第31話 和歌山県新宮市にて 祖母との交流
秋のやわらかな陽ざしが新宮市の古い街並みを優しく照らしていた。新と優子は新宮へ向かう山道を走り、景色が開けるたび、目の前に広がる故郷の風景が二人を迎えた。優子にとっては初めて訪れる土地だが、新には幼少期の思い出が詰まった場所だった。なかでも、母方の祖母の家は、新の心の拠り所ともいえる特別な場所である。
「優子、ここが僕の育った町。いつか君に見せたいと思っていたんだ」と新が目を細めて言うと、優子も自然と微笑んだ。
坂道を抜けると、そこには瓦屋根の古い家が佇んでいた。玄関前には、初秋の風に揺れる色とりどりの菊やコスモスが静かに咲き誇り、前庭には祖母が待っているのが見えた。小柄な祖母はやや腰を曲げ、しかしその表情は驚くほど明るく、柔らかな笑顔で二人を迎えてくれた。
新は一歩前に出て「おばあちゃん、久しぶり」と声をかけた。少し照れたように優子を見やり、「今日は大切な人を連れてきたんだ」と紹介する。
優子も穏やかに頭を下げ、「初めまして、優子と申します。今日はお会いできて光栄です」と丁寧に挨拶した。
祖母はしばらく二人を見つめてから微笑み、「優子さん、遠いところをよく来てくれたねえ。新がこんなに素敵な人を見つけてくれるなんて、嬉しいことだよ」と、優子の手をそっと握った。その温もりに、優子の緊張が解け、柔らかな気持ちが広がるのを感じた。
「さあ、入ってお茶にしましょう。今日は特別にあんたたちのために、手作りのお菓子も用意してるからね」と、祖母は家の中へ二人を招き入れた。
祖母の家は木の香りに包まれた静かな空間で、リビングの大きな窓からは庭の木々が一望できた。低いちゃぶ台には、祖母が心を込めて作った和菓子が美しく並んでいる。優子は目を輝かせ、「こんなに素敵なお菓子、ありがとうございます」と感謝を述べて、丁寧に一口かじる。
祖母は目を細め、「新がこうして家族を連れて帰ってくれる日が来るとはね。昔からあの子は、手のかからない子だったけど、心根が優しいのよ」と優子に語りかけた。新は照れくさそうに微笑んだが、祖母の思いがけない言葉に心が温まった。
その後、祖母は庭へ二人を案内した。庭には、祖母が丹精込めて育てた花々が咲き乱れ、真っ白な桜の大木が一際目を引いた。新はその桜を見上げながら、「僕が小さい頃、この木の下でよく遊んだんだよ」と優子に話しかけた。彼の顔には懐かしさがにじんでいる。
祖母は桜の木の下に立ち、「この桜の木は、私たちの家族が代々育ててきたものなのよ。毎年春には花が咲いて、みんなで眺めるのが楽しみでね。今はあんたたちの時代。この桜を、大切に守っていっておくれ」と優しく語りかけた。
優子は目を潤ませながら、桜の花びらが風に舞うのをじっと見つめ、「おばあちゃん、ありがとうございます。この木と共に、私たちも家族を大切にしながら、成長していきたいです」と感謝の気持ちを伝えた。
新は祖母の言葉に深くうなずき、優子の手をそっと握った。「僕たちも、この桜のように美しく強く、根を張っていきたい。どんな困難も二人で支え合って乗り越えていこう」
祖母は二人の言葉に目を細め、「愛情と信頼があれば、どんな試練でも乗り越えられる。二人でこれからの未来をしっかりと歩んでおいき」と、まるで祝福の言葉のように優しく諭した。
庭を巡りながら過ごす時間の中で、新と優子は改めて自分たちが家族の一員として支えられ、そして繋がりをもって生きていくことを感じた。祖母の言葉が二人の心に深く刻まれ、その日、新たな一歩を踏み出す決意が彼らの胸に生まれた。
夕方になり、帰りの車に乗り込んだ二人は、新宮市を後にした。道中、優子は新に微笑みながら、「おばあちゃん、とても素敵な方ね。あなたがこんなに優しい人に育った理由がわかる気がする」と言った。
新も微笑み返し、「僕も、君が祖母に出会ってくれて嬉しいよ。きっと、君が家族になってくれることを喜んでいる」と静かに応えた。ふと、優子は新の肩にもたれ、静かに目を閉じた。
夜空には満天の星が広がり、街の明かりが遠ざかる中、二人は未来への穏やかな期待を胸に、静かな夜道を進んでいった。
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