第30話 未来への新たな一歩

 春の日差しが暖かく、役所の窓越しに咲き誇る桜が見えた。新宮市役所で働き始めて数ヶ月、新は住民からの相談や手続きに追われる毎日を過ごしていた。小さなデスクに山積みの書類。朝から晩まで目の回るような忙しさだったが、新は仕事に意義を感じていた。これまで知ることのなかった地域の課題を少しずつ理解し、役に立てている実感が彼を突き動かしていた。

 昼休みに、新はふと公園へ足を運んだ。青空の下、ベンチに腰かけて手作りのおにぎりをかじりながら、静かに目を閉じて春風を感じる。今の生活が始まるまで、ただ勉強をして合格することだけを考えてきたが、今は違う。「これからも優子と共に歩んでいけるのだろうか」。未来へのささやかな不安がよぎる一方で、彼女の支えがあることが自分を成長させてくれていると感じる瞬間だった。


 すると、公園の向こうから誰かが手を振っているのが見えた。顔を上げると、高校時代の友人・佐藤健が近づいてきた。彼は大学卒業後、外資系企業に勤め、新とは違った道を歩んでいる。新は健の姿に一瞬驚きつつも、笑顔で手を振り返した。

「新、久しぶり! 元気そうじゃないか!」健は勢いよくベンチに腰かけ、新の背中を軽く叩いた。

「健! お前も変わらないな。どうしてここに?」

「仕事でこの辺に来たんだ。それで、新が公務員になったって聞いて、様子を見に来たってわけさ」

 二人は久しぶりの再会に、高校時代の思い出話や互いの近況について話し始めた。健が今、手がけているという地域活性化プロジェクトについて聞いた新は、「そのプロジェクト、面白そうだな。僕も何か協力できることがあれば力になりたい」と申し出た。

 健は嬉しそうに頷き、「お前が一緒にやってくれるなら心強いよ。頼りにしてる」と笑顔を見せた。新は、久しぶりの友人との会話を楽しみながら、自分もまた小さな貢献でもいい、この街に根を張って役に立ちたいという思いを改めて感じていた。

 それから数週間後、新は優子とリビングで静かな夜を過ごしていた。二人が共に暮らし始めてからというもの、互いに支え合いながら生活は穏やかに進んでいた。新はそんな日常がどれほどかけがえのないものか、しみじみと感じていた。

 ある日の夕方、新と健が手がける地域活性化プロジェクトの進捗報告会が開かれた。住民たちが集まる会場で、新と健は壇上に立ち、地域の発展に向けた具体的なプランを発表した。新は少し緊張しながらも、マイクを握りしめ、「このプロジェクトが地域の未来を支える一歩となるよう、皆さんと共に取り組んでいきたいと思います」と言葉に力を込めた。

 会場から温かい拍手が巻き起こり、住民たちの真剣な表情が目に入ると、新の胸には充実感と責任感がじんわりと広がった。

 帰り道、新は空を見上げながら優子の顔を思い浮かべた。彼女の支えがあってこその今の自分だと改めて感じ、「ありがとう」という言葉を胸に抱きながら家へ向かった。

 夜、新はリビングのソファで優子と並んで座り、そっと彼女の肩を抱き寄せた。「優子、今日は報告会が成功して、やっと一息つけた気がする。君がいてくれるからこそ、乗り越えられたんだ」

 優子は微笑んで新の肩に頭をもたせかけ、「新の頑張りが報われて良かった。私も、あなたがいてくれるから安心して未来を見つめられるの」

 新は優子の頬に手を当て、真剣な表情で言った。「僕たちがしっかり支え合って、未来を作っていこう。これからも一緒に歩んでいけると嬉しい」

 優子は静かに頷き、温かな笑みを浮かべた。「うん、これからも一緒に歩んでいこうね。どんな道でも、あなたとなら大丈夫」

 新はその言葉に頷き、彼女の手をそっと握り締めた。優子と迎えるこれからの日々は、きっとかけがえのない時間になる。彼の心に湧き上がる決意と喜びは、春の風に乗って未来へと羽ばたいていくかのようだった。

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