第6話 私と監督

《土曜日》


「あれ?あんた先週これからはサッカーだって言ってたのに今日は野球のユニフォームなの?」


「野球は今日で終わりだよ!」


 寝起きの姉をウザそうにしながら城野は玄関を出て行く。今日は大空との対決の日だ。


「あいつ、本当に月山をキャッチャーにしたのか?」


 先日の大空とのやり取りを思い出す。火曜日の放課後まではあんなに悩んでいたのに金曜日になる頃にはいつもの調子に戻っていた。


 さらには月山と2人でノートを見ながら楽しそうに話しをしているのだ。どうしても気になり聞き耳を立てると、小学生では難しい野球用語と身体の仕組みなどの話も聞こえてきていた。


「フン、まぁあんなデクの棒がキャッチャーなんて出来るわけないし。もしボールが捕れたとしてもあいつの球なんて軽く打ってやるぜ。」




 ここ夕陽第2グラウンドでは夕陽リトルが土日祝で練習を行っている。


 小学3〜6年生まで入る事ができるが、現在は6年生3人、5年生6人、4年生3人で活動している。


 監督は大空ユウジ。大空ひまわりの父である。カイザースファン歴30年であるが学生時代はバレー一筋であり、野球はてんで素人である。


 娘がプロ野球選手になりたいと言ったあの日、近くの有名な朝風リトルに見学に行ったものの女の子の募集はないと門前払いを喰らった。怒った彼は指導者がおらず潰れかけていた夕陽リトルの監督になり娘のプロ野球選手への道をサポートしようと心に決めたのだ。


 しかし、どうしても野球の知識が浅く指導があまり上手ではない。試合の方も娘のひまわりの調子が良い日は勝つ事が出来るが制球難から安定感に欠け、さらに連投が出来ないルールもありトーナメントでは結果を残せていない。


 結果が出ない為、夕陽の近くに住んでいる有望選手は朝風リトルに行ってしまい、選手数も練習するのがギリギリの状態である。


「キャッチャーもおらず城野くんもいなくなって、どうしようと思ってたんだかなあ。」


 監督の目線にはブルペンで見違えるくらいの綺麗なフォームでボールを投げる娘とその球をプロのブルペンキャッチャー並の乾いた良い音をさせてキャッチングする月山の姿があった。


《回想》

「お父さん!! キャッチャーがあれで月山くんだから夕陽リトルのキャッチャーミット早くしてちょうだい。」


「えっ!? なんだってぇ!?」


 火曜日の夜、大空は父の営むスポーツ用品店に見た事ない男の子と腕組みしながら駆けてきた。


 男の子の方は顔を真っ赤にしているが、身長は160センチある娘とほとんど変わらず、どう考えても中学生にしか見えなかった。


「ひまわりお前な、いくら身体がしっかりしていても中学生は試合に出れないんだぞ。小野くんがいなくなって困っていたのはわかるが、、」


「違うよ、お父さん! この子は同じクラスの月山くん! 野球にめっちゃ詳しくて、最初は何言ってるかわかんなかったけど、言う通りにしてたらコントロールが良くなってきたんだよ!」


「お前と同い年って事は、5年生なのか。」


 その後も娘が褒め、彼が照れるという無の時間を過ごしていたが、実際この目で見るまでは娘のノーコンが改善するなど夢にも思ってなかった。


「確実に良くなっている、、」


 ブルペンでの見違える程のピッチングをしている娘を見ながら感嘆の声が漏れる。


「監督、ちっーす。」


「ああ、城野くん。久しぶりだね。元気だったかい?」


「•••••。」


 監督は遅れてきた城野に声を掛けるも返事は返って来なかった。目線はブルペンに釘付けで野球選手の眼差しである。


「彼、月山くんだったかな。彼が来てから娘は変わったよ。君でも手こずるんじゃないのかな。」


「勝つよ、監督俺は。今日勝って明日からサッカー漬けなんだからさ。」



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