第29話 試練を超えて

 朝の柔らかな光がカーテンの隙間から差し込み、新の顔を照らす。机には、広げられた参考書とぎっしり書き込まれたノート。新はため息をつき、手元のペンを一度置いた。公務員試験が目前に迫る中、心の奥底で「今度も失敗したらどうしよう」という不安が消えずに渦巻いている。

 部屋の隅では、優子が小さなランチボックスにおかずを詰め、そっと新の机に置いた。彼女の温かい眼差しが新の心を包むが、「自分の頑張りが足りないのでは」と焦る気持ちは拭えない。彼の肩越しに優子が声をかけた。

「新、少し休憩しない? 気分転換も大事だよ」

 新は顔を上げ、薄く笑みを浮かべた。「ありがとう。でも、あと少しだけやらせて。もう少しで、この問題が解けそうなんだ」

 優子は心配そうに見つめながらも、「無理しないでね。新が健康でいるのが一番なんだから」と言葉をかける。新は微笑み、優子の気持ちが嬉しかった。彼女が自分のそばにいてくれることが、心の支えになっていた。

 その時、スマートフォンが震えた。画面には友人の健太からのメッセージが表示されている。 「新、勉強会に来ないか? みんなで試験の話もできるぞ」

 一瞬、参加をためらった新だったが、仲間の支えを感じたくなり、返信を送った。「ありがとう。後で行くよ」

 午後、新は勉強会に参加し、仲間たちとともに課題に取り組んだ。仲間の中には同じように不安を抱えた者も多く、励まし合いながら過ごす時間は、新の心を軽くしてくれた。健太は新の肩を軽く叩き、「新、お前も一人で抱え込むなよ。俺たちもいるんだからさ」と励ましてくれた。その言葉に、新は改めて仲間の存在が心強く思えた。

 帰宅後、再び机に向かうと、優子が微笑みながら待っていた。「どうだった? 少しは気分が変わった?」と尋ねる彼女の表情に、新は心から感謝を覚えた。

「みんなと話したら、少し楽になったよ」と答えた新の声に、わずかな安堵が混じっていた。

 優子は彼の疲れた表情を見つめ、そっと微笑んだ。「頑張っている新も素敵だよ。無理しないで、いつも通りの力を出せばいいんだから」

 新は優子の手を取り、静かに頷いた。

 試験当日、早朝の冷たい空気が肌に染みた。新は試験会場へ向かう道すがら、胸の中で自分に言い聞かせた。「ここまでやってきたんだ。大丈夫、できる」

 試験会場に着くと、周囲には同じように緊張に顔をこわばらせた受験生が集まっている。試験が始まると、新は深呼吸をし、目の前の問題に集中した。過去の失敗の記憶が一瞬よぎるが、ふと優子が隣にいるかのように「大丈夫だよ、新ならできるよ」と声をかけてくれるような気がした。その一言が新の心を押し上げ、彼は一問一問、集中して解き進めた。

 試験が終わり、新は会場を出た。試験の重圧から解放されたことで体の力が抜け、しばらくぼんやりと立ち尽くしていた。帰り道、優子の顔が浮かび、「早く会って報告したい」と胸が高鳴った。

 数週間後、結果発表の日。スマートフォンの画面に映る「合格」の文字に、新は言葉を失った。次の瞬間、胸にこみ上げる喜びが押さえきれなくなり、思わず「やった!」と叫んでいた。

 その時、後ろから優子の声が聞こえた。「新、どうしたの?」

 新は驚きに目を見開いたが、彼女に向かってスマートフォンを差し出し、「見て、合格した!」と叫んだ。優子は画面を見て目を輝かせ、無邪気に飛び跳ねた。

「すごい! 本当におめでとう、新!」

 その瞬間、二人は自然に抱き合い、言葉にならない喜びを共有した。新は優子に向かって、心からの感謝を口にした。「君が支えてくれたから、ここまで頑張れたんだよ」

 優子の目に涙が滲み、「私も信じてたから。新は絶対に大丈夫だって」と微笑む。

 新はその場で深呼吸し、ふと未来を思い描いた。「これから新しい生活が始まる。君と一緒に、もっと素敵な未来を作っていきたい」

 優子は真剣な表情で新を見つめ、「うん、私たち、ずっと一緒だよね?」と囁いた。

 新は力強く頷き、彼女の手を握り締めた。「もちろんだよ。これからも二人で、どんな未来も一緒に歩んでいこう」

 その夜、二人は静かな街を並んで歩いた。いつもと変わらない風景だったが、彼らには何もかもが新しく、これからの道が明るく輝いて見えた。公園のベンチに腰を下ろし、夜空を見上げると、遠くにきらめく星が二人の未来を祝福しているかのように見えた。

 新は優子をそっと見つめ、「次は、どんな夢を一緒に見ようか?」と尋ねた。

 優子は満面の笑みを浮かべ、「たくさんの夢を描いていこうよ、これからの未来に」と答えた。

 新はその言葉に静かに頷き、「どんな困難が待っていようと、君と一緒なら必ず乗り越えられる」と決意を新たにした。

 二人の前には、新たな道が大きく開けていた。未来への期待と信頼を胸に、新と優子は手をつないで歩き出した。その先には、輝かしい人生が待っていると信じていた。

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