第28話 すれ違いの中で
初春の柔らかな光が優子の頬を照らす頃、新は公務員試験の準備に本腰を入れていた。朝から夜まで図書館にこもり、予備校に通い詰める日々が続く。彼の姿を誇らしく思う一方で、優子の胸には小さな違和感が忍び寄っていた。
ある日の午後、優子は友人の美咲とカフェでお茶をしていた。春風が桜並木を揺らし、窓からは一斉に咲き始めた花びらが見える。優子は視線をテーブルに落とし、美咲が心配そうに声をかけた。「優子、元気がないみたいだけど、何かあった?」
優子はため息をつき、「最近、新と会う機会がめっきり減ってきてるの。彼が頑張ってるのは分かるけど…彼と話していると、自分の存在が遠のいていくみたいで…」とぽつりと打ち明けた。
美咲は静かに頷き、「彼もきっと、試験が近づいて焦ってるのかもね。でも、それだけじゃないと思う。二人でどこかに出かけたりしてみたら? 小さな時間でも、向き合えるかもしれないよ」と優しく提案した。
その晩、優子はふと画面を見つめた。新から短いメッセージが届いている。 「ごめん、今日は勉強が進んでないから、デートはまた今度でいいかな?」
画面を見つめながら、優子の指は一瞬、返信ボタンの上で止まった。同じようなメッセージが何度も繰り返されるたび、心の中で小さな不安が広がり始める。新の努力は理解していたが、彼女の心の片隅には「自分はいつまで後回しにされるのだろうか」という疑念が少しずつ溜まっていった。
翌日、優子は決心を固め、美咲の勧めもあり、新と直接話をするために、公園へ向かった。しっとりとした草の香りが漂う中、優子はベンチに腰かけ、深呼吸を繰り返す。約束の時間に現れた新は疲れた表情ながらも、優子を見つけると少し驚いた顔をした。
「新、少しだけ話がしたくて…」彼女の言葉に新は戸惑いながらも頷き、彼女の隣に腰を下ろした。
「最近、あなたがどれだけ頑張っているか、ちゃんと分かってるつもり。でも、私たちの時間が減ってきて、少し寂しいの…」優子は静かな声で切り出した。
新はふと視線を落とし、深く息を吐いた。「ごめん、優子。試験のことがあって、正直、君のことを考える余裕がなくなっていたかもしれない。本当にごめん…」彼の言葉には、申し訳なさが滲んでいた。
優子はその手にそっと自分の手を重ね、「私も理解してる。でも、たまには二人でゆっくり過ごしたいの。私たちの関係も、大切にしていきたいから」と穏やかに伝えた。
その時、遠くから友人の健太が手を振りながら駆け寄ってきた。「おお、二人とも! こんなところで何してんの?」彼の明るい声が、張り詰めた二人の間に柔らかな風を運んだようだった。新と優子は顔を見合わせ、少し照れくさそうに健太を迎え入れる。
「ちょっと話をしててさ」と新が説明すると、健太は真剣に耳を傾けた。「俺も何かできることがあれば力になるよ。お前らは大切な友達だからな」
それから、三人で過ごす時間を設けるようになった。週末には健太が提案したプチアウトドアで自然と過ごしたり、居酒屋で気軽に飲んだりしながら、いつもとは違う和やかなひとときを楽しんだ。三人での会話や健太の冗談に笑い合いながら、新と優子は少しずつ互いの距離が近づいていくのを感じていた。
新もまた、優子のことを考える時間を増やし、少しずつ勉強とのバランスを見直すようになった。「これまで支えてくれていたのに、君のことを後回しにしていた。ごめんね」と新はある日、照れたように打ち明けた。優子はその言葉に微笑み、「私も、あなたが夢を叶えることが嬉しいから、一緒に頑張っていこう」と優しく答えた。
ある夕方、いつもの公園のベンチに腰を下ろして二人で夕陽を眺めた。「君がいてくれたおかげで、僕も自分を見つめ直すことができたよ」と新が感謝の気持ちを込めて言うと、優子も穏やかな微笑みを浮かべた。「これからも、お互いを支え合っていこうね」
二人の手がそっと重なり合ったとき、夕陽が温かな光で二人を包み込み、その輝きが新たな未来への希望を象徴するかのようだった。新と優子は、このすれ違いの中で互いを再び見つめ直し、そして未来に向けて歩み始める決意を胸に抱いていた。
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