家出して"元"貴族になった娘、領地どころか国ごと買ってしまう
入江 郊外
第1話 家出①
王国五大貴族の一つにケンベルク家という一家があった。”ケンベルク”の名を知らぬ者など誰一人としておらず、富も名誉も両手からこぼれるほどに持ち合わしているお嬢様がいた。
彼女の名はリーシャ・ケンベルク。
そんなお嬢様は、あたりまえのように父親でありケンベルク家の当主でもある”サダルージ”の命令で、貴族学校へと通わされ、ケンベルク家の娘として名を汚さぬよう、体裁だけを気にする上辺だけの学校生活を送る。
中流貴族ならば楽しかったであろう数年にわたる学校生活は、貴族ケンベルク家の一つのパーツとしての思い出しか残らなかった。
そして、決して巻き戻すことのできない時間と後悔を抱きながら迎えた卒業の日は、リーシャ・ケンベルクが、十五才になったころだった。
ようやく訪れた卒業の日は、二度と訪れることのない学校の門を背にしながら、ふと街並みに目を向けると、行き交う商人や買い物帰りの貴婦人が目に映った。
彼女は、ふと小さな希望を抱いてしまった。
――あんな風に私も、大人になれば少しは自由になれるのかしら。
赤く長い髪が、雲一つない空を駆ける風で揺れ、そよ風で少し乱れた髪を耳に掛けながら胸の中で夢を描いた。
そんな彼女の夢は、ほんの一瞬で打ち砕かれることになってしまう。
馬の蹄の音とともに遠くから見覚えのある馬車がやってくる。
――うちの馬車だわ。いやな予感がする。
リーシャの予感は当たっていた。リーシャの目の前に馬車が止まると、父親であるサダルージの執事が下りてきて、胸に手を当てながら軽い一礼をリーシャに向けた。
執事は顔をあげると何一つ表情を変えずに彼女に宣告した。
「リーシャ様、お見合いの時間です」
「はい?お見合いですって!?」
リーシャの”いやな予感”は不幸にも的中してしまい、あろうことにも”お嬢様”であることよりも劣悪な首輪をつけられるかもしれないお見合いだった。
「はい、お見合いです。すでに段取りの方は準備しておりますので、馬車の方へ。これはサダルージ様のご命令でありますから」
「お見合いの話なんて私は聞いてないわ!!それにお父様は今まで何も言ってこなかったじゃないの!!」
リーシャは、門を行きかうほかの生徒がいる中にもかかわらず、ほんの少し声を荒げて執事に言い放ってしまった。
サダルージの執事は、リーシャの心情なんか気にも留めないように、声色は淡々としたまま、””あえて””より静かに忠告した。
「リーシャ様、お立場を弁えてください。名家の女子、さらには公爵貴族の女子に相手を選ぶような権利があるとお思いですか?」
リーシャは執事が””あえて””静かに言った意図に気づくと、一呼吸置くように少し周りを見渡した。周りにいる生徒の視線が、ほとんどが自分の方に向いていると気づいた彼女は、血の気のひくような冷静さを取り戻すと、選択肢が一つしかないこの現状をうつむきながら受け入れるしかなかった。
「…………自覚が足りず……申し訳ございません」
「では、馬車へ」
リーシャはこれ以上、何も言うことはできなくて、黙って馬車に乗り込んだ。
馬車が馬の蹄と共に音を立てて動き出す。
リーシャは馬車の中で向かいに座っている執事に聞いた。
「お父様は今どちらへ?」
「お屋敷で執務をなさっているかと」
「あぁそう」
窓の向こう側の街並みを、しばらく黙って眺めていた彼女は、学校から少し遠ざかったあたりで、たまたま流れゆく景色がほんの少しだけ止まった瞬間に行動を起こした。
ここぞとないチャンスに立ち上がったリーシャは、馬車の扉へと手をかけた。
執事は微動だにせずに、リーシャにも目を合わせることをせずに、淡々と口を開いた。
「お嬢様、無駄ですよ」
「無駄?私が今からするのは、お父様に許しを請うことではなくてよ!!」
「おやめなさい。私は忠告しましたよ?」
「あなただって、そんなに私を止めたいというのなら、馬車の扉に鍵をかけておくべきだった。そうでしょ?」
「はい、その通りでございます」
リーシャは馬車から飛び出し、全力で自分が住んでいる屋敷へと走り出した。
息を切らしながら屋敷までたどり着くと、メイド達のお出迎えを振り払って、父親であるサダルージの執務室へ向かった。
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