書類に目を通しながらペンを片手に黙々と筆を執っていた。


 リーシャがドアを開けても、手元の書類からは目をそらさずに、少し強い口調でリーシャに言いつけた。


「今すぐにでもお見合いに行きなさい!!」

「いえ」

「先方にも失礼だと思わないのか!!」

「はい、重々承知しております」

「ならば、どうして今お前はここにいる?」


 リーシャは執務室の中へと、大きな一歩を踏み出しながら向かいだす。


 父親でもあり、ケンベルク家当主であるサダルージという存在へと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る