第4話 僕と野球

「ハア、ハア、情けない、情けない、情けない。」


 今日学校で助けらた時からお礼が言えず、思わず彼女を付けてしまった。そして公園でボールを投げる彼女を見て思わず見惚れてしまったのだ。


 赤みがかった茶髪が太陽に映え、初めて感じる感情に戸惑いながらも勇気を持って声を掛けた。


「役に立ちたかった。」


 正面から見る彼女はより美しく、投げられたボールは想像よりも遥かに伸びていき、早く構えたグローブの上を抜け顔に直撃した。


 走る自分の鼻から出る血を拭い、ズレた眼鏡を掛け直してグローブを大切に持ちながら帰宅する。


 帰り道の大空と城野とのやり取りは全部聞こえなかったが、彼女が自分に期待していた事は感じていた。


「くそっ、くそう!」


 月山整形外科クリニックの裏口から入り母親の元に駆け寄る。


「母さん、タブレット貸して!」


「あら、いいけど、どうしたの?」


「ありがとう!」


 タブレットを持ち、ノートパソコンの電源をつける。学習机から新品のノートを取り出して調べ物を始める。


 タブレットでは【キャッチボール上達のコツ〜小学生編〜】という動画。パソコンには【コントロールは下半身から改善。リトルの指導者に伝えたい事】という動画を同時に見ながら必要な物をノートにメモをしていく。


 その集中力は母が後ろから声を掛けても届いておらず、足元にはクリニックに置いてあったであろう解剖、生理学の本が転がっている。


「また、この子は、、まあ勉強だけじゃなくてスポーツに興味を持ってくれるのは嬉しいけど。でも、あの動画は野球?急にどうして?」


 母が首をかしげるのにも気付かず、月山はノートに必要な言葉を書き続ける。いつのまにかタブレットは2倍速で動画を流しておりパソコンには野球に関する著書を購入した履歴が見えた。


「これで野球のルールは理解した。次は小学生の身体に負担をかけずにトレーニングをする方法と成長曲線に合わせたステップを仮定して、、ブツブツブツブツ」



「ただいまー。」


「お帰りなさい。」


 クリニックの2階部分にある居住スペースの玄関から、筋骨隆々の男性が入ってくる。月山の父だ。


「いやあ、今日は大変だったよ。あれ?リュウは?」


「久しぶりにあのモードに入ってる。」


 目線で促されて息子の居室を覗く。そこには一心不乱にノートに何かを書き続けている息子の姿があった。


「去年の春に中学受験の為の学校見学に行かせた時以来かあ。あの状態になると目標を達成するまで人話しを聞かなくなるからな。」


「あの時は龍谷学園はD判定だったのに、4年生の秋でA判定とっちゃって、塾の先生も驚いてたわ。」


「次は何に興味が出たんだ?」


「それが野球みたいなの。」


「なに!!元ラグビー日本代表の俺を差し置いて野球だって!急にどうして、、」


「わからないのよ、それが。それと、実はもう一つ問題があって、、、」


「えっ?」


 何か聞かれてはいけないかのように父に手招きをし耳元で囁くように母は語った。


「成長期の女の子の身体についても調べてるみたいなのよ。」


「な、なにぃぃぃ!!」


 父と母のやり取りを聞こうともせず、月山はただノートに書き続ける。そのノートの横にさらに真新しいノートがあり、そこには綺麗な字と絵、図を使いで要点がわかりやすくまとめられたノートがある。


 その表紙には【大空ひまわり必勝ノート】と書かれていた。

 

 

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2024年11月29日 18:00

AA〜エンジェルエース〜 めんたいこ太郎 @mentai009

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