第5話 私と僕
「ねぇ、月山くん。」
「あ、お、大空さん。今日の放課後またあの公園に来て!!」
「えっ? あっ、はい。」
ボールを顔に当ててしまい月山が走り去ってしまった次の日、大空は昨日の謝罪とグローブを返してもらう事を月山に伝えようと声をかけた所思わぬ返事がきて反射的に答えてしまう。
はいの返事に喜びの顔して満足し彼は席に着いた。月山の鼻には絆創膏が貼ってあったが眼鏡は無事だったようだ。
「おい、デカ女。」
後ろから声をかけられ振り返ると、城野が立っている。
「今週の土曜日。夕陽第2グラウンドで対決だからな。お前のカイザースファンってだけでリトル作っちまった素人親父に言っとけよ。」
「わ、わかってるわよ。あんたも素振りして待ってなさい。」
強がりで答えた大空の声は少し震えていた。城野はそれに気付きニヤけながら席に戻る。
「(あああああああ。ただでさえ時間ないのに月山くんには呼び出されてるし、行かなきゃグローブ返してもらえないかもだし、練習する時間も欲しいし、キャッチャー探さなきゃいけないし、どーしよーーーーーーー。)」
大空は自分の机に座り頭をクシャクシャにしながら突っ伏してしまう。それを反対側の席から見てまたもニヤけている城野。そしてその城野を後ろの席で見たこともない冷たい目で見ている月山の姿があった。
「はあ、やっぱりキャッチャー見つからないよお。」
放課後になり大空はいつもの公園まで歩いている。月山に呼び出された為だ。
公園に着くとそこには手にグローブとノートを持ち、ベンチに座っている月山を見つけた。
「あっ、月山くーーーーん! ごめーん、おまたせ!」
大空は笑顔で月山の元に駆け寄る。こういう屈託のなさが男女共に人気のある大空の魅力であった。
「ごめんね月山くん。私、城野と野球勝負する為の準備をしなきゃいけなくて時間がないんだ。何か用かな?」
「う、うん。その事なんだけど、良かったら僕にその勝負の協力をさせてもらえないかな?」
「えっ?」
月山からの予想外の提案に驚く大空。月山は続けて思いの丈を話す。
「僕本当に憧れているんだ。ああいう風にダメな事をダメだと言える正義感。皆んなと分け隔てなく笑顔で接する優しさ。他にも沢山良いところがあって言えないんだけど、そんな大空さんが困っているならチカラになりたいんだ。だから僕にキャッチャーをやらせてよ!」
月山は覚悟を決めた目をしていた。その目を見て大空は中途半端な意志ではなく本当に協力してくれようとしているのだと感じる事ができた。
「月山くん、、ありがとう。でもね私コントロールが悪くて周りの野球経験者でも投げたボールが捕れなくて、昨日みたいにまた、顔にボールを当ててしまったら申し訳ないし。」
「大丈夫!ボールを捕る練習は一生懸命するし土曜日には必ず間に合わせるよ。実は昨日少し調べて大空さんのコントロールが改善する方法を考えてみたんだ。良ければ聞いてくれる?」
「ほんとに?嬉しい! 聞かせてよ!!」
笑顔で駆け寄ろうとする大空に対して、月山はすぅーと深呼吸をして喋り始めた。
「この前の壁当てやキャッチボールを見て、ひまわりちゃん、あっ、違う違う。大空さんのフォームで気になる点があったらからまとめてみたんだ。まずひとつ目は投げる際のワインドアップだね。大きく振りかぶって投げるのは美しくて見惚れるくらいなんだけど、それだとまだ小学生の僕らの身体だと毎回同じフォームで投げるのは難しくなると思うんだ。色々なプロ野球選手の動画を見たんだけど、黒崎マリン選手かな?あの選手のワインドアップにすごく似てると思った、参考にしているのかわからないけど間違ってたらごめんね。話が逸れたけど今の状況だとセットポジションでの投球がいいのかなと思うんだよね。年齢を重ねて身体が出来てきたらワインドアップに戻してもいいけど、なるべく投げる前は楽に構えて投げた方フォームが安定してコントロールのブレを抑える事ができると思うんだ。ふたつ目はピッチングの左足を上げて右足一本で立つ姿勢が毎回違う事なんだけど、心当たりあるかな。公園で壁当てしているのをずっと見ていたけど右足一本で立っている時に頭が揺れている事が多いんだ。右足一本で立つトレーニングとかどうだろう?ピッチングの基本となる下半身がブレてしまうとどうしても思った所に投げられなくなると思うんだよね。そのブレによって影響を受けるのが3つ目の投げる際の左足を付く位置が毎回違う事。特にコントロールがブレる時はアウトステップで踏み込んでいてボールにチカラは伝わらず無理矢理コントロールしようとするから外に抜けたり、地面に当たったりしてしまっていると思うよ。右足一本でのブレが無くなり少しインステップを意識して足を踏み出せばコントロールは劇的に改善すると思うよ。あっ、ごめんね。今まで悪いところばかり言って嫌だったよね。もちろん大空さんのピッチングは良いところも沢山あるよ。特にボールの回転数はピカイチだよ。大空さんの長くて綺麗な指がボールの縫い目にしっかりとかかっていて想像以上のスピン量を出していると思うよ。僕もグローブを構えた所から浮かび上がってきて顔で受けたのは忘れて欲しいけど、あんな軌道初めてみたよ。肩の可動域も素晴らしいよね。体育の時間の準備体操なんて新体操を習っている子よりも身体が柔らかいでしょ。フォームがブレている状態でも体の柔軟性を活かしてストライクゾーンに強い球を投げている、僕は凄いことだと思うけどなあ。でもどうしても上半身に頼った投げ方になっているのは確かだから改善の為のトレーニングメニューも一緒に考えたんだ。成長期の身体には自重トレーニングを中心に体幹、下半身の強化をしていこう。技術的なものに関しては鏡を見てのトレーニングがいいと思うんだ僕の家が整形外科のクリニックを使うといいよ。今すぐ行こう!!」
「ほへ?」
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